第36話 大河川

 あとはもう、作業のようなものだった。

 

 必死に抵抗する蜘蛛に、炎属性の攻撃魔法をレナが放ち、俺がヘイトを買いつつダメージを与える。


 傷口にはなおも無数の蠢蟲が張り付いて噛みつき攻撃をしている。


 断末魔もなく、蜘蛛は倒れた。そしてポリゴンとなって消える。


〈レベルが30に上がりました〉


 レベルアップの知らせを脳内で聞く。


「敵とは言え、同情に値する死に際だったわね……」


 レナが憐れみの視線を、さっきまで蜘蛛がいた場所に向けた。


 それを無視して、俺は新しい職業を取得するため、ウィンドウをひらく。

 

 例の如く、多くの職業が羅列される。


「おっ、良さそうなのがある」


「なになに? ミナトもレベル30になった?」


「あぁ、今職業を選んでるんだが……」


 俺は『良さそう』な職業をレナにも見せる。


極軽戦士マスターフェンサー?」


「あぁ。良さそうじゃないか?」


「たしかに。見るからに強そうね」


「でしょ?」


 俺は極軽戦士マスターフェンサーを選択する。



極軽戦士マスターフェンサー

取得条件→踊る戦士ソード・ダンサーを取得済みかつ素早さ数値2000以上。

軽戦士フェンサーの完全上位職。

回避能力に優れ、その速度と手数において、他の職業とは一線を画す。



「素早さ数値2000って……あなた、速すぎじゃない?」


「なんか、いつのまにか……?」


 とにかく、俺は極軽戦士マスターフェンサーに決めた。


極軽戦士マスターフェンサーを取得しますか? Yes/No〉


 Yesを押す。


 これでオッケー。


「ステータス」



氏名:ミナト

種族:上位百足人グレーター・センチピートマン

職業:百刀流ハンドレッツ踊る戦士ソード・ダンサー急所鑑定士アプレイザー・ウィークネス極軽戦士マスターフェンサー

レベル:30

HP:555/555

MP:360/360

筋力:1190

防御:460

魔力:400

魔防:220

素早:2010

器用:961

幸運:900

スキル:回避lv6、隠密lv3、斬撃lv8、疾走lv7

種族スキル:炎脆弱lv5、超マルチタスク、精密動作lv1

EXスキル:急所鑑定、執念の首狩りヴォーパル・ソウル

称号:ユニーク個体



 うむうむ。随分強くなってる。


「で、レナもレベル30になったんだろ? 何にするんだ?」


「私は妖術師ソーサラーになろうと思ってる」


妖術師ソーサラー……聞いたことあるな」


「相手を騙すことに特化した魔法師系職業よ。幻術のリアルさもパワーアップするはず」


「なるほど…‥良いんじゃないか?」


 俺が本心からそう言うと、レナは何故か苦い表情を浮かべた。


「もちろん良いんだけど、私もひとつくらいレア職業が欲しいわ。ミナトなんて、4つ全部が超レアって感じなのに」


 言われてみればそうだ。百刀流ハンドレッツから始まり、踊る戦士ソード・ダンサー急所鑑定士アプレイザー・ウィークネス、そして極軽戦士マスターフェンサー。どれも百足人センチピートマンでなければ取得できなかったものばかりだ。


 レナの言葉に、俺は苦笑いで返すことしかできない。


「ま、私も固有ユニークスキル持ってるし、人のことは言えないんだけどね」


 レナも同じように苦笑いを浮かべる。


「と、とにかく、先を急ごう。次は、大河川……だったか?」


 ユーライの話では、街を超えた先には大きな川、大河川なるものがあるらしい。

 そこを越えれば目的地は目と鼻の先らしい。

 長かった旅(主に迷宮のせいで)も、もう佳境というところだな。


 霜の大蜘蛛フロスト・タラテクトを倒した先にあった街は、あまり大きくはなかった。


「あの街はなんて言うんだ?」


 セカライマスターのレナに聞いてみる。


「知るわけないじゃない。まだここまで来たプレイヤーが1人もいないんだから。NPCに聞くわけにもいかないし」


 そういえばそうだった。あの羅刹天なるギルドが1番進んでるんだったな。

 そいつらを倒してここまで来てるんだから当然俺たちが最前線だ。


「それもそうか……なら、魔銀ミスリルも俺たちが初ゲットしちゃうとするか!」


 魔銀ミスリルの山へ、そして人間の街へ。


 俺たちは再び歩き始めた。





 このゲーム、いくらリアル志向とはいえ、やりすぎてはいないか? と、全力疾走で2時間走らされた俺は思う。


 もちろん百足人センチピートマンにもスタミナという概念はあるため、常にトップスピードというわけにはいかなかったが、それでも人間に比べれば桁違いに速いはずだ。

 それなのに、2時間。魔物もろくに出ない荒野をひたすらに走り、ようやくユーライが言うところの『大河川』が見えた。


 確かにその川は、大河川の名に恥じない大きな川だった。俺の想像よりもずっと。


 となると、困ったことがひとつある。


「これ、どうやって渡る?」


 橋は見当たらない。水の流れはそれほど速くはないが、到底泳いで渡れそうもない。

 それに、虫は水が苦手だろう。


 仮に俺やレナが行けたとしても、ロイは無理だ。


「……うーん」


 悩むこと5分。


「決めた!」


 俺は遂に決断を下す。


「明日の俺に任せよう!」


「賛成!」





 ログアウトすると、すでに現実では夜だった。


 ゲーム内でも一応リアルの時間を確認することはできるが、俺もレナも気に留めることほとんどなかった。


 俺は自分の部屋を出て、1階のリビングに向かう。


 誰もいない。


 というのは、いつものことだった。

 1人で住むにしては広すぎる一軒家で、俺は実質的に一人暮らしをしている。


 俺の家庭は少々特殊だ。

 若くして離婚した両親。俺が着いて行ったのは父の方で、その父は4年前再婚している。


 そこで義母と義兄と義妹が出来た。

 関係は良好……だと、俺は思っている。


 で、義兄と俺を除く3人は一緒に暮らしている。

 俺は今通っている蒼坂あおさか高校に進学するため、元いた家に残ったというわけだ。


——ピーンポーン


 インターホンが鳴る。


「配達か? 何か頼んだっけな」


 記憶を辿ってみるが、今は何も頼んでいないはずだった。


 ということは仕送りかな、と俺は結論を出した。


「はーい」


 応えると同時に、俺は扉を開けた。


「久しぶり、ミナト!」


「小春……」


 そこにいたのは、愛嬌たっぷりの笑みを浮かべた、俺の義妹、ひいらぎ小春こはるだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る