第46話 ダロット・アウダイール③

「私はどうしてくれても構わない。だが、祖国には……ストゥートゥには、手を出さないでくれ」


 地の砂に額が擦れる音が聞こえてきそうだった。 

 満身創痍の中、ダロットが最期に願ったのは、ストゥートゥの平穏だった。


「無理を言っているのはわかっている。だがこれは、お前——いや、貴殿らの為でもあるのだ」


「ほう?」


 『貴殿らの為でもある』という言葉を聞いて、ミナトはダロットの願いを一蹴することをやめた。


「ストゥートゥが本気になれば、貴殿らも確実に殺される。逃すことはあり得ない。ここにいる者は、これでもストゥートゥの精鋭たちだ。しかし、この者たちより強い者はまだまだいる。そして、私などより強い者も、当然いる」


 ミナトは黙って聞いているだけだった。


 ダロットが説いているのは、つまるところ『合理性』であった。

 ストゥートゥを攻撃しない方が合理的であると、ミナトを説き伏せようとしているのだ。


「今度は20や30では収まらない。60か70……いや、100人規模で軍が編成されるかもしれない。貴殿がどうやって偽の死体を作り出したかはわからないが、今度はそうもいかない。死体を回収するまで、軍は死に物狂いで追い続けるだろう」


 ダロットが語る『理』は、確かに正しかった。


 しかし——


「なら、それで良いのではないか?」


「………」


 ミナトの問いかけに、ダロットは答えることが出来なかった。


「ストゥートゥが本気になって俺を追う。そうなれば、俺は確実に殺される。……ダロット・アウダイール。お前にとっては、それが最善なのではないか?」


 なおもダロットは黙っていた。

 血が滲むほど、唇を噛んでいた。〈無痛化〉の効果は、まだ続いていた。


 ダロットはストゥートゥが本気になれば、ミナトを殺すことが出来ると思っている。それは本心だ。

 

 しかし、同時に、思うのだ。


(魔物らしからぬ頭脳、狡猾さ。そして他の魔物を遥かに凌駕する残虐性。果てには、対人での圧倒的なまでの強さ。頭のキレ。カリスマのオーラ)


 ダロットは感情とは別に、ミナトを非常に高く評価していた。

 ダロットはストゥートゥで1、2を争う強者だ。それが、カカポの援護を受けながらも敗れたのだ。

 この魔物なら、もしかするとストゥートゥの平和を脅かす一手を打ってくるかもしれない。

 そんな不安が、ダロットに頭を下げさせていたのだった。


 だが、ミナトの言葉に返す言葉は、今のダロットにはなかった。

 

 意識が朦朧とする。

 出血は明らかに許容量をオーバーしている。


「……さらばだ。ダロット・アウダイール」


意識の向こう側で、ダロットはその言葉を聞いた。


 

 ミナトはこの時、あることを決意していた。


(いつか、ストゥートゥを滅ぼしてやろう)


 ダロットの懇願は、逆効果と言わざるを得なかった。


〈斬撃〉


 スキルを発動させなくとも、倒すことは容易だった。

 それでも、ミナトはスキルを発動させた。


 剣は、ダロットの胴を切り裂いた。


 蠢蟲は、ダロットに群がる。


 レナ、ロイ、ポポ、そして俺。4人はただ、冷たい目でその死体を見下していた。


 かくして、百足人センチピートマン討伐隊28人の息の根は、完全に止まった。





「一体、何がどうなっている!?」


 ここにいる多くの兵士にとって、クルディアスのこんな姿は、初めて見るものだった。

 だがそれも、致し方ないかもしれなかった。


「2日間一切連絡が取れないだと? ダロットは何をしている!?」


 〈伝言メッセージ〉が使えない状況。

 戦闘などで脳のリソースが割かれている場合。

 特殊な魔法やスキルによって魔法の使用と受信が制限されている場合。

 

 或いは、死んでいる場合。


 2日間ずっと戦闘をしているということはあり得ない。


 残る可能性は、魔法が使えない状況にあるか、死んでいるか。


「……調査隊を編成する」


 それを確かめる方法は、もはや足を運ぶ以外にない。


「最後の連絡は、確かクラキ川からだったな」


 百足人センチピートマンの討伐を成功させたという報告が最後だった。


(そもそも、百足人センチピートマンは本当に死んだのか? 死体は回収出来なかったという話だったが、まさか……)


 嫌な妄想が広がった。


 そもそも、クラキ川に至るまでの荒野に、脅威となる魔物はいないはずだった。


(ストゥートゥの精鋭28人を危険に晒すことができる存在……)


 考えても考えても、クルディアスの頭の中に浮かぶ魔物は1匹しかいなかった。


百足人センチピートマン……)


 額に汗が浮かんだ。


 クルディアスにとって、こういう焦燥感は、久しぶりだった。





 レオンたちは今日もストゥートゥを練り歩いていた。


 昨日と同様、騒がしさと忙しなさの中にある気はしたが、昨日のそれとは明らかに毛色が違うのを、レオンたちも感じていた。


「何かあったのか?」


 幸運にも、昨日と同じ男を認めたレオンは、昨日と同じ問いを投げた。


「あぁ、昨日の兄ちゃんか」


 昨日の上機嫌さは影を潜めていた。


「いや、まだ噂程度の話なんだがよ。討伐隊の面々と連絡が取れねぇらしくてな。せっかく百足人センチピートマンを討伐したってのに、一体なにがあったんだか」


 レオンはその話を驚きをもって聞いたが、浮かんだ疑問は『本当に百足人センチピートマンを殺せたのか?』というものだった。


(レナとかいうバッタの魔物は、幻術を使える。死んだふりをするということも、出来ないと決まったわけではない)


「……そうか、ありがとう」


 昨日と同じ流れだった。

 レオンはアイテムボックスから金貨を出すと、男に渡した。


「どうやら、本格的に調査をする必要がありそうだな」




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