第27話 首狩りの迷宮

 迷宮は、確かに洞窟とは全く違った。道のように整備された地面。照明すらついている。

 これが人工物でないと言うのだから驚きだ。


首狩りヴォーパルの迷宮……だったよな。なら、首狩りヴォーパル種がいっぱい出てくるってことか?」


「多分そうだと思うわ。まずはこの迷宮が何階層程度あるのか知りたいわね」


「それを知ってどうするんだ?」


「迷宮は、階層が多ければ多いほど、1階層の敵は弱いのよ。この理屈はわかる? 全部で40階層ある迷宮の第1階層と、全部で3階層しかない迷宮の第1階層とでは敵の強さが全然違うの」


「あぁ。なんとなく理解した」


「だから敵の強さで何階層くらいあるのか知れるものなら知りたいけど……っと」


 レナの視線の先にいたのは、ゴブリンのような魔物だった。


「こいつは……首狩り小悪鬼ヴォーパル・ゴブリンねぇ」


 頭上に表示された種族名を読み上げる。

 基本的には普通の小悪鬼ゴブリンと同じだが、手があるべきところが包丁のよう変形している。


「こんな首狩り種もいたとはね」


 レナが何やら関心しているが、そんな場合ではなさそうだ。


 1体だと思っていた小悪鬼は、どうやら3体のトリオだったらしい。後ろから出てきやがった。


「グギャギャギャ」


 何やら笑っている。多分舐められてるな、これ。


「ロイ」


「は、はい! 〈二重魔法付与ツイン・エンチャントファイア〉」


 もはやロイの十八番となりつつある魔法をかけてもらう。


「〈歪む世界ワールド・ディストート〉」


 レナも何やら魔法を使う。ただ、俺の身体に変化はない。攻撃魔法でもなさそうなので、多分相手にデバフを与える類のものだろう。


〈疾走〉


 俺もスキルを発動させ、一気に間合いを詰める。


「ぐぎぁ!」


 ゴブリンが刃物に変形した手を振り回す。あまりにも雑な動き。本当に首を狙っているとは思えない。


〈斬撃〉


 再びスキルを発動し、ゴブリンを斬る。


 即死はしなかった。しかし、火属性による継続ダメージを受けて悶え苦しんでいる。

 攻撃してくる気配はないので、こいつは一旦放置。


〈斬撃〉


 2体目を攻撃。今度も即死はしなかった。


「〈火の球ファイア・ボール〉」


 魔法を発動させたのはレナだ。


 俺が〈斬撃〉を与えた2体は死に、もう1体も瀕死に見える。


 スキルを発動させることもなく、俺は残った1体を斬り捨てた。


「ん……?」


 しかし、だ。


「ポリゴンにならない……?」


 そう。死体が残っているのだ。

 いつもならポリゴンになって消えていたはずなのだが。


「これも迷宮の特徴よ。まあ、見てたらわかるわ」


 ゴブリンの死体を見つめる。


「あれは……」


 ゴブリンの死体は、地面に吸い込まれるようにして消えていったのだ。


「迷宮は生きている……そう言われているわ」


「生きている……?」


「そう。その根拠が死体が吸い込まれていくことなのよ。独自に生態系を確立させ、宝箱を配置することで人間を誘き寄せる。で、死んだ個体を食べてるんじゃないかってね」


「なるほど……にしても、随分詳しいんだな」


「当然。いくつもの攻略サイトと解説動画を網羅してるんだから」


 ドヤ顔で胸を張るレナ。


「で、どうだった? さっきのゴブリンの強さは。何階層くらいあると思う?」


「さあ。私も迷宮って初めてだから……正直見当がつかなかったわ」


「むぅ。そうか。それは仕方ないな」


 何階層あるのかは最後のボスラスボスを倒すまでわからないらしい。難儀なものだな。迷宮も。


「それともうひとつ。あの〈歪む世界ワールド・ディストート〉って魔法はどんな効果があったんだ? 強そうな名前だけど」


「大したことないわ。幻術師イリュージョナリストだったら大抵使える魔法よ。世界ワールドなんて大層な単語があるけど、実際は相手の視界を歪ませるだけ」


 ゴブリン達がやけにふらふらと雑な剣技だったのはそのせいか。


「シンプルな魔法だけど、結構有用じゃないか?」


「まあね。そうじゃなかったらあの場面で使ったりしないわ」


「それもそうか」


 俺たちは再び歩を進める。


 道路のように入り組んだ迷宮を、俺たちは右手の法則に従って進むことにした。


「まーたゴブリンか」


 5分と間を空けず、再び首狩り小悪鬼ヴォーパル・ゴブリンが現れた。


「じゃ、さっきの手筈でいこう」





 体感にして、1時間。休むことなく、それなりの速さで歩いているのだが、一向に第1階層のボス部屋とやらが現れる気配がない。

 首狩り小悪鬼ヴォーパル・ゴブリンとは何度も何度も戦った。多分、10戦くらいはした。

 レベルも22にまで上がった。


 ただ、いくらなんでも変化がなさすぎるのではないだろうか。

 地形はもちろんのこと、出てくる魔物も変わらない。ゴブリン以外は1匹たりとも出現していないのだ。おまけに宝箱もドロップしない。どうなっているんだ、この迷宮は。

 ——と、思っていたそのとき。


「あれはなんだ?」


 壁がくり抜かれ、小さな部屋のようになっている。


「ふぅ。ようやくね」


 レナはそんなことを言う。どうやらこの部屋に覚えがあるらしい。


「知ってるのか?」


「えぇ。ここは安全地帯セーフティゾーンよ。迷宮内でログアウトするならここ一択ね」


 なるほどな。どこもかしこも魔物でいっぱいの迷宮で迂闊にログアウトはできないからな。


「じゃあ、今日はひとまずここまでにするか?」


「そうしましょ。この様子だと、次いつ安全地帯があるかわからないわ」


 俺たちは小さな部屋に足を踏み入れる。


「じゃあ俺たちは一旦いなくなるけど……大丈夫か、ロイ」


「全然大丈夫です。お気になさらず」


「とりあえずエサは出しとくよ。どれくらいいれば良い?」


「3匹もいれば、2日は余裕です」


「そうか」


 それを聞いて、俺はアイテムボックスから5匹のゴキブリを出し、殺す。


 レナは相変わらず顔を歪ませている。


「それと、ロイにひとつお願いがあってな」


「なんでしょう」


 俺は再びアイテムボックスを開く。取り出したのは、純白の卵。

 これはゴキブリの洞窟をクリアした際に入手した、何かの卵だ。


「わあ。綺麗な卵ですね」


「魔物の卵!? あなたどこでそんなもの……」


「まあ前にクリアした洞窟でちょっとな」


「魔物の卵って、すごくレアなのよ?」


「そうだったんだな」


 レナがまた呆れた様子で頭を抱える。それを無視して、俺はロイの方を向く。


「この卵、どうやら時間経過で産まれるみたいなんだ。アイテムボックスの中は時間が経過しないからな。別に温める必要はないみたいだから、横に置いておいてくれ」


「な、なるほど……わかりました」


「じゃあ、俺たちはまた戻ってくるから、ロイは鍛治なんかをして待っててくれ」


「はい! わかりました」


「じゃあね、ロイくん」


 俺とレナは、同時にログアウトした。

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