第23話 脱出、そして
ロイのことに関して、俺にはひとつの懸念点があった。
それは、俺とレナがログアウトしている間のことだ。
「ロイ。俺とレナは旅の途中でいなくなることが多いと思うんだが……」
俺がそれを口にすると、レナも同じように『それが問題よね』と呟いた。
「そ、そんなことはお気になさらず! 僕たち
「……そうか」
とはいえ少し可哀想な気がしてしまう。
「それに、その時間は鍛治に充てます! 武器を作っている時間が、僕はいちばん好きですから」
これはどうやら本心のようだった。
「よし、わかった。だが、せめて食料ぐらいは用意しておくよ」
俺は黙って歩き続けるレナを見つめる。
「……へ、なに?」
「ちょっと寄りたい場所があるんだが……いいか?」
俺がそう言うと、レナは短く『えぇ』と答えた。
*
えー、やってまいりました。あの洞窟です。
あの時綺麗さっぱり消えたはずのゴキブリたちは、ロイが言っていた通り、復活していた。
「……ねぇ、これ、まじ?」
レナが顔を歪ませる。
「このゴキブリどもは、ムカデたちの主食だそうだ」
俺、ゴキブリ耐性がつきすぎたかもしれない。
ゴキブリをなんの抵抗もなく掴める。そして掴んだゴキブリを、アイテムボックスに入れる。
アイテムボックスの中は時間が止まっているらしい。なので中で暴れることはないし、死ぬこともない。
ログアウトするときにアイテムボックスから出して、その都度殺してロイのご飯にすれば良い。
「ロイも手伝ってくれ」
「わかりました」
俺とロイは次々にゴキブリをアイテムボックスに運んでいく。
レナはそんな俺を見て、
「これで1000匹くらいになったか?」
「はい。これだけあれば当分は困りません」
「しかしアイテムボックスってのは便利だな。永久に保存が効く」
「それは凄いですね。村にあったらとんでもなく重宝されるでしょうね」
「だろうな。1回で取りまくれば、しばらくは寝てても食料には困らない」
平然と会話する俺たちを見て、レナは頭を抱えて、
「……ミナト。あなたはもう立派な虫よ」
などと意図のわからない発言をした。
「ありがとう……?」
俺は曖昧な答えを返した。
*
「カルティエ大森林、脱出!」
ついに、ついに俺たちはあの鬱蒼とした森から脱出することに成功した。
森を出ると、確かに目と鼻の先に街があった。
城壁に囲まれ、巨大な門が見える。
「あれが10番目の街『ストゥートゥ』。いや、国と言うべきでしょうね」
レナとの会話の記憶を辿ると、確かにそんなことを言っていた。
「城塞国……だっけ?」
「そう。1から9番目までの街は全部シュベイル王国領だったんだけど、ここからは違うみたい。まあ、私たちには関係ないんだけどね」
シュベイル王国なんていう単語がそもそも初耳だが、それは言わない。
「この街からは北に向えって話だったな」
地図によれば、この街の北にはちょっとした山岳があるようだ。それを越えてしばらく進むと、2つ目の街があるらしい。
「そうね。行きましょ」
俺はレナに地図を渡す。多分、その方がいい。レナは結構、しっかり者だ。
俺たちは小高い山岳に向けて歩き出す。
*
城塞国家ストゥートゥ。
その領地は、非常に狭い。大きな城壁によってぐるっと一周囲まれた範囲のみがストゥートゥの領地である。点在する都市もなければ、辺境と呼ばれる場所すらストゥートゥは持たない。
周辺国家とは同盟も組まなければ敵対もしない。完全な中立国家として存在している。
それを可能とする要因は様々あるが、中でも地形の利は大きい。北には山羊の魔物が闊歩するオールオルル山岳。東には広大で人を迷わせるカルティエ大森林。西と南も山に囲まれており、他国が攻め込むにはあまりにも不向きな土地であった。
また、ストゥートゥは他国と同じように徴兵制度を採用しているが、他国のそれとは強度が違った。
男は12歳、女は18歳から訓練が強制され、一定の才が認められた者は兵士となる。兵士とならなかった者も当然有事の際には徴兵される。
12歳という幼い頃から徴兵させること、女性であっても徴兵が強制されること。この2点が他国との違いで、ストゥートゥの兵士は強いという共通認識が、周辺国にはあった。
ストゥートゥの玄関口といえば南にある南大門だが、その南大門の次に出入りが多いのは東にある東大門だ。といっても、それほど多いわけではない。せいぜい貿易に来た商人か、この辺りの依頼を受けた冒険者くらいのものだ。
それでも警備は怠らない。門番とは別に、砦の上に兵士も四六時中配置されることになっている。
*
「暇だねぇ。今日も」
東大門にある大きな砦。そこには2人の兵士が詰めていた。
1人だけでないのは、危険因子を発見したときにそこから目を離さないためだ。1人はそれを見張り、1人はそれを上司に伝えるという手筈になっている。
「まあそんな大層なことはそうそう起こりゃしねえって」
最近であったことといえば、
対象が人であっても同じことだが、ストゥートゥの方針として、売られていない喧嘩は買わない。
だから、わざわざ猛毒大蛇のために討伐隊を編成することもない。カルティエ大森林の生態系は、猛毒大蛇を含めて成り立っているのだから。
そんなぼんやりとした午後を送る2人に、予期しない事態が訪れる。
「おい、あれ見ろよ、おい!」
1人が何かを発見する。隅で船を漕いでいたもう1人を起こすと、すぐさま双眼鏡を手に取って覗く。
「……まじかよ」
辛うじて言葉を振り絞ると、双眼鏡をもう1人に渡した。
「ム、ムカデか!? あんなにデカい個体が……!」
「いや、違う。違うぞ。あれは……あれは
「
驚愕の声を漏らす。
「上官に伝えろ! 俺はここで見張ってる!」
「あぁ!」
指示を送られる前に、男はすでに動き出していた。
その顔を焦りに染めて。だがそれも当然のことだった。
ストゥートゥに語り継がれる『不吉の象徴』、
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