第43話 鏖殺

「〈透明化インビジビリティ〉」


 レナが俺に透明化の魔法をかける。

 もともとかかっていたのだが、それに上書きした格好だ。〈透明化インビジビリティ〉には効果時間がある。というか、ほとんどの魔法やスキルはそうだ。

 万に一つにも忍び寄っている途中で効果が切れないように、重ねがけすることで効果時間をリセットしたのだ。


〈隠密〉


 そして俺自身もスキルを使う。姿は見えないが、音や気配はある。それらを極限削ぎ落とすための〈隠密〉だ。


「行ってくる」


「手筈通り、頼むわね」


「あぁ……しっかり数、数えとけよ」


 俺たちは1人として逃すつもりはない。

 『28』という数字は、頭の中に刻み込まれている。


 俺は2人の見張りに忍び寄る。

 普段からは想像できないほど、ゆっくり、慎重に。


 ムカデは元来、音の出るような歩き方ではない。それが、さらに注意を払って音を消していたとすれば、例え背後1メートルの場所にいても、気づかないのは不思議ではなかった。


 2本の剣。蠢蟲剣・白、そして蠢蟲剣・黒。それぞれを両手に構える。


 2人は一応、鎧はしていた。ただ、背後から見れば頚椎はガラ空きだった。


 両の手に持つ剣を、寸分の狂いもなく、一斉に、2人の頚椎に突き刺した。


「ぇ……?」


 小さすぎる断末魔だった。


 驚きに目を見開いて俺を見つめ、次の瞬間に倒れた。ポリゴンとはならなかった。なぜなら、この男はこの瞬間から俺の剣にいた蠢蟲のとなったからだ。

 これは魔物でも同じだ。死体に利用価値があるか、利用価値を見出して殺した者の元には、死体は残る。蠢蟲は大群となって死した男を喰らっている。


 まだ、誰も起きていない。

 それは本来見張りをしているべき者も同じだった。今は寝袋にくるまって眠っている。


 静かに忍び寄り、首を掻っ切る。


 3人目。


 今度はテントの中に入る必要がある。いくら静かに忍び寄っても、さすがにテントの中まで潜り込んではバレないはずはない。


 作戦は次のフェーズに移る。


「ここからが本番だ」


 俺はレナに目をやる。


 レナは頷く。


 そして、スキルを発動させる。


「〈蝗害アバロン〉!」


 作戦は至ってシンプルだ。

 〈蝗害アバロン〉が起こす混乱に乗じて、俺が殺して回る。ただそれだけ。


 テントの配置は頭の中に焼き付けている。多分ここにいる者の中で1番詳しいだろう。

 俺は1番近いテントに向かって走り出す。


 1番詳しいのが俺だとすれば、2番目はレナだ。

 レナはひたすら、テントがあると思われる場所に向けて魔法を撃ち込む。

 俺に当たってしまうことがあるかとしれないが、そんなことは気にするなと言っておいた。

 まあレナから返ってきたのは『もとよりそのつもり』などという手心のない返答だったのだが。


 俺の視界を塞いでいたバッタの中から、テントが見えた。俺はテントを剣で切り裂いて中に突撃する。


 テントの中も、バッタで埋め尽くされていた。


 俺はそれが幻術だと知っているので、気にすることは何もない。


 そしてバッタの中から、人間を見つける。


〈斬撃〉


 斬りつける。


 1人、2人、3人、4人。


 立て続けに斬る。ただただ、憎悪だけを乗せた剣が、人間どもを蝕む。比喩ではなく、本当に蝕む。


 どうやらひとつのテントに4人いるようだった。


「なんだこれは!?」

「一体どうなっている!?」

「隊長! 隊長は!?」


 テントの外に出ると、バッタの音以外にも多くの声があった。


「テントから出るな! 戸締りをしろ!」


 誰かが嬉しい指示をしてくれる。こいつらはまだ俺がいることを知らない。

 ただ、バッタの大群が襲って来ているだけだと思っているのだ。

 だからテントに籠ってやり過ごす、などという最悪の一手を打とうとしている。


 こちらとすればありがたい。誰一人漏らすことなく殺せるのだから。


 4人殺して、次のテントへ。

 

 また4人殺して、次のテントへ。


 混乱の中にある者を出会い頭に斬りつけることは、圧倒的な素早さと動体視力を手に入れた俺には難しくはなかった。


 レナも次々に魔法をぶっ放しているようで、時折轟音が聞こえる。


「これで……19!」


 4つ目のテントの最後の1人。19人目に、俺は見覚えがあった。

 俺に最初の一撃を与えてきた老人だ。

 ただ、他の者となんら変わらなかった。他より少し落ち着いているだけで、抵抗することもなかった。


「ミナト! 私の方ではテントを2つ攻撃したわ」


 4つ目のテントから出たところで、レナから声がかかった。


 レナが2つのテントを、俺が4つのテントと見張りを。単純計算で4×6+3=27。

 レナが攻撃したテントがひとつだけ5人で使っていたとしたら、これで終わっているかもしれない。


「とにかく、確認に行こう。レナが攻撃したテントを」


 死体になっていたら最高だが、そうとは限らない。再び気を引き締める。


「ここと——あそこ。私が何発も攻撃魔法を撃ったわ」


 レナが示したテントは跡形もなく焼け落ちていた。


 その中に、死体と思われるものが確かに4つあった。


 これで俺が殺した分と合わせて23人の死亡を確認。


 俺たちは最後のテントに向かう。


 そこにはやはり、跡形もなく焼け落ちたテントと、4つの人だったものが転がっていた。


 これで27人。1人、足りない。


「レナ。〈蝗害アバロン〉を解いてくれ」


「えぇ」


 もう必要ないだろう。

 

 これで終わりというわけではない。ここからは誰一人として逃さないための行動を取る必要がある。


 レナが〈蝗害アバロン〉を解く。


 一気に視界が開けた。



 最後の1人は、逃げも隠れもしていなかった。


 ただ、山の如く、そこに仁王立ちしていた。


 残った1人。

 俺には覚えがあった。

 ポポから聞かされていたのだ。



「ダロット・アウダイール」



 俺は、相手の名をポツリと呟いた。


 




 

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