第26話 迷宮

「登頂!」


 かなりの時間がかかったが、何とか俺たちは山岳の山頂までやってきた。

 途中まで山羊が作った獣道を通っていたということもあって、山羊とは何度も交戦した。

 その度に俺は逃げ回り、レナは木に登り、それぞれ対応した。

 俺は逃げ回っているだけで全くダメージを与えていなかったのだが、どうやら経験値は加算されていたらしい。逃げ回ることでレナのアシストをしていた、という判定なのだろうか。

 まあそれも微々たるもので、レナが得た経験値には遠く及ばないのだが。


「お、あれが2つ目の街じゃないか?」

 

 俺たちが向かうべき北の方を見ると、遠くに街が見えた。

 ユーライが言う『2つ目の街』はあれだろう。

 街とはいうが、かなり小さく見える。村といっても良いくらいに。


「多分そうでしょうね。もしかすると近くにエリアボスもいるかも」


「もし見つけたら戦うのか? 無視もできるけど」


「……戦った方がいいと思うわ。やっぱりあの経験値はバカにならない」


「死んで大岩まで戻されたら、洒落になんないけどな」


「そうなったらまたその時考えたらいいのよ」


「……それもそうか」


 随分楽観的なことを言うレナだが、俺も同意だ。

 ソロプレイならいざ知らず、レナとロイがいるならそこまでショックは受けないはずだ。


「とりあえず、この山はあとは降りるだけね」


「油断しちゃいけない。山岳遭難は、下山の時の方が多いらしいぞ」


 レナは俺の雑学を『へぇ』と興味なさげにあしらう。


「早く行きましょ」


「あ、あぁ」


 俺たちは立ったままで歩き始める。

 

 そうして下山を開始してから10分ほど経っただろうか。


「ミナト。あれ……」


「ん?」


 レナの視線を辿る。


「あれは……洞穴? いや、洞窟か?」


 ゴキブリが大量にいたあの洞窟と少し似ており、ぽっかりと穴が空いている

 ただ違うのは、ゴキブリの洞窟が自然に出来たような丸い入口であるのに対し、この洞窟(?)は人の力で出来たかのように思わせる見事な四角い入口であることだ。

 その違和感の正体は、レナによってすぐに明かされる。


「あれは、多分迷宮よ」


「迷宮?」


「えぇ。迷宮。洞窟とは違う、言うならばダンジョンね」


「具体的に何が違うんだ? 洞窟には行ったことがあるけど」


 俺はあの洞窟での地獄のような光景を思い出す。


「……そうね。やっぱり宝箱の存在は大きいんじゃないかしら」


「ほう、宝箱」


 胸が躍る単語だ。


「敵を倒した時にドロップしたり、道に落ちていたりするわ。入っている物はピンからキリまであるけど、強力なアイテムが手に入ることもある」


「なるほど……それはなかなか良いところじゃないか」


 洞窟でもボスを倒したときには宝箱があったが、迷宮ではそれ以外の場合でも宝箱が入手できるというわけか。


「……ボス部屋があったり、各迷宮ごとに独自の生態系を確立してたりもするわ。でもまあ迷宮に行く目的といえば、大抵が宝箱ね」


「入るか?」


「当然」


 レナはニヤリと笑いながら返す。


「でもおかしいわね。迷宮の入り口にはその迷宮の名前と難易度が示されてるはずなんだけど」


 レナはキョロキョロと辺りを見回す。


「それ、もしかしてこれじゃないか?」


 俺には心当たりがあった。

 俺の足元にある石碑のようなもの。


 随分土がついていてその文字は読めない。


「それかも」


 俺はしゃがんで土を払う。


「……首狩りヴォーパルの迷宮」


 書かれていた文字を読み上げる。


「聞いたことないわね……横に難易度もあるはずなんだけど……」


 全体を払えば、確かにそれらしき文字も出てきた。


「難易度B……って書いてある」


「B……!」


 レナが驚いたような表情を作る。


「強いのか? Bって」


「そりゃ強いわよ。現時点で見つかっている最高ランクの迷宮がBよ。踏破クリアしたプレイヤーはまだいないわ。唯一見つかったB級の迷宮は40階層以上あるとも言われてる」


「それを踏まえた上で……行くか?」


 俺の問いに、レナは少しも考えるそぶりを見せなかった。そして、


「当然」


 再び同じ答えを返した。





「ダロット様、奴らは本当に山岳に……?」


 百足人センチピートマン討伐隊は現在、オールオルル山岳の麓にいた。出発してそれほど時間は経っていない。


「大将からはそう聞いている」


 1人の隊員の問いに対するダロットの答えは、短く簡潔なものだった。


 オールオルル山岳。

 ストゥートゥの国民であっても、ここに近づくことはまずない。

 その最も大きな理由は危険度にある。

 ここは首狩り山羊ヴォーパル・ゴートという強力な魔物の棲家であり、入ったら最後、遭遇は避けられない。

 一度や二度ならいざ知らず、倒しても倒してもまた数分歩けば山羊がやってくる。そんな環境の山を好き好んで歩くものなどいない。

 北に用があるならば、西から迂回するルートが良い。そもそも、北に用のある者など滅多にいないが。


「早速お出ましだぞ」


 最前線の誰かが言った。

 首狩り山羊ヴォーパル・ゴートを見つけたようだった。


 当然、接敵したときのシミュレーションは行ってきている。首狩り山羊ヴォーパル・ゴートは確かに強いが、20人以上もいて苦戦する相手ではない。


 1人が囮になっている間に魔法師部隊が攻撃魔法を放つ。そんな単純な作戦。

 

 囮に選ばれたのは、ダロットだった。否、自分から志願したので、選んだ、と言うべきかもしれない。

 ダロットは後方で指示を出し、決して百足人センチピートマンと直接戦闘するようなことのないように、と指示を受けている。

 しかし、首狩り山羊ヴォーパル・ゴートのときは別だとダロットは解釈していた。


「さあ、来いよ」


 手で招く仕草をする。

 山羊は恐るべき速さで突進してくる。


 ダロットの手には大きな盾。身体は鎧に包まれている。


 山羊の刃物の如き角がダロットの首に飛んでくる。


「ふんっ!」


 それを、ダロットは盾で防いだ。

 ダロットの口角が上がる。


 山羊に次々と攻撃魔法が降り注ぐ。

 大勢は決した。


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