第41話 逆鱗
ポポは、かなり機嫌が悪かった。
当然だろう。
突然主人を攻撃され、自分は隠れることしか許されなかった。挙げ句の果てには、その憎むべき敵の肩に乗せられているのだ。主人の命令なのでもちろん従うが、それでも愉快ではない。
ポポがミナトに頼まれたのは、いわゆるスパイだ。
相手の情報を掴み、脳内でミナトに伝える。従魔と主人は、魔法などなくとも意思の疎通ができる。
「今日中にアルクチュアに戻ることは出来ない。もう少し歩いたら野営するとしよう」
ポポはダロットが発した一言一句を、ミナトに伝えていた。
討伐隊の行動は全て、ミナトに筒抜けだった。
*
「とにかく、ロイを探しに行こう」
奴らが見えなくなった。今ならもうバレないだろう。
俺とレナは再び川から上がる。
「着いてきて」
レナに促され、後を追う。
少し歩くと、レナは止まった。
「この辺りだったはず……」
レナは辺りを見渡すが、ロイの姿は見えない。
「ロイくんの〈
レナが〈
が、それでも見当たらない。
「辺りを探そう」
「えぇ」
俺とレナは別れてロイを探す。
それほど時間はかからなかった。
多分、1分くらい。
「ロイくん!」
見つけたのはレナだった。
すぐに駆け寄る。
岩の影に、ロイはいた。
「ロイ!」
ロイは、頭を抱えて震えていた。俺以上にボロボロだった。何本か脚が取れている。身体中傷だらけだ。
安堵とともに、黒いものが湧き上がるのを、俺は感じた。
「——あいつら、殺そう」
驚いた。他でもない、俺が。
発した声は、存外、低かった。
「賛成」
レナは多くは語らなかった。
ただ静かに、同意しただけだった。
「……あいつらを放置しておくのは危険だ。今回は運が良かったが、次はどうなるかわからない。それに……」
俺はこれから行おうとしている『殺し』を正当化する理由を並べようとした。その材料も、頭の中にはあった。
だが——
「……違うな」
そう。違うのだ。
俺が今からやろうとしていることに、理論めいたものはいらない。
これは、俺の感情の問題だ。
「気に入らない。だから、殺そう」
そうだ。それでいいんだ。
俺は魔物で、奴らは人間。
俺に法律は適応されないし、殊勝な倫理観に囚われる必要もない。
「賛成」
レナは再び、同意を示した。
それ以外は何も言わなかった。
だが、そのバッタの瞳に、憎悪が宿っていることは、誰の目にも明らかだった。
*
あれから1時間くらい経っただろうか。
俺たちはまだ、何も行動を起こしていなかった。
ポポからの情報を待ちつつ、ロイの手当てや話し合いをしていたところだ。
「じゃあ、ポポからの情報をまとめよう」
俺はある程度快復したロイと、何やら考え事をしているレナに向かって話し始める。
「奴らは10番目の街ストゥートゥから来た討伐隊。ストゥートゥでは
ロイとレナが頷く。
「で、討伐隊の人数は28人。現在はあの小さな街、アルクチュアと言うらしいが、その街に向かっているとのことだ。ただ、今日はここから少し離れたところで野営をする予定だそうだ。ここからあの街へは遠いからな。人間なら尚更」
俺は土に木の枝で簡易的な地図を書きつつ説明する。
「で、奴らが呑気に野営しているところを——」
俺は力を込めて、テントのマークで記した野営の位置に、バッテンをつけた。
「——討つ」
正々堂々やっつける、などという考えはこれっぽっちもない。
先に奇襲を仕掛けてきたのは奴らだ。そんな奴らに心遣いはいらない。
「全員、確実に殺す」
「当然ね」
レナはさらりとそう言う。
「と、当然だと思います!」
ロイもだった。
話を聞けば、自分がやられた復讐というより、
「ロイには謝らなくちゃいけないな」
奴らを殺すならば、俺にも通すべき筋があった。
「ロイ。お前が怪我をしたのは俺のせいだ。申し訳なかった。許してほしい」
しっかりと頭を下げて、俺は言った。
続いて、レナも同じように頭を下げた。
「私のせいでもあるわ。ごめんなさい」
油断して人間に見つかってしまうような行動をとった俺にもまた、責任はある。
全てを奴らだけの所為にするのは違う。
俺たちにも非がある。
それを全て理解した上で、俺たちは奴らを殺す。
これは決して、正義の行いではない。
「な、なななにをおっしゃいますか! あ、あた、頭を上げてください!」
ロイはすごい慌てようだったが、俺たちは頭を上げなかった。
「謝罪を受け入れてくれるか?」
「も、もちろんです、気にしてませんから。それに、僕も気が付かなかったわけですし」
「そうか。ありがとう」
俺たちは頭を上げた。
「じゃあ、具体的な話をしようか」
俺がそう言うと、ロイはようやく気が抜けたようで、落ち着いた表情を見せてくれた。
「そうね」
「叩くなら今日だ。明日はアルクチュアとかいう街に泊まるようだし、そこからはもうあの山岳に入るだろう。それに、討伐に成功したことで油断しているはずだ」
『実際は出来ていないんだがな』と付け足す。
「となるとやっぱり、ロイくんをどうするかよね……」
「そういうことだ」
この期に及んでロイを危険に晒すわけにはいかない。それに完全にダメージが回復しているわけではない。
「ぼ、僕にも手伝わせてください!」
ロイはやる気満々といった様子でそう言うが、さすがにそうはいかない。万全ならまだしも。
「さすがにダメよ、ロイくん。今日はしっかり身体を休めて回復しなきゃ」
「そういうことだ。置いていくわけにはいかないし……そうだな、ロイは近くで見ていてくれ」
「……わかりました」
シュン、としてしまったロイだったが、渋々了承してくれた。
手順が大体定まったところで、タイミングよくポポから情報が入った。
「奴らが野営の準備を始めたそうだ」
その時は、近づいていた。
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