第44話 ダロット・アウダイール①

「………」


 しばらく、睨み合う時間が続いた。


 沈黙を破ったのは、ダロットだった。


「……なぜ、ここまでする」


 悲痛な叫びだった。

 つい先日まで、共に盃を交わし合った可愛い部下が、無惨に殺され、その遺体を虫に食われているのだ。当然かもしれない。


 ミナトの答えを待つ間も開けず、ダロットは続けた。


「私たちはお前を殺したと思っていたんだ……だからお前たちが俺たちを殺すメリットなど、ないはずだ。私たちが死ねば、国は本気になってお前を殺しに来る。そして、今度は確実に。百足人センチピートマンは死んだと、俺たちに勘違いさせておく方が良かった! お互いにとってだ……」


 ダロットは部下の死体を見つめながら言う。


「それを言うなら、もっと遡らなくちゃいけない」


「なに?」


 ミナトの言葉に、ダロットは本気で不思議そうに返した。


「お前たちは、ただ通りかかった俺を見つけただけなのだろう? なのになぜ、私を殺しに来たんだ? 何もせず、無視していれば良かったのではないか? それこそ、お互いにとって、な」


「し、しかし! 百足人センチピートマンを放っておくなど……! 何をされるか、わかったものではない!」


「たしかにそうかもしれない。魔物のすることなど、人間には想像もつかないだろう。だが、何もしないかもしれない。それを静観することが、『後手に回ること』だと教えられたのか? ならばそれは間違いだ。お前たちがやっていることは、単なる『早とちり』だ」


 ミナトは言い終わると、自嘲気味に鼻で笑って、真剣な表情を緩めた。


「などと御託を並べてみたが……所詮、どれも詭弁だな。お前の部下を殺し、そしてこれからお前を殺す本当の理由を、教えてやろう」


 ミナトは一拍置いた。

 ダロットは真剣な目で、ミナトを見つめた。


「気に入らないからだ」


「は?」


 その巨軀に似合わない声を上げたダロット。


「気に入らないから殺す。魔物らしい良い理由だと思わないか? 損得を度外視して、ただ感情の赴くままに行動する。夢のような話だ」


 ミナトはわかっていた。

 この殺しに損得をつけるとしたら、間違いなく損であるということを。

 この後、ストゥートゥはこの殺しの犯人を調査するだろう。そしてやがて、百足人の仕業であると判明する。

 ダロットが言った通り、自分は死んだと勘違いさせておく方が良かった。


 だが、感情はそれを許さなかった。


 ミナトの言葉に、ダロットは何度か頷いた。納得したような表情でもあった。


「……確かにそうだ。その通りだ。魔物とは、そういうものだった。勘違いしていた。だから邪悪なのだ。だから——討たねばならんのだ」


 ダロットはいつからか思い込んでしまっていた。

 自分が、そして周りの者がそうであるように、生物というのは、合理性を持って行動している、と。

 だが、違うのだ。違うから、魔物なのだ。


 ダロットはゆっくりと、腰に携えた大剣を抜いた。左手には1メートルはあろうかという大きな盾を持っている。


 死んでいった討伐隊27人のため。そしてストゥートゥの未来のため。


 ダロットの聖戦が、始まろうとしていた。





「レナ、手出さないでくれ」


 俺はレナにそう言った。


 ダロットにも聞こえただろう。


 だが、俺は何も正々堂々と戦いたいわけではない。それは最初から変わっていない。

 俺の目的は、最大限の屈辱と苦痛の中で、ダロットこいつを殺すこと。


「うぉおおおおお!」


 ダロットが吠えた。

 その巨体を揺らし、盾をこちらに向けて、こちらに突進してくる。


〈疾走〉


 俺もそれに乗ってやる。


 俺とダロットが、交わる。


——キン!


 盾と剣がぶつかった。

 俺はいつものように回避することはなく、その剣で盾を受け止めた。


 蠢蟲は盾に移る。


「はぁあああっ!」


 盾と剣での押し合い。勝ったのはダロットだった。

 俺は弾き飛ばされる。


 俺が離れている間に、ダロットはスキルを発動させる。


「〈加速アクセラレータ〉、〈超加速アクセラレータ・アップ〉、〈外皮硬化プロテクト・スキン〉、

祓魔師の加護エクソシスト・ブレス〉」


 そして、俺はそれを許した。


「ホー」


 そんな時、ポポがひとつ鳴いて、魔法を行使する。


爽快フレッシュ


 俺に、ではなく、ダロットに。


 俺がポポに下した命令は、『最後まで奴らの味方のフリをすること』。

 それをポポは遂行してくれている。


 ポポが何の魔法を使ったのかはポポの〈完全無詠唱化〉というスキルのおかげで俺にしかわからない。

 〈爽快フレッシュ〉という魔法は、単に対象に爽快感を与える魔法だが、ダロットはそれがわからない。なんらかのバフがかけられたと思ったはずだ。


 カカポの援護があったにも関わらず、百足人センチピートマンに勝てなかった。

 そんな構図を、俺は作りたかったのだ。


『ポポ、俺にもバフを』


 脳内でポポに指示を出す。


 ポポが鳴いたりしない限り、魔法を使ったということすら、ダロットにはわからない。目の前の敵に集中している、ということもあるが、これもポポの種族スキル〈完全無詠唱化〉の恩恵だ。

 魔力感知などをしていない者には全くわからないのだ。


 

 お互いの身体に強化がかかった。


 再び、ダロットは突進してくる。

 今度は盾を向けてではない。盾を持ってはいるが、今回は右手に持つ大剣でダメージを与えるつもりらしかった。


「死ねぇええっ!」


〈斬撃〉


 先にスキルを発動させたのはダロットだ。


〈回避〉


 しかし、問題はない。

 

 ブゥン! という音が聞こえる。大剣が空を切った音だ。


 次は俺の番。


〈斬撃〉


キン!


 ダロットは盾ではなく、大剣で俺の攻撃を防いだ。


「ふんっ!」


 ダロットは俺を足で蹴り飛ばした。


 再び、2人に距離ができる。


「……さすがに、リーダーを名乗るだけのことはある」


「世辞は、いらん」


 ダロットは息を切らせながら返した。


「これから死にゆく者に世辞なんて必要ないだろう」


 俺は意識して不敵な笑みを作る。


「俺が今から使うスキル〈執念の首狩りヴォーパル・ソウル〉は、一撃で確実に相手を殺す刃を召喚することができる」 


 嘘である。全くもって嘘。

 〈執念の首狩りヴォーパル・ソウル〉の性質上、相手が逃げ回れば逃げ回るほど都合がいい。

 このスキルを使った時点で、一定のダメージを与えることが確定している。ならばそれに惑わされる時間は長ければ長いほど良い。


「これを使う代償は計り知れないが……まあ仕方ない。お前はそれに値する」


 俺は再び笑みを深くする。


 ダロットの額に大粒の汗が滴るのがわかった。



「さらばだ。ダロット・アウダイール」


 俺はゆっくりと手を広げた。



「〈執念の首狩りヴォーパル・ソウル〉!」






 

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