第50話 魔王の城

 門から城までは、一本道で繋がっていそうだった。


 大きな、広い道だ。 

 そこを、俺たちは歩いていた。


「噴水に公園……この国の魔物は、随分と文化的な暮らしをしていたんだな」


 魔物の死体からなる不死者アンデットさえいなければ、ここがかつて魔物の国だったなんて想像もできないだろう。


 

 30分ほど歩いて、俺たちは城の前まで辿り着いた。

 その間にも多くの不死者アンデットとすれ違ったが、攻撃はされなかった。


 城の周りも城壁で囲まれていたが、門は開いていた。


「魔王の城ってのが似合いそうだな」


 漆黒の城を前にして受けた印象がこれだ。

 そして実際、それは正しいのだろう。

 ユーライは、人間と大悪魔との戦争が200年前にあったと言っていた。

 この城はほぼ間違いなく、その大悪魔のものだ。


「……ねぇ」


 呆然と城を見上げるレナが、ポツリと言う。


「なんだ?」


 少し待っても話し始めないレナに、俺が促す。


 すると3秒ほどして、ようやく話し始める。


「ここを、ギルドホームにできたら、いいと思わない?」


 レナの提案は、あまりにも甘美で、魅惑的だった。


「最高だな。それは」


 ギルドを設立する条件は、ギルドホームがあることと、メンバーが3人以上いること。

 NPCであってもギルドに入ることができるので、ロイとポポも合わせて4人。ギルドホームさえあればいつでも設立が可能だ。


 そのギルドホームというのも、実を言うとそれほど格式ばったものはいらない。

 やろうと思えば、あの大岩ですらギルドホームになるだろう。

 

 どうすれば建物や住居がギルドホームになったという扱いになるのかと言えば、それは簡単。

 自分たちのものにしてしまえば良い。

 人間であれば、資金を出して購入するという形でそれはなされる。大抵のギルドがそうだろう。

 

 では魔物はどうか。

 これも簡単。支配すれば良い。

 例え敵対する者の家であろうが、全員追い出して自分たちのものにすれば良い。厳密にいえば人間でもそれは出来るのだが、あまりにリスキーだろう。


 というわけで、仮にこの城に支配者的存在がいても、殺してしまえば問題ない。

 ……俺としては、誰もいないことが1番良いんだけど。


 そんなことを考えながら、俺は巨大な扉に手をかける。

 意外にも、抵抗なく扉は開いた。

  

 200年前の『魔王の城』に、俺たちは足を踏み入れた。



「……静かだな」


 さっきまでは、不死者アンデットが闊歩する足音や、骨人スケルトンが鳴らすカタカタという音があったが、城の中は静寂が支配していた。


 誰もいない。


 『荘厳』とは、多分こういう光景のことを言うのだろう。


 黒を基調とした、落ち着きがあり、それでいて豪華な装飾。

 不思議なことに、ホコリひとつ見られない綺麗な内装だ。

 外の家屋はあんなにもボロボロだったのに。

 

 誰かが管理しているのか? 

 それとも大悪魔の魔法かなにかか?


 前者でないことを祈りつつ歩いていると、なにやら面白そうな部屋を見つけた。


「あれは……金床か?」


 俺の言葉を肯定するように、あたりには様々な形や大きさの金槌が散らばっていた。


「すっ、すごい! すごいです!」


 柄にもなく興奮したのはロイだ。

 まあ当然だろう。今まではそこら辺の石を打っていたのだ。


 金床や金槌の他にも、なんだか不思議な道具がいっぱいあった。

 そのひとつひとつに、ロイは興奮している。


「こ、これがふいご! 火箸もちゃんとある!」


「ふ、ふいご? 火箸は……火でも使えるお箸?」


 興奮するロイと困惑する俺。


「と、とりあえず先を急ごう、ロイ」


 そう言うと、ようやくロイは落ち着きを取り戻した。


「そ、そうでした。すいません」


「正式に俺たちのものになれば、いつでも使えるはずだ。それまでの辛抱だな」


「はい!」


 ロイの元気な返事を聞いて、俺たちは部屋から出る。


 そして再び探索を開始した。





「お、階段発見」


 しばらくぐるぐると歩き回って、階段を発見した。


 当然、2階に上がる。


「うおー!」


 思わず声が漏れる。

 広がっていたのは、本の世界だった。


 2階はまるまる図書館(図書室?)として使われているようだった。


 壮観である。


 壁にはぎっしり本が敷き詰められており、10メートルはありそうな天井までそれは続いている。

 ……どうやって取るんだ?


「階段、あるわね」


 仕切りのないひとつだけの空間であるので当然と言えば当然だが、3階階段はすぐに見つかった。


 色々と見てまわりたい気持ちはあるが、今は我慢。安全を確認して所有物にするのが先。


「先を急ごう」


 レナもロイも、それはわかっているようだった。


 とにかく、上へ上へ、奥へ奥へ、俺たちは進んでいった。





 3階、4階と回ったが、構造は1階と同じようなものだった。

 どうやら2階が特別だったようだ。


 そして俺たちは今、5階にいる。

 

 窓からの景色、入る前に見た外観。

 諸々を考慮すれば、恐らくここが最上階であると推察できた。


 階段を上がって5階に来たとき、これまでとは全く違う、異様な空気が漂っているのを、俺たちは感じていた。

 俺もレナもロイも、口に出したわけではない。

 ただ、確信していた。ここにいる全員が、同じ空気を感じ取っているということを。


 こうも雰囲気を出されては、確信せざるを得ない。



「なにか、いる」


 

 或いは、なにかある。


 この異質な空気を作り出している者が、この先にいるのだ。

 

 敵か味方か、生者か死者か。


 この先にいる者が味方なんてことはまずないだろう。それでも、願わずにはいられない。



 大きく、そして重そうな扉が見えた。


 あの先に、いる。


 俺たちを誘うような妖しさと、俺たちを拒絶するような強い憎悪が混在しているように思えた。


 扉の前に立つ。


 進むか退くかという選択に迫られたとき、俺たちはいつでも進む方を選んできた。


 しかし、躊躇してしまう。


 鬼気とでも言おうか。

 扉の奥から叩きつけてくる。



「……行こうか」


 

 それは、強がりだった。それ以外になかった。


「……えぇ」


 レナもまた、強がっていた。断言できる。


 ひとつ唾を飲み込む。

 必死に冷や汗を無視する。


 

 俺は、扉に手をかけた。

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