第42話 殺戮準備

 ゲーム内時間で20時。

 

 ポポからの情報では、野営地では食事などを終えて、寝床の準備に取り掛かっているということだった。

 すぐに寝付くわけではないだろうから、もう少し夜が更けてから決行するつもりだが、現場にはそろそろ向かったほうが良さそうだ。

 下見云々もある。あまり派手には出来ないだろうが。


 この時間になるまでは、主にレナと作戦を立てていた。

 奇抜な作戦から残虐な作戦まで色々案は出たが、結局、シンプルなものになった。


「見張りは3人だそうだ」


 これもポポからの情報だ。


「へぇ。意外と少ないのね」


「あぁ。奴らは俺がもう死んでると思ってる。油断してるんだろう」


 ありがたい限りだ。


「じゃ、行こうか」





「いやあ、まさか犠牲者ゼロで終わるとはな」


 ガッハッハ、と豪快に笑うダロットは、野営に向けてテントを設営する隊員を眺めていた。


 リーダーであっても雑用をすべき、などということを言ってきた頓珍漢もいたが、そんなのは所詮戯言だ。

 リーダーにはそれ相応の立ち振る舞いというのがある。決して下の者の立場に降りてはならない。

 そういうことをしていると、いずれどこかで軋轢が生じる。規律は上の者が堂々と上に立たなければ成り立たない。ダロットはこういった点で、クルディアスと投合していた。


「それどころか、1人……いや、1匹増えましたよ」


 隊員の1人が、ニコニコとしながらダロットの言葉に返す。


 ダロットはますます口角が上がる。


「あぁ。本当に素晴らしい旅だ——梟鸚鵡カカポ!」


 ダロットは木の上から設営している様子を眺めているカカポに『こちらにおいで』という意味を込めて呼びかける。

 ちなみに名前はまだつけていない。帰ってから国王に命名してもらう予定だ。


(いつも呼ぶだけで肩に乗ってくる……随分と懐かれたものだな)


 なんてことを考えていたダロットだったが、今回はそうはならなかった。

 カカポは異常なくらい真剣に設営している様子を眺めていた。ダロットの言葉など、全く意に介していない。


「テントのような人工物というのは、カカポには珍しいのか?」


 ダロットはそう結論づけた。


 野営地の設営はつつがなく終わった。


 食事はもう済ませてある。ストゥートゥの軍では、こういった場合テントなどの寝床を設営する前に食事を済ませることが多い。


 百足人センチピートマンを討伐した祝うべき日だが、さすがに野営で酒は飲まなかった。

 それは明日アルクチュアに着いてからのお楽しみだ。


 時刻は21時を回ったところだった。


「では予定通り、今日から見張りは3人だ。百足人センチピートマンを討伐したからといって、気を抜かぬように」


 気休め程度の忠告だ。

 見張りの人数を減らしている時点で『脅威は去った』、と言っているようなものなのだから。

 

 ダロットはふとカカポに目をやった。


 カカポは相変わらず、真剣な目でこちらを見据えていた。





 丁度その時、ポポはミナトから、命令を下されているところだった。


『ポポ———』


 ポポはミナトの言葉を最後まで聞き、『ホー』とひとつ鳴いた。

 少し驚いたし、気乗りもしない命令だったが、まあ仕方ない。

 それを微笑ましそうに見る人間たちは、ポポの眼中にはなかった。





 それぞれのテントに灯っていた魔法のものと思われる明かりが、ひとつ、またひとつと消えていくのがわかった。


 やがて全てのテントに明かりがなくなり、あとには3人の見張りが焚いている焚き火だけが残った。


「始めようか」


「えぇ」


 ポポは相変わらず、木の上にいてもらっている。


 最初の出番はレナだ。


「〈安眠グッド・ナイト〉」


 レナは28人に向かって魔法を放つ。対象を心地よい気分のまま深い眠りに誘う魔法だ。

 ただ、それほど強い効果があるわけではない。

 もっと強い効果をもつ催眠系の魔法もあるが、それでは一度で大人数にかけることが難しく、さらに言うとその強すぎる効果は当然相手に違和感を与える。

 既に存在がバレている場合はそちらの方が有効だが、存在を悟らせたくない場合は〈安眠グッド・ナイト〉のほうが良かった。


「ふぁあ……」


 見張りの1人が大袈裟に欠伸をした。


「随分お疲れのようだな」


 返したのは別の見張りだ。皮肉げに薄ら笑いを浮かべている。


「まあ、張り詰めていた緊張の糸が切れたのだろう。仕方あるまい。そういう俺も、実はかなり眠いんだ」


 また別の見張りが返す。


「違いねぇ。だが……2時間だったよな。それまでは耐えるしかない」


 ほう。2時間で交代なのか。では今から1時間と……30分くらいしてから始めるのがちょうど良さそうだ。


「そこで俺に提案なんだがよぉ……」


「なんだ?」


「俺たちも交代で寝ねぇか? 3人だから……40分ずつ」


 素晴らしい提案だ。

 ぜひ乗ってくれよ。他のお二人さん。


「いや、それはさすがに……」


「いいんじゃねぇか? 正直、1人でだってなんとかなるだろ。こんな荒野。見晴らしもいいし、百足人はもういないんだぜ?」


 拒否しようとしたら1人の意見を押し潰すように、多数決で事は決められた。


「じゃ、40分したら起こしてくれ」


 さすがにテントに戻ることはしないようで、焚き火から少し離れて寝袋にくるまった。


 これで見張りは2人。


 ここまで、面白いように好都合に進んでいる。


「最終確認をしてくる」


 俺は小声でレナにそう告げると、脳内でポポに質問をした。


「………準備完了。あの2人以外は全員眠っているそうだ」


 ポポは〈脈拍感知センスオブ・PR〉という脈拍を測る魔法を用いて人間たちの入眠状況を確認してくれたのだった。


 全てが整った。

 俺は拳を握りしめる。



 時は、来た。




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