第30話 首狩りの王①

 正気か? と聞きたくなる。

 5時間歩いた。その間、戦闘は数十回にものぼった。


 首狩り馬ヴォーパル・ホース首狩り山羊ヴォーパル・ゴート首狩り灰狼ヴォーパル・ウルフ首狩り豚鬼ヴォーパル・オークなどなど。前半のゴブリンばかりだった頃とは打って変わって、さまざまな魔物が出た。

 だが、ここ最近はその傾向も無くなっていた。


首狩り兎ヴォーパル・バニーしか出なくなったな」


「えぇ」


 首狩りヴォーパル種の代表的存在、首狩り兎ヴォーパル・バニー

 俺たちは何かの終わりを、あるいは始まりを、それによって悟っていた。

 第1階層のボス部屋はもうすぐだと、己の勘が訴えた。


 首狩り兎は、現実の兎より少し大きいくらいで、大した違いはない。角もなければ、手が刃物になっているというわけでもない。一見すればただの愛らしい兎。それが首狩り兎ヴォーパル・バニー

 ではどこを武器にして戦っているのかというと、それは歯である。

 異常に発達した前歯で、首を掻っ切ろうと突っ込んでくるのだ。

 弱点は首だ。とはいえ、そこを狙い撃つのはあまり得策とは言えない。耐久値に長けた魔物ではないので、普通に胴体を斬りつけることで倒してきている。

 首狩り馬ヴォーパル・ホース首狩り豚鬼ヴォーパル・オークと比べてどうかと聞かれれば、攻撃方法や耐久値に違いはあれど、総合的な難易度はあまり変わらないように思えた。


 それにしても兎が多い。何分に1回出会うという単位ではなく、視界に常にいる。

 倒しながら進んでいる、と言えばいいかもしれない。


 おかげでレベルはなんと27。レナも同じで27。ロイは22になり、ポポは3レベル。

 スキルのレベルも結構上がった。



 迷路のように入り組み、そして長かった第1層の終わりは、唐突に訪れる。


「扉か……?」


 巨大な扉が視界に入る。

 言うまでもない。これが、ボス部屋。


「第1階層がこんなに長い迷宮は聞いたことがないわ。多分、それほど多くの階層はないはず。となると……」

 

 レナが言わんとしていることを理解した。


「ボスも強い、ってことか」


「そ」


 短く返すレナ。緊張感が走る。


「一応聞いとくけど、引き返すって選択肢はある?」


 ポポ以外の3人は疲労困憊だ。

 5時間以上歩いた上に、数えきれない数の戦闘。

 常に緊張感を保つというのは、想像より難しい。


「あるわけないでしょ。来た道を戻るなんて、正気の沙汰じゃないわ。……勝って入り口に転移するか、負けてリスポーンするか」


 ボスに勝つと、入り口に転移することが出来るらしい。俺たちの希望は、もはやそれだけだ。


「……行くか」


 小さな声は、この迷宮に驚くほど響いた。

 扉に手をかける。

 扉はひとりでに開く。ゆっくりと、俺たちを歓迎するように。


 広い部屋だ。ここが戦闘のフィールド。


 俺、レナ、ロイ、ポポ。全員が入ると、扉はゆっくりと閉まる。


 まだ、ボスにあたる魔物は姿を見せていない。



 それは、轟音と共にやってきた。


 地面が揺れる。


 それは、大地から這い上がるように、姿を現した。


「兎……!」


 巨大な兎だった。


 推定10メートル。


首狩りの王ヴォーパルロード


 首狩りの迷宮第1階層のボスは、首狩りの王ヴォーパルロード

 巨大な首狩り兎ヴォーパル・バニーだった。


針千本サウザントニードル


 魔法を発動させたのはレナではない。無論、ロイでもポポでもない。


 1メートルはあろうかという無数の針が、俺に向かって一斉に飛んでくる。


〈回避〉


 咄嗟の反応でなんとか凌ぐ。針が降り注いだ地面は窪んでいた。


「魔法も使うのかよ!」


 とはいえ、やるしかない。この5時間を無駄にすることは許されない。


〈疾走〉


 スキルを発動させ、ロードに迫る。当然、ムカデフォルムだ。


「〈火の槍ファイア・ランス〉」


 レナが攻撃魔法を発動させる。

 炎で出来た矢はロードに直撃するが、ロードは意に介さない。

 迫り来る俺を前足で踏み潰そうとする。

 

 〈回避〉は使えない。先程使ったばかりで再発動に必要な時間リキャストタイムが過ぎていない。


 必死に身体を捩って交わす。

 これが可能なのはひとえに、百刀流ハンドレッツ踊る戦士ソード・ダンサーを取得しているからだろう。


 一気にロードが俺の剣の間合い。


 俺がこの迷宮で数々の魔物と戦って得た知見。


「デカい敵は、足を斬り落とすべし!」


 足を斬り落として動けなくなったところにトドメを刺す。これがこの迷宮での必勝パターン。


〈斬撃〉


 後ろ足に斬りかかる。が、


「ぐふっ!」


 不発に終わる。


 ロードの単純な蹴りは、俺にまともにヒットした。


 数十メートルも吹き飛ばされる。


 なんとHPの2/3を削られる。

 いくら紙耐久とはいえ、これは相当な攻撃力だ。


森林の力フォレストパワー治癒ヒール


 ポポが回復をかけてくれる。


 とはいえ、全回復とはいかない。これも迷宮を進むうちにわかったのだが、ポポの魔法による回復量は、俺の最大HPの半分くらいだった。

 

〈鑑定〉


 レナがスキルを発動させる。

 目的は、恐らく相手のHPを見ること。


「私の魔法でダメージが入ってる! 私は攻撃魔法に集中するから、ミナトはヘイトをもらいながら相手を惑わして!」


「了解!」


 これこそ踊る戦士ソード・ダンサーの本領の見せどころかもしれない。


「ロイくんも攻撃魔法をお願い。ポポは私とミナトを支援して!」


「はい!」


「ホー」


 ということらしいので、俺は俺の仕事をしよう。


 再び走って間合いを詰めに行く。スキルは使わない。


魔法力上昇マジック・ブースト


 ポポがレナに支援魔法をかける。


「〈幻肢痛ファントムペイン〉」


 それに合わせるように、レナが魔法を発動させる。

 たしか、存在しないはずの『痛み』を相手に与える魔法だったはずだ。どちらかと言うと精神に苦痛を与える幻術。HPは削れないのだが。


 ロードに若干の隙が見える。痛みを感じ取ったのだろう。

 が、俺はダメージを与えに行くことはしない。俺の役割はあくまでも遊撃であり側方から支援すること。

 ロードが隙を見せたその瞬間に、俺は直角に方向転換し、ロードの視界から消える。


 ロードはレナたちに背を向ける。


「〈火の球ファイア・ボール〉」


 これはロイの魔法。ロイが使える数少ない攻撃魔法のひとつ。


「〈火の槍ファイア・ランス〉」


 レナも続く。


 ロードの弱点は普通の首狩り兎ヴォーパル・バニーと同じで首だ。


 無防備になった首を、ロイとレナは狙い撃つ。


「ピギッ!」


 小さく苦痛の声を上げるロード。

 特にレナの火の槍ファイア・ランスは、頚椎のあたりにヒットした。


 俺はロードの右前足を斬りつける。スキルは発動していないので、それほど強力なものではない。

 そうしてロードの神経を右に向けさせたところで、俺はすぐさま左に回る。


「〈水の槍ウォーター・ランス〉」


 レナも立て続けに攻撃魔法を発動させる。

 火の槍ファイア・ランスに、威力こそ劣るがロードの集中を向けるにはちょうど良かった。


 ロードは、目に見えて苛立っている様子だった。



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