第32話 首狩りの王③

 首狩りの王ヴォーパルロードは死んだ。これは紛れもない事実だ。

 レナはそのHPが0であることを確認したし、ミナトも他の眷属たちが一斉に死んだことを確認した。


 だが、唯一、その刃だけは死んでいなかったのだ。


 首狩りの王ヴォーパルロードが持つEXスキル〈執念の首狩りヴォーパル・ソウル〉。

 相手に一撃を与えるまで、どこに逃げようが、どれだけの時間が掛かろうが、攻撃することをやめない刃を召喚するスキル。



 そこに使用者の生死など、関係なかった。





「ミナト!」


 勝利の美酒も束の間、敵のいなくなったこの部屋で、絶望感が瞬く間に広がった。


〈レベルが29に上がりました〉


 遠くで声が聞こえる。


 やっぱりロードは死んでたんだな。

 ただ、俺も死んだんじゃ意味ないか。


 致命傷だ。

 『失血』によるスリップダメージで、俺は死ぬ。

 治癒の魔法では治すことができないバッドステータス。


 死の代償デス・ペナルティはたしか、5レベルダウンに、それから……



森林の力フォレストパワー大治癒グランドヒール



「……へ?」


 気力と体力がみなぎってくる。


「ミナト、大丈夫?」


 目を開ければ、バッタの顔が視界を埋め尽くしていた。蝗害アバロンの影響じゃない。レナの顔が近くにあったのだ。


「大丈夫……みたい」


「今の魔法……大治癒グランドヒールって……」


「なにか、知ってるのか?」


 ポポが今まで使っていた回復魔法は、治癒ヒールであって、大治癒グランドヒールではなかった。


「えぇ。確か高位の神官が使う回復魔法にあったはずよ。治癒ヒール以上の回復量、そして失血や猛毒などの状態異常も治してくれる超万能な魔法だったはず……」


「それをポポが使えた……と」


 末恐ろしい子だ。ポポ。だがおかげで命拾い。


「ふぅ。とりあえず今日はここら辺でログアウトしない? 奥に安全地帯セーフティゾーンがあるはずだから」


「だな。……今日はさすがに疲れた」


 5時間歩いた後の死闘。


 精神的にも肉体的にも疲労困憊、満身創痍。


 奥に進むと、確かに安全地帯があったので、そこで俺とレナはログアウトした。





 俺がログインしたとき、既にレナはいた。

 ただ、レナはなぜか戸惑ったような表情だった。慌てているようにすら見える


「もういたのか、レナ」


「ミナト……この迷宮、おかしいわ」


「何を今さら。第1階層だけで5時間以上も歩かせる迷宮がまともなはずないだろ」


 軽い口調で言ってみるが、レナの様子は変わらない。

 やはり何かあるんだろう。


「そうね……あぁいや、そうじゃなくて、ないのよ。階段が」


「階段?」


「えぇ。階段。第2階層に続く階段が、ないのよ。上にも下にも、繋がってないのよ」


「……つまり?」


 大体は察しがついたが、一応聞く。


「この迷宮、1層しか、ない」


踏破クリアした……ってこと?」


「そう、だと思う。聞いたこともない話だけど……今思えば、たしかにあの首狩りの王ヴォーパルロードは、いくら難易度Bの迷宮とはいえ強すぎたわ」


「で、クリアしたら何かあるのか?」


 正直ここが1番気になる俺。


「うーん、報酬が豪華になるわね。他の階層をクリアしたときとは比べ物にならないレベルよ。でもまあ、それくらい。名誉は手に入るけど、私たち魔物だしねぇ」


「たしかに。……お宝はまだ見てないんだろ? 早く見よう」


「そうね。そうしましょ」


 俺たちが今いる安全地帯のさらに奥の部屋に宝箱はあるはずだ。


 俺たちはその部屋に、初めて足を踏み入れる。


「随分生活感のある部屋だな」


 てっきり奥に宝箱が鎮座しているだけかと思ったが、そうではないようだった。

 机に椅子、ベッドまである。こんなところに誰か住んでる——いや、住んでいたのか?


「こういうもんなのか? 迷宮の最奥ってのは」


「そ、そんなわけないわ……それに、あれ……」


 レナが震える指で指したのはベッドだった。


 そこには、ボロボロの布団を被って横たわっている骸骨があった。

 一見しただけでは気が付かなかった。


「この部屋の主……ってことか」


「そうね。まあ、とりあえずは宝箱を開けましょうか」


「賛成」


 俺たちは宝箱を開ける。


「巻物?」


 中には、巻物があった。


「スキルスクロールね。これは」


 レナが言う。


「スキルスクロール……聞いたことあるような、ないような」


「これを開いて翳すだけでスキルが手に入るという超優れものね。使ったら消えちゃうんだけど、人間の街でも超高価で取引されてるわ」


「へぇ、そりゃすごい」


 2人で説明を読んでみる。

 レナが驚いて目を丸くした。


 書かれた文字は〈執念の首狩りヴォーパル・ソウル〉。

 あれ、スキルだったのか。


「いいい、EXスキルのスクロールなんて、超超超レアものよ! すごいわ!」


 あのとんでもなく厄介なスキルが使えるようになるとは夢のよう。

 ただ、問題がひとつ。


「1つしかない……」

 

 レナの説明にもあった通り、スキルスクロールは使用したら消える。

 2人のプレイヤー、1つのスクロール。


 俺もレナも、難しい顔をする。


「……譲るわ。譲る。ミナトが倒したんだもの」


 レナは意外と優しい。しかし、


「そういうわけにはいかない。レナが立案した作戦と、レナの蝗害アバロンで勝ったようなもんだ」


「そ。私にはもう蝗害アバロンがあるから。知ってる? 固有ユニークスキルはEXスキルよりも価値が高いのよ」


「それを言うなら俺にも〈急所鑑定〉がある」


 『でも』、『いや』、『だから』、


 譲り合いの応酬はしばらく続いた。


 それを終わらせたのは、意外にもロイだった。


「で、でしたら、ジャンケンなんて、その、どうでしょうか」


 ジャンケン……ムカデの手じゃ無理だと思うんだけど。

 いや、出来るのか? 

 丸めたらグー、そのままならパー、チョキは……両手で表現だ!

 

 その旨をレナにも伝える。


「……良いわね。そうしましょう」


 さっきまでは譲り合ってたはずが、途端に勝ちたくなってくる。


「なんだか燃えてきたわね」


「あぁ、〈執念の首狩りヴォーパル・ソウル〉は俺の物だ!」


 どんな小さな勝負でも、やはり負けたくはない。


「じゃ、いくぞ!」



「「じゃーんけーん」」



「「ぽん!」」


 


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