第38話 任務完了

 その一撃が皮切りであった。


「パナア! リュート! お前たちは百足センチピートを追え!」


「はっ!」


 百足人センチピートマンと共にいた百足センチピートが逃げたことも、ダロットは見逃さない。1人で充分対処できるだろうが、念には念を。2人を百足の討伐に向かわせる。


 そしてメインはこっちだ。 

 魔法師たちは次々と百足人センチピートマンに向かって攻撃魔法を放つ。

 戦士たちは百足人に向かって突進する。


 こういった作戦をとる場合、時おり戦士に魔法師の攻撃魔法が当たってしまう場合がある。

 だから、この作戦を忌避する戦士は少なくない。作戦自体は了承しても、後ろを気にしてしまって本来の実力を発揮できない者もいる。

 だが、ここにいる者は違う。

 なんの憂いも感じさせない気迫で、百足人に向かって突進する。

 

 そして、立場は違えどそれは魔法師も同じだった。

 前衛に当ててしまわないようにと、過剰に気にしてしまう魔法師も、ときにはいた。

 しかし、ここにいる魔法師はそんなことは気にしない。

 前衛に魔法が当たってしまっても、落ち込んだり、自責の念に駆られることもない。

 ある意味では、戦士の犠牲を割り切って使っているとも言えた。


 そんな魔法師による波状攻撃を防ぐ方法は、百足人には全くもってないようだった。


 百足人は逃げようとするが、叶わない。


 ふらふらになりながら後ろへ——つまり川の方へ移動する。


 容赦はしない。

 攻撃魔法を撃ち込む。


「ぐぁあっ」


 ダロットにはそれが、断末魔に聞こえた。


 百足人の意識がプツリと途絶えたように思えた。


 次の瞬間、百足人は倒れ込んだ。


——川の方へと。


——ボトン


 百足人は川に落ちた。


「なにっ!」


 ダロットは一瞬焦る。

 確かに今意識を失い、死んだように見えたが、それすら百足人の演技で、本当は川に逃げ込んだのではないかと思ったからだ。


 ダロットは川へ駆け寄る。


 そこでようやく安心する。


「ふぅ……良かった」


 そこでダロットが見たのは、川の流れに乗せられて流されている百足人であった。


 間違いない。死んでいる。


 身体はボロボロ。腹には穴が空いている。


 百足人の死は間違いない。ダロットは確信を持ってそう言えた。


 だが——


「カルストさん。攻撃魔法を」


 ダロットは抜かりのない男だった。


「かしこまりました」


 カルスト川に流されている百足人に向かって、〈魔法の槍マジック・ランス〉を放つ。


 槍は今度は百足人の顔付近を貫いた。


「死体は諦めるほかあるまい」


 本来であれば死体を持って帰りたかったが、川に流されてはどうしようもない。

 

「水晶で記録を」


 そういうときのために、『撮像の水晶』と呼ばれる、風景を記録する水晶を持ってきている。


「はい」


 命じられた部下は、水晶で百足人の死体を記録する。


「隊長」


 ダロットに声がかかる

 声の主は、パナアだった。隣にはリュートもいる。百足センチピート討伐を命じた2人だ。


「どうだった? 無事討伐できたか?」


「いえ……それが……」


 パナアが口籠る。

 それを聞いてダロットが思ったことといえば、怒りなどではなく『珍しいな』という感想であった。


 正直言って、百足を討伐できたかどうかなど、ダロットにはどうでも良かった。

 任務はあくまで『百足人の討伐』であって、百足人の一味を全員殺すことではない。

 百足如きでは、ダロットたちの脅威とはなり得ない。


「そうか」


 ダロットは失敗したのか、などとは聞かなかった。百足如きどうでも良いと思っていたこともあるが、それより何より、ダロットは今、機嫌が良かった。


「はい……リュートが魔法を撃ち込んで、瀕死ではあったのですが……予想以上に速く、それに、森に溶け込むようにして消えていってしまって……」


 パナアの言葉を、ダロットは話半分に聞いていた。


「そうか。まあ仕方がない。あまり気を落とさぬようにな。百足人の討伐には成功したのだ。お前たちもまた、英雄なのだからな」


 ダロットは上機嫌にそう言うと、今度は魔法を発動させた。


「〈伝言メッセージ〉」


 相手は、クルディアス。兵士大将だ。


『兵士大将、クルディアスであります』


 いつもと同じ様子のクルディアスが応答する。


「大将、ダロットです」


『何事だ?』


 クルディアスの声色に、僅かに期待の色が混ざっていることを、ダロットは聞き逃さなかった。

 通常の定期連絡であれば、クルディアスに直接するということはないし、そもそも、ダロットがすることでもない。


百足人センチピートマンの討伐、成功しました!」


『っ! そ、そうか! それは素晴らしい』


 クルディアスは必死に隠そうとしているが、相当喜んでいることが明らかであった。


「死体の回収は困難ですが、問題ありません。確実に殺しましたし、水晶にも残しました。それを見ていただければ、わかってもらえると思います」


 腹と顔に穴が空いた死体を見て『生きているかもしれない』などということを言う者はいない。


『そうか。当然、問題ない。帰投はどうなりそうだ?』


「現在、アルクチュアから8時間ほど歩いたところにある川……すいません、名称まではわかりませんが、ヌーメノール連峰への道にある川の辺りにいます」


『あぁ。あの川か。確か……クラキ川、とかいったはずだ。随分と遠いところだったようだな』


「えぇ。帰りはオールオルル山岳を避けるルートを通る予定ですから、4日ほどかかると思われますが……」


『あぁ。あの山岳は危険だからな。安全なルートを通ると良い。少しくらい遅れても、咎めるようなことはせん』


「ありがとうございます」


『ストゥートゥに帰れば、お前たちは英雄だ。たっぷり酒が飲めるように、せいぜい準備しておくんだぞ』


 ニヤけながら言っているのだろうな、というのがわかる口調だった。


「えぇ。待っていてください」


 クルディアスはフッ、とひと笑いすると、〈伝言メッセージ〉を切った。


 これで、任務は完了だ。


 ダロットは笑みを隠そうともしない。


「みんな、よくやった!」


 討伐隊28人。全員に満面の笑みが溢れた。


 






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