第49話 死者の国

 少し歩いて、大河川に着いた。


 飛行フライのペンダントを提げているのは俺。


 題して『1回の〈飛行フライ〉で全員対岸まで行こう大作戦』、実行の時である。


 内容はこうだ。

 俺が〈飛行フライ〉を発動させ、ロイを抱えて飛ぶ。レナは俺の背に頑張って捕まる。

 そう、俺たちはこの川を、気合いで越えようとしているのだ。


「準備はいいか、ロイ、レナ」


 当然、ポポは普通に飛べる。のだが……


「おい、ポポ。なぜ俺の頭に乗る。君は自分で飛ぶんだ」


「いいじゃない。乗せてあげなさいよ」


 クスクスと笑いながらレナが言う。


「ホー」


 どうやらポポにも降りる気はなさそうだった。


 ダロットの件で無茶な命令をしたこともあるし、これくらいは許すべきか……

 ポポ、軽いし。


「……仕方ないか」


 俺はわざと口にだしてそう言い、ロイを抱きかかえる。

 そしてそのままムカデフォルムに移行。


「よし、こい、レナ!」


 ロイが潰れないように注意しながら、レナに促す。


「うぐっ!」


 レナ、重い。

 ほとんど人間と変わらないくらいの重さだ。ムカデのペラペラな身体じゃ結構きつい。


「乙女をおんぶして、なんて声出してんのよ」


 そんなこと言われても、重いものは重いので仕方ない。それに、乙女なんてキャラじゃないだろう。

 バッタだし。


「んじゃ、行くぞ——〈飛行フライ〉」


 ペンダントを握りしめて俺が唱えると、身体が重力に逆らって宙に浮かんだ。


「ぬぉおおお!」


 これ、凄いしんどい。

 レナとロイの重みに耐えつつ、バランスも取らなくちゃいけない。


森林の力フォレストパワー魔法力上昇マジック・ブースト


 そんな時、ポポが魔法を発動させた。


「おっ?」


 重力に逆らう力が強くなったのを感じる。

 これなら、バランスもとりやすい。


 頭の上に乗ったのも、もしかするとこのためだったのか? 


「さっすがポポだな」


 俺たちは無事、対岸に着地する。


 以後、ゲーム内で24時間はこのペンダントは使えない。

 が、今そんなことはどうでもいい。


「あれが、魔銀ミスリルの山……」


 平原の先に見える山々。

 間違いなく、あれが魔銀ミスリルの山。


 そしてそこに至るまでに、無視できないものがあった。


「で、その手前にあるのが、魔物の国」


 山の麓に見えたのは、巨大な城壁だった。

 ストゥートゥに、よく似ている。本当によく似ている。


「……どうするよ、無視するか?」


 それもひとつの手だ。

 俺たちの目的はあくまでも魔銀ミスリル

 ロイにお願いして作ってもらっていたツルハシと先端が尖ったハンマーがあるもので、このまま無視しても問題なく魔銀ミスリルを取ることは出来るはずだ。


「本気で聞いてる?」


 俺の問いに対するレナの答えは、これだった。


 それほど長く一緒にいるわけではないが、それでも俺はある程度レナのことをわかっているつもりだ。

 そして、俺のこともレナにわかってもらっているつもりだった。


 俺は本気で『無視するか?』などと問うたわけではなかった。

 これはいわば確認である。

 ニュアンスとしては、『無視するわけないよな?』という方がずっと近い。


「まさか。本気じゃないよ」


 だから、俺もそう返す。

 レナはニヤリとバッタの顔を歪めた。





 ストゥートゥに似ていると思った城壁は、ストゥートゥのそれよりも一回り大きかった。


 巨大な門の前に立つ俺たち。


 門はほんの少し開いていた。

 横に広がればわからないが、人——ここに人はいないが——ひとり入る分には全く問題はなかった。


「行くぞ」


 俺の言葉に、レナとロイは頷いて返した。

 ポポは相も変わらず俺の頭の上にいる。


 

 俺たちは『魔物の国』に足を踏み入れた。



「どういうことだ……? これは……」


 広がっているのは、とても『魔物の国』と呼べるものではなかった。


不死者アンデット……」


 そこに広がっていたのは、『不死者の国』。

 

 さもなくば……


「死者の国、ね」


 レナが溢した。


「あぁ」


 そこに、生者はいなかった。


 廃れた家屋に、無数の不死者アンデット

 ただ、不死者アンデットに意思はないように思えた。ただ徘徊しているだけだ。


 動死体ゾンビ骨人スケルトン屍喰人グール。様々な不死者が闊歩している。

 そしてその不死者アンデットたちも、普通ではなかった。


「媒体が、人間じゃない」


「えぇ、そうね……魔物の国、ってユーライさんは言ってたし……」


「まず間違いなく、魔物の死体が媒体になってる」


 当然だが、人間が死んでその死体から出来た不死者アンデットは人間の形をしている。

 それと同じように、魔物の死体から出来た不死者アンデットは、魔物の形をしている。


「なんらかの理由で魔物の国が滅んで、その死体が不死者アンデットになった……って考えるのが妥当だと思うんだが」


「同意ね」


 そして不思議なことがもうひとつ。


「こいつら、襲って来ないな」

 

 不死者アンデットは生者を恨む、というのが定説だったはずだ。

 なのにここにいる不死者たちが俺たちを襲う様子はない。

 不死者にとって重要なのは生死であり、人魔ではない。本来ならば魔物であっても生者である俺たちは不死者にとって標的のはずなのだ。


「実際に不死者アンデットが魔物を攻撃しているところを見たことがあるわ。だからこれにも、何か理由があるのでしょうね……」


「…………」


 俺は黙って考え込んだが、すぐに答えが出ないことを悟った。


「わからないことを考えても仕方ない。それよりも……」


 はっきり言って、脳みそがパンクしそうだった。

 門を潜ってから、色んな情報が一気に入ってきたからだ。

 そんな中、ぶっちぎりで俺たちの目を引いたものがある。

 俺もレナも、敢えてそのことについて話さなかった。最後に取っておいた、と言っても良い。


 城だ。


 巨大な城。

 門から真っ直ぐ進んだ先に聳え立つ、城。


 あまりの威圧感、あまりの存在感。


 城といえば、純白のイメージがあるが、この城は漆黒だ。


「行くだろ? もちろん」


 俺は、今度は直接的な提案をした。


「当然」


 レナの答えは、俺の予想通りだった。

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