第25話 首狩り山羊

「メェエエエエ!」


 山羊の雄叫びが山に響く。


 首狩り山羊ヴォーパル・ゴートは頭を下げるようにして角をこちらに向けると、勢いよく突進してきた。


 EXスキル:急所鑑定が示す山羊の急所は……


「角と角の間!?」


 それは無理があるだろう。いくら何でも相手の武器と武器の間を貫くのは無理難題だ。


 俺はひとまず〈回避〉を発動させて横にずれる。いつかのネズミとの戦いを思い出すが、その時とは相手の強度も脅威もまるで違う。

 一発でもまともに喰らえば死ぬ。その恐怖は、勇敢な行動をさせにくくしている。


「ミナト、ちょっとまずいかもしれない」


 後ろでレナが言う。


「もう一匹来ちゃったみたい——私はこっちをやるから、ミナトはそっちをお願い。ロイくんはミナトを援護して」


「わ、わかりました」


「メェエエエエ!」


 俺にかわされてからもしばらく直進を続けた山羊は、ようやくブレーキをかけると、再び俺の方に向かって角を向ける。そして突進する。


 結局こいつもネズミと一緒。ワンパターンな攻撃しかしてこない。


 俺は〈回避〉を発動させるまでもなく、その突進を避ける——が。


「なにっ!?」


 山羊は俺の行動を予測していたかのように、直角に曲がって俺に飛び込んでくる。

 俺は咄嗟にスキルを発動させる。


〈回避〉


——間一髪。


 何とか間に合った。仮に最初の突進を避けるのに〈回避〉を使っていたら、今の攻撃は避けられなかっただろう。


「これまでとは一味違うか。ただ……」


 俺はムカデフォルムになって山羊に突進する。

 すると必然的に、山羊は地面に生えた草を食べるのと同じ要領で頭を限界まで下げる。頭に生えた角が俺に直撃するように。


 想定通りだ。

 いくら草食動物の視野が広いとは言っても、地面と目がほとんど同じ高さにあっては、前もろくに見えない。


「ロイ!」


「はい! 〈二重魔法付与ツイン・エンチャントファイア〉」


 俺が促すと、既に準備していたロイがすぐに魔法を発動させる。


 愚直に突進する山羊は、俺が立ち上がっていることに気がつかない。

 俺は右手に持つ剣を、突進してくる山羊の角と角の間めがけて突き立てる。


 山羊は自分が死への道を辿っていることに気がつかない。

 

 俺がただ突き立てただけの剣に、山羊は自分の急所を差し出した。


「メェェェ」


 苦悶の断末魔とともに、山羊はポリゴンとなって消えた。


「ナイスファイト」


 後ろから声がかかる。レナの声だ。


「そっちはもう終わったのか——あれ?」


 振り返ったが、そこにいるのはロイだけ。レナと山羊はいない。


「こっちこっち」


 声の方を見れば、レナは木の上にいた。


「なにしてんだ、レナ」


「何って失礼ね。首狩り山羊ヴォーパル・ゴートを狩ってたのよ」


「木の上から?」


「そうよ。〈跳躍〉を使って木の上に登って、下にいる山羊に向かって〈火の矢ファイア・アロー〉を撃ってたのよ」


「……もしかして、そっちは余裕だった?」


 恐る恐る聞いてみる。


「まあそうね。見ての通り、ノーダメージだし」


 それを言えば俺もノーダメージではある。死にかけだったけどね。


「次出たらレナがお願いね」


 ムカデなりのジト目で訴える。


「わかってるわよ。でも、ミナトは木に登れないでしょ? ロイくんと一緒に逃げ回ってよね」


 俺がロイを乗せて逃げ回ってる間に木の上からレナが魔法を放つ、というところか。

 俺のスピードをもってすれば、あんな山羊から逃げ回ることなど容易い。たとえ背中にロイがいたとしてもだ。それに、さっきの様子だとあの山羊は蛇行が苦手そうだった。カサカサと蛇行するのはムカデの専売特許と言ってもいい。ゴキブリにも負けていないだろう。……でもそうするとレナが狙いを定めにくくなったりするのか?


「……おう」


 そんなことを考えていたから、俺は適当な返事しか返せなかった。





「随分なメンバーを揃えたのだな。兵士大将」

 

 兵士たちの長たる兵士大将が百足人センチピートマン討伐に集めたのは、ストゥートゥが誇る精鋭たちだった。


 兵士副大将を含む28人。

 いくら強敵との戦いに赴くといっても、いくらか過剰な戦力に思えた。


「はい。百足人センチピートマンが出現したという話は国民にも伝わってありますから、国民は大きな不安を抱えていることでしょう」


 兵士大将の話に、国王——デイルは目を細めた。

 兵士大将はなおも続ける。


「そこで、この討伐隊に精鋭を揃えることによって、百足人は確実に討ち滅ぼすという宣伝をするのです」


「100点だな」


「恐れ入ります」


 デイルは兵士大将を大いに信頼していた。頭の悪い人間が嫌いなデイルにとって、この国で1、2を争う剣の腕がありながらも切れた頭脳を持つ兵士大将——名をクルディアスという——は非常に好ましかった。


「それで、この戦い、犠牲者はどの程度を計算している?」


 今回編成された討伐隊で、医療班メディカルチームを除けば最も弱い者でも、他国の冒険者で言う金級ゴールドクラスの強さだ。

 それを何人も失っては、国としても損失は無視できない。

 ちなみにストゥートゥには、冒険者というシステムはない。魔物の討伐は兵士からなる軍が請け負っている。


「3〜5人の犠牲は、致し方ないかと」


「……5人程度であれば問題はないが、ダロットなどに死なれては、俺としても困ってしまう」


 ダロットとは、3人いる兵士副大将の1人だ。ストゥートゥでいちばんの防御力を誇り、ダロットが直轄する兵士団『守護団』は、有事の際には最前線に立って戦線を維持する役割がある。 


「それは当然です。ダロットを討伐隊に編成したのは、表向きの宣伝の意味合いが強いです。基本的には、後ろで指示を出す役割をさせるつもりです」


「なるほど。それならば納得だな」


 なるほど、などと言っているが、デイルがしたのは単なる確認であると、クルディアスは知っていた。

 或いは、ダロットを前線に出すなよ、という念押しだったかもしれない。


「出立は明朝を予定しています。問題ありませんか?」


 デイルは少し考え込む仕草を見せる。


「出来れば早く出したいが……確かにもう夜だ。暗いうちから出て騒ぎを起こす必要もないか」


「ご理解、感謝します」


 



 明朝。

 南大門と東大門を繋ぐ、ストゥートゥで最も栄えた通りは、メインロードと呼ばれていた。

 そのメインロードの中央を堂々と行進するのは、兵士大将によって選抜された28人の百足人センチピートマン討伐隊であった。

 日が出て間もないにも関わらず、脇では多くの人々が拍手で送り出している。

 20分ほどの行進(南大門から出発したわけではない)を終え、東大門に辿り着く。


 待っていたのはクルディアスだ。


 全員が敬礼のポーズをとる。

 クルディアスにここで長々と挨拶をする気はなかった。行進をしている時間すら、本来は惜しいくらだ。

 だから、一言だけ。


「幸運を祈る!」


 東大門がゆっくりと開く。


 万雷の拍手が28人に降り注いだ。



 

 

 ここで出発した討伐隊28名。

 

 誰ひとりとして、この国に帰ってくることはなかった。







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