第41話 逆鱗

 ポポは、かなり機嫌が悪かった。


 当然だろう。

 突然主人を攻撃され、自分は隠れることしか許されなかった。挙げ句の果てには、その憎むべき敵の肩に乗せられているのだ。主人の命令なのでもちろん従うが、それでも愉快ではない。


 ポポがミナトに頼まれたのは、いわゆるスパイだ。

 相手の情報を掴み、脳内でミナトに伝える。従魔と主人は、魔法などなくとも意思の疎通ができる。


「今日中にアルクチュアに戻ることは出来ない。もう少し歩いたら野営するとしよう」


 ポポはダロットが発した一言一句を、ミナトに伝えていた。


 討伐隊の行動は全て、ミナトに筒抜けだった。





「とにかく、ロイを探しに行こう」


 奴らが見えなくなった。今ならもうバレないだろう。


 俺とレナは再び川から上がる。


「着いてきて」


 レナに促され、後を追う。


 少し歩くと、レナは止まった。


「この辺りだったはず……」


 レナは辺りを見渡すが、ロイの姿は見えない。


「ロイくんの〈透明化インビジビリティ〉を解くわ」


 レナが〈透明化インビジビリティ〉を解く。


 が、それでも見当たらない。


「辺りを探そう」


「えぇ」


 俺とレナは別れてロイを探す。


 それほど時間はかからなかった。

 多分、1分くらい。


「ロイくん!」


 見つけたのはレナだった。


 すぐに駆け寄る。


 岩の影に、ロイはいた。


「ロイ!」


 ロイは、頭を抱えて震えていた。俺以上にボロボロだった。何本か脚が取れている。身体中傷だらけだ。


 安堵とともに、黒いものが湧き上がるのを、俺は感じた。


「——あいつら、殺そう」


 驚いた。他でもない、俺が。

 発した声は、存外、低かった。


「賛成」


 レナは多くは語らなかった。

 ただ静かに、同意しただけだった。


「……あいつらを放置しておくのは危険だ。今回は運が良かったが、次はどうなるかわからない。それに……」


 俺はこれから行おうとしている『殺し』を正当化する理由を並べようとした。その材料も、頭の中にはあった。


 だが——


「……違うな」


 そう。違うのだ。


 俺が今からやろうとしていることに、理論めいたものはいらない。

 これは、俺の感情の問題だ。


「気に入らない。だから、殺そう」


 そうだ。それでいいんだ。


 俺は魔物で、奴らは人間。

 俺に法律は適応されないし、殊勝な倫理観に囚われる必要もない。


「賛成」


 レナは再び、同意を示した。


 それ以外は何も言わなかった。

 だが、そのバッタの瞳に、憎悪が宿っていることは、誰の目にも明らかだった。





 あれから1時間くらい経っただろうか。

 

 俺たちはまだ、何も行動を起こしていなかった。

 ポポからの情報を待ちつつ、ロイの手当てや話し合いをしていたところだ。


「じゃあ、ポポからの情報をまとめよう」


 俺はある程度快復したロイと、何やら考え事をしているレナに向かって話し始める。


「奴らは10番目の街ストゥートゥから来た討伐隊。ストゥートゥでは百足人センチピートマンが不吉の象徴とされている為、俺を討つために編成された……ここまではいいな?」


 ロイとレナが頷く。


「で、討伐隊の人数は28人。現在はあの小さな街、アルクチュアと言うらしいが、その街に向かっているとのことだ。ただ、今日はここから少し離れたところで野営をする予定だそうだ。ここからあの街へは遠いからな。人間なら尚更」


 俺は土に木の枝で簡易的な地図を書きつつ説明する。


「で、奴らが呑気に野営しているところを——」


 俺は力を込めて、テントのマークで記した野営の位置に、バッテンをつけた。


「——討つ」


 正々堂々やっつける、などという考えはこれっぽっちもない。

 

 先に奇襲を仕掛けてきたのは奴らだ。そんな奴らに心遣いはいらない。


「全員、確実に殺す」


「当然ね」


 レナはさらりとそう言う。


「と、当然だと思います!」


 ロイもだった。

 話を聞けば、自分がやられた復讐というより、百足人センチピートマンを不吉の象徴などとして扱っていること。そして俺に攻撃をしたこと。この2点がロイの中では許せないらしい。


「ロイには謝らなくちゃいけないな」


 奴らを殺すならば、俺にも通すべき筋があった。


「ロイ。お前が怪我をしたのは俺のせいだ。申し訳なかった。許してほしい」


 しっかりと頭を下げて、俺は言った。


 続いて、レナも同じように頭を下げた。


「私のせいでもあるわ。ごめんなさい」


 油断して人間に見つかってしまうような行動をとった俺にもまた、責任はある。

 全てを奴らだけの所為にするのは違う。

 俺たちにも非がある。


 それを全て理解した上で、俺たちは奴らを殺す。


 これは決して、正義の行いではない。


「な、なななにをおっしゃいますか! あ、あた、頭を上げてください!」


 ロイはすごい慌てようだったが、俺たちは頭を上げなかった。


「謝罪を受け入れてくれるか?」


「も、もちろんです、気にしてませんから。それに、僕も気が付かなかったわけですし」


「そうか。ありがとう」


 俺たちは頭を上げた。


「じゃあ、具体的な話をしようか」


 俺がそう言うと、ロイはようやく気が抜けたようで、落ち着いた表情を見せてくれた。


「そうね」


「叩くなら今日だ。明日はアルクチュアとかいう街に泊まるようだし、そこからはもうあの山岳に入るだろう。それに、討伐に成功したことで油断しているはずだ」


 『実際は出来ていないんだがな』と付け足す。


「となるとやっぱり、ロイくんをどうするかよね……」


「そういうことだ」


 この期に及んでロイを危険に晒すわけにはいかない。それに完全にダメージが回復しているわけではない。


「ぼ、僕にも手伝わせてください!」


 ロイはやる気満々といった様子でそう言うが、さすがにそうはいかない。万全ならまだしも。


「さすがにダメよ、ロイくん。今日はしっかり身体を休めて回復しなきゃ」


「そういうことだ。置いていくわけにはいかないし……そうだな、ロイは近くで見ていてくれ」


「……わかりました」


 シュン、としてしまったロイだったが、渋々了承してくれた。


 手順が大体定まったところで、タイミングよくポポから情報が入った。


「奴らが野営の準備を始めたそうだ」


 その時は、近づいていた。

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