第37話 奇襲

 柊 小春。

 4月4日生まれ、15歳。

 俺は16歳なのだが、学年的には2つ違い。


 俺が高校2年生で、小春が中学3年生。


「で、どうしたの、今日は」


 母さんや小春たちが暮らす家からここまでは電車を乗り継いで凡そ2時間半といったところ。

 小春のような一学生にとっては馬鹿にならない電車賃のはずだ。なにか用があるのだろう。


「いやー、私も蒼坂入ろうと思って。オープンキャンパスあるから、夏休みの間お邪魔しまーす」


 初耳だ。いくらなんでも急すぎる。

 『連絡くらいしてから来いよ』という文句が出かかるが、よくよく考えれば別に何か困ることがあるわけでもなかった。


 それに、1人の生活にも飽きてきたところだ。


 小春と俺の関係を一言で表すなら、それは『友人』だろう。

 兄妹、という感じではない。


 実際、小春が俺のことを『お兄ちゃん』なんて呼んだことはなかった。

 『ミナトさん』から始まり、『ミナトくん』、そして現在の『ミナト』。

 小春は今や良き友人。


「ミナトは何してたの?」


「セカライだよセカライ」


 俺が正直に答えると、小春は目を輝かせた。


「ミナト持ってるの!? いーなー。私も早く欲しいよ」


「なんだ? 小遣いでも貯めてるのか?」


「当然。今4万5000円まで貯まったところ」


 ほうほう。セカライの定価はおおよそ5万円といったところ。VRソフトの中でも割とお高めだ。

 つまりはあと5000円。ふむふむ。


「遥香さんから許可はもらってるのか、受験生」


 遥香さんとは、俺の義母で、小春の実母にあたる人だ。

 小春も一応受験生。セカライに没頭して勉強が疎かになるなんてことはあってはならないが……


「もちろん」


 小春に限って、そんなことはまずないだろう。


 悔しいが、小春は頭が良い。

 他から傑出している。俺の記憶の限りでは、定期テストで1位以外を取ったことはない。

 蒼坂も決して頭の悪い人が集まる高校ではないが、小春ならばまず落ちることはないと言える。

 さらに言えば、小春はゲームにうつつを抜かして勉強を疎かにするとか、そういうタイプではない。


 数秒の沈黙。

 そして、


「よし、残りの5000円、俺が出してやろう!」


 そう宣言した。


 俺の言葉に、小春は再び満面の笑みを咲かせた。

 

 



 翌日。


 空き部屋をカスタマイズしている小春は置いておいて、俺は今日もセカライにログインしていた。


「ロイ、ポポ、おはよ」


 現実世界が朝なので、ログインしたときはいつも反射的に『おはよう』と言っているが、ゲーム内ではもう夕方だ。


「おはようございます、ミナト様」


「ホー」


 俺は昨日ログアウトした場所……つまり大河川の前にいる。


 どうやらレナはまだのようだった。


 昨日の俺は今日の俺に大河川を渡る方法を丸投げしたようだが、良い案はまだ浮かばなかった。


「ちょっと川沿いを散歩でもするか。もしかしたら橋があるかもしれないし」


 それほど期待しているわけではない。気を紛らせたかったのだ。

 まあレナも来るだろうから、あまり遠くには行かないけど。

 俺たちはゆっくりと歩き出した。


 

 それから5分も経っていない。やっぱり橋はなさそうだな、なんてことを呑気に考えていた、その時だった。



「——え?」


 思わず声が漏れる。当然だ。


 

 俺の腹に、魔法の槍が突き刺さったのだから。





 ダロットは、少しずつ苛立ちを募らせていた。


 昨夜は、山岳から北に進んだ先にある小さな街『アルクチュア』で過ごした。


 ここ最近は日が昇る前に出立し、日が落ちる直前まで捜索を続けている。

 昨日は日が落ちてからもアルクチュアの人々に聞き込み調査をしていた。が、進展はゼロ。

 百足人センチピートマンはあの迷宮の一件以来、尻尾を見せなかった。


(今日もそろそろ終わりだな)


 沈みかけた太陽を見つつ、ダロットは思った。


 しかし、転機は唐突に訪れた。


「隊長! 百足人センチピートマンです! 間違いありません!」


 隊員の1人、通称『鵜の目のタイガ』。

 魔法によって常時底上げされた視力を持つ彼は、ストゥートゥでは『鷹の目のヨーク』と並んで、こういった捜索では重宝されている。


 ダロットは双眼鏡を受け取る。

 そして、タイガが指を指す方に目を向けた。


 そこにいたのは、紛れもない、百足人センチピートマンであった。

 伝承に聞いたままの醜悪な姿だ。

 

 そしてその隣には、普通の百足センチピートがいる。


 思わずダロットに笑みが溢れる。


 遂に発見したのだ。

 ダロットはもとより、百足人センチピートマンに負けるなどとは微塵も思っていない。

 当然だ。ストゥートゥの精鋭28人。対するは百足人センチピートマンが多くて2匹。

 しかもこの様子だと1匹はただの百足センチピートだ。恐らくそれを見間違えたのだろう。

 百足センチピートなど、5匹同時に相手をしてもまず負けない。


(後は近づいて、魔法を打ち込む)


「魔法師部隊、〈透明化インビジビリティ〉を」


 ダロットの命令に、5人の魔法師(5人で全員ではない)が集まり、詠唱を始める。


 5人の魔力を集結させ、ひとつの魔法が完成する。


「〈集団透明化マス・インビジビリティ〉」


 そこにいる全員が、この魔法により透明化する。


 集団マス系魔法は、多くの人に同時にかけることが出来る代わりに、通常より多くの魔力を使う。だから、何人かで集まり、魔力を集結させて発動させるのだ。


「行くぞ」


 まだまだ百足人は遠くにいる。だから聞こえるはずもないのだが、ダロットは小さな声で言った。


 透明になった一団は、なんの警戒もしていない百足人へと忍び寄る。


 

 討伐隊の作戦は、至ってシンプルなものだ。


 戦士系の職業を納めている前衛が代わる代わる百足人の攻撃を受け止め、魔法師系の職業を納めている後衛がひたすら攻撃魔法を放つ。


 ダメージは魔法でのみ与える算段だ。前衛は攻撃を受け止めて後衛を守る役目。場合によっては死すら受け入れる必要がある。

 が、そんなことで躊躇する者たちではなかった。


 

 走ることはせず、ゆっくりと忍び寄った討伐隊28人。

 遂に、百足人が攻撃魔法の間合いに入る。


 奇襲をする上で重要なのは、相手が油断している最初の一撃で出来るだけ大きなダメージを与えることだ。


 28人の中で最強の攻撃魔法を操る者を、ダロットは指名する。


「カルストさん。あなたに任せます」


 カルストと呼ばれた男は、かなり老けているように見えた。

 カルスト・ライール・ラーイール。

 今年で80になるが、未だ現役だ。

 ダロットは上官ではあるが、カルストには敬意を込めて、敬語を使う。


 カルストは元冒険者で、不壊鋼オリハルコン級にまで上り詰めた、ストゥートゥでも1、2を争う魔法師である。


 『若くして死ぬ傾向にある職業に就いている老人を恐れなさい』

 誰かの言葉だ。

 『若くして死ぬ傾向にある職業』、つまりは冒険者だ。

 そしてカルストはまさに、ダロットをして恐るるに足る人物であった。

 

 カルストが上り詰めた不壊鋼オリハルコン級とは、冒険者の頂点たる神縛石アダマンタイト級に次いで高位であり、ひとつの国に数人いるかもわからないレベルだ。


 そんなカルストをこの討伐隊に招集したのは、まさにこういう場面を想定してのことだった。


 カルストが主に操る魔法は『無属性』。純粋な魔力による攻撃。


「お任せください」


 カルストはひとつ深呼吸をした後、魔法を発動させた。


「〈魔法の槍マジック・ランス〉」


 それは、27人全員の予想通り、カルストの代名詞ともいえる魔法であった。


 魔法の槍は、百足人の腹を抉った。

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