第23話 脱出、そして

 ロイのことに関して、俺にはひとつの懸念点があった。

 それは、俺とレナがログアウトしている間のことだ。


「ロイ。俺とレナは旅の途中でいなくなることが多いと思うんだが……」


 俺がそれを口にすると、レナも同じように『それが問題よね』と呟いた。


「そ、そんなことはお気になさらず! 僕たち百足センチピートはどこでも暮らせるように出来ていますから」


「……そうか」


 とはいえ少し可哀想な気がしてしまう。


「それに、その時間は鍛治に充てます! 武器を作っている時間が、僕はいちばん好きですから」


 これはどうやら本心のようだった。


「よし、わかった。だが、せめて食料ぐらいは用意しておくよ」


 俺は黙って歩き続けるレナを見つめる。


「……へ、なに?」


「ちょっと寄りたい場所があるんだが……いいか?」


 俺がそう言うと、レナは短く『えぇ』と答えた。





 えー、やってまいりました。あの洞窟です。


 あの時綺麗さっぱり消えたはずのゴキブリたちは、ロイが言っていた通り、復活していた。


「……ねぇ、これ、まじ?」


 レナが顔を歪ませる。


「このゴキブリどもは、ムカデたちの主食だそうだ」


 俺、ゴキブリ耐性がつきすぎたかもしれない。


 ゴキブリをなんの抵抗もなく掴める。そして掴んだゴキブリを、アイテムボックスに入れる。

 アイテムボックスの中は時間が止まっているらしい。なので中で暴れることはないし、死ぬこともない。

 ログアウトするときにアイテムボックスから出して、その都度殺してロイのご飯にすれば良い。


「ロイも手伝ってくれ」


「わかりました」


 俺とロイは次々にゴキブリをアイテムボックスに運んでいく。


 レナはそんな俺を見て、本気ガチで引いている。『こいつ、まじか』と目で言っている。


「これで1000匹くらいになったか?」


「はい。これだけあれば当分は困りません」


「しかしアイテムボックスってのは便利だな。永久に保存が効く」


「それは凄いですね。村にあったらとんでもなく重宝されるでしょうね」


「だろうな。1回で取りまくれば、しばらくは寝てても食料には困らない」


 平然と会話する俺たちを見て、レナは頭を抱えて、


「……ミナト。あなたはもう立派なよ」


 などと意図のわからない発言をした。


「ありがとう……?」


 俺は曖昧な答えを返した。





「カルティエ大森林、脱出!」


 ついに、ついに俺たちはあの鬱蒼とした森から脱出することに成功した。


 森を出ると、確かに目と鼻の先に街があった。

 城壁に囲まれ、巨大な門が見える。


「あれが10番目の街『ストゥートゥ』。いや、国と言うべきでしょうね」


 レナとの会話の記憶を辿ると、確かにそんなことを言っていた。


「城塞国……だっけ?」


「そう。1から9番目までの街は全部シュベイル王国領だったんだけど、ここからは違うみたい。まあ、私たちには関係ないんだけどね」


 シュベイル王国なんていう単語がそもそも初耳だが、それは言わない。


「この街からは北に向えって話だったな」


 地図によれば、この街の北にはちょっとした山岳があるようだ。それを越えてしばらく進むと、2つ目の街があるらしい。


「そうね。行きましょ」


 俺はレナに地図を渡す。多分、その方がいい。レナは結構、しっかり者だ。


 俺たちは小高い山岳に向けて歩き出す。





 城塞国家ストゥートゥ。

 その領地は、非常に狭い。大きな城壁によってぐるっと一周囲まれた範囲のみがストゥートゥの領地である。点在する都市もなければ、辺境と呼ばれる場所すらストゥートゥは持たない。

 周辺国家とは同盟も組まなければ敵対もしない。完全な中立国家として存在している。

 それを可能とする要因は様々あるが、中でも地形の利は大きい。北には山羊の魔物が闊歩するオールオルル山岳。東には広大で人を迷わせるカルティエ大森林。西と南も山に囲まれており、他国が攻め込むにはあまりにも不向きな土地であった。

 

 また、ストゥートゥは他国と同じように徴兵制度を採用しているが、他国のそれとは強度が違った。

 男は12歳、女は18歳から訓練が強制され、一定の才が認められた者は兵士となる。兵士とならなかった者も当然有事の際には徴兵される。

 12歳という幼い頃から徴兵させること、女性であっても徴兵が強制されること。この2点が他国との違いで、ストゥートゥの兵士は強いという共通認識が、周辺国にはあった。


 ストゥートゥの玄関口といえば南にある南大門だが、その南大門の次に出入りが多いのは東にある東大門だ。といっても、それほど多いわけではない。せいぜい貿易に来た商人か、この辺りの依頼を受けた冒険者くらいのものだ。

 それでも警備は怠らない。門番とは別に、砦の上に兵士も四六時中配置されることになっている。





「暇だねぇ。今日も」


 東大門にある大きな砦。そこには2人の兵士が詰めていた。

 1人だけでないのは、危険因子を発見したときにそこから目を離さないためだ。1人はそれを見張り、1人はそれを上司に伝えるという手筈になっている。


「まあそんな大層なことはそうそう起こりゃしねえって」


 最近であったことといえば、猛毒大蛇ジャイアント・ポイズン・スネークがカルティエ大森林から出て来たということくらいだ。ただそれも、猛毒大蛇がすぐに森林に引っ込んだことで終結した。

 対象が人であっても同じことだが、ストゥートゥの方針として、売られていない喧嘩は買わない。

 だから、わざわざ猛毒大蛇のために討伐隊を編成することもない。カルティエ大森林の生態系は、猛毒大蛇を含めて成り立っているのだから。


 そんなぼんやりとした午後を送る2人に、予期しない事態が訪れる。


「おい、あれ見ろよ、おい!」


 1人が何かを発見する。隅で船を漕いでいたもう1人を起こすと、すぐさま双眼鏡を手に取って覗く。


「……まじかよ」


 辛うじて言葉を振り絞ると、双眼鏡をもう1人に渡した。


「ム、ムカデか!? あんなにデカい個体が……!」


「いや、違う。違うぞ。あれは……あれは百足人センチピートマンだ」


百足人センチピートマン!?」


 驚愕の声を漏らす。


「上官に伝えろ! 俺はここで見張ってる!」


「あぁ!」


 指示を送られる前に、男はすでに動き出していた。

その顔を焦りに染めて。だがそれも当然のことだった。


 ストゥートゥに語り継がれる『不吉の象徴』、

百足人センチピートマンが姿を現したのだから。

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