第45話 ダロット・アウダイール②

 どこからともなく、刃が現れる。


 無論ダロットとて、ミナトの話を完全に信じたという訳でないだろう。

 一撃で確実に相手を殺すスキルなど、あるはずがないのだから。


 しかし、目の前の百足人センチピートマンがそういった常識を悉く裏切ってきたのもまた事実。


 なんとかして被弾を避ける以外に、ダロットに取れる選択肢はなかった。そしてそれは、ミナトの思惑通りであった。


 迫り来る刃を、ダロットは大盾で防いだ。


「ふんっ!」


 ダロットは刃を弾き返す。


 刃は十数メートル吹き飛ばされるが、まるでブーメランのように、再びダロットに向かってくる。


「まさか本当に……!」


 何度でもこちらに向かってくる、というのは本当のことだと、ダロットは知った。


「ならば!」


〈斬撃〉


——キン!


 今度は大剣を使い、〈斬撃〉で刃を真っ二つにしてやろうという算段だった。

 だが、刃は割れるどころかヒビも入らない。


 ダロットは再び刃を弾き返して距離を取った。


 それまでは見ているだけだったミナトも、そろそろ動き出す準備をしていた。

 ダロットも当然、それを悟った。

 

「……ふっ」


 ダロットは自嘲にも見える笑みを溢した。 


「この刃とお前、両方を相手にしては、俺に勝算はない」


 口から出たのは、諦めとも取れる言葉だったが、そうではないことは、この場にいる全員がわかっていた。


「よくわかってるじゃないか。それじゃあ、降伏するか?」


 ミナトも当然、それを分かりながら、ダロットを煽るような言葉を投げた。


 ダロットは怒るでもなく、不快感を見せるわけでもなく、ただ、薄く笑っていた。


「まさか」


 ダロットは当然の否定をした後、一瞬、静寂を作った。

 そして、続けた。


「——ということだ」


「なに?」


 ダロットの言っていることが、ミナトには理解できなかった。


「覚悟を、な」


 その答えを、ダロットは告げた。


「〈無痛化〉」


 ここでいう『覚悟』とは、ダロットが自らの命を捨てる覚悟であり、ミナトを確実に殺すという覚悟でもあった。


 〈無痛化〉。

 〈感覚鈍化〉、〈痛覚鈍化〉の上位に位置する、痛覚を完全にシャットダウンするスキル。

 つまり、今のダロットにどんな痛みを加えても、死なない限りは、影響を及ぼすことはない。


 そう、ダロットは〈執念の首狩りヴォーパル・ソウル〉の被弾を受け入れたのだ。

 一か八か、死なない方に賭けたのだ。


 ダロットは手に持つ大盾を地面に放り投げた。

 もう、『防御など必要ない』と、そう言っているのだ。


「〈超加速アクセラレータ・アップ〉」


 ダロットは再び加速スキルを発動させる。


「うおぉぉぉぉ!」


 憎悪の籠った雄叫びと共に、ダロットはミナトに突進する。


 その間にも当然、刃は迫る。


 

 そして、刃はダロットの首元に突き刺さった。



 それでも、ダロットの足は止まらない。

 どう考えても致命傷。

 だが、それをダロットは全く意に介さない。


 ダロットの死は、はっきりいって確定したと言ってもいい。もとよりダロットもそのつもりだった。

 目の前の百足人センチピートマンを殺す為に、ダロットはそれを受け入れた。


〈疾走〉


 ミナトにも、それは伝わった。同じように突進する。


 

 そして、交わる。


 攻撃の体制は、ダロット。


 防御の体制は、ミナト。


 

 ミナトはダロットの一撃を、2本の剣で受け止めにかかる。


(甘い!)


 ダロットは内心でほくそ笑んだ。

 

(確かに今までの〈斬撃〉であれば、それでも受け止めることが出来ただろう。しかし——)



〈一閃〉


 

 一度の戦闘につき1回しか使えない、ダロットの切り札。

 ダロットがこれまでの人生で積み上げてきた、最大の火力。

 それが、〈超加速アクセラレータ・アップ〉からの〈一閃〉。


「はぁあああっ!」


 ダロットの大上段からの一撃。

 3つの剣が、交差する。



——ピギッ



 剣が、折れた。


「——ぇ?」


 困惑を漏らしたのは、ミナトではなかった。



 地面に転がるのは、真っ二つに折れた、ダロットの大剣だった。



 あまりに大きな隙だった。



〈斬撃〉


 ミナトの反撃を止める術は、ダロットにはなかった。


 ダロットの腹部が切り裂かれる。痛みはない。


 しかし——


 バタン、と音がして、ダロットは地に伏した。


 その巨軀を支える筋力は、もうダロットにはなかった。


 大勢は決した。


 それでもダロットはゆっくりと、しかし懸命に、顔を上げた。


「……種明かしがお望みか?」


 ミナトの言葉に、ダロットはしばらく何も言わなかった。


 ミナトはそれを、肯定と捉えた。


「蠢蟲って、知ってるか?」


「それが、どうした」


 ダロットはなんとか声を捻り出した。

 声にはまだ、明確に敵意が籠っていた。


「この剣は、蠢蟲剣っていってな。大量の蠢蟲が纏わりついてるんだ」


 ダロットは驚きを露わにするが、声には出さなかった。


「1度、俺の攻撃を、お前がその大剣で防いだだろう? その時にお前の大剣に移った大量の蠢蟲が、お前の剣を溶かしていたんだ」


 ミナトの種明かしを、ダロットは悔しそうに聞いた。


 難しい話ではなかった。

 ダロットの大剣が、蠢蟲によって脆くなっていただけだった。


 ダロットはもう、自分の死を受け入れている。

 それは誰の目にも明らかだった。

 

 しかし、ダロットにはひとつ、どうしても受け入れられないことがあった。


 ダロットは再び、頭を下げた。


「お願いだ……心から、心からの願いだ」


 額を地面に押し付けて、ダロットは語り始めた。


 ミナトはそれを、ただ、冷たい目で見つめていた。



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