第18話 交差点

 猛毒大蛇ジャイアント・ポイズン・スネークの初手は、話に聞く毒霧だった。

 しかしレオンたちにそれを避けるという選択肢はない。キリがないからだ。

 このゲームにおいて即死効果を持つ魔法やスキルは、死ぬか無傷かの二択だ。


 レオンは無傷で凌げるメンバーを選抜した。

 実際、4人が霧を受けているが、変わった様子はない。


「〈加速アクセラレータ〉」


 スキルを発動したのはレオンだ。

 一気に猛毒大蛇との間合いを詰め、手に持つ剣の射程。


〈斬撃〉


 今度は攻撃スキルを発動。

 剣は大蛇の顔を撫でた。


「ミリナ!」


「わかってる!」


 ミリナはレオンに促され〈鑑定〉を発動させる。

 鑑定というスキルは、自身のレベル、相手のレベル、そしてスキル自体のレベルを総合的に鑑みてどこまでの情報を得られるかが決定してくる。

 自分より明確に弱ければ能力からHP、スキルまで知ることが出来る。互角程度ならHPとMP、強者ならレベルとHP。圧倒的強者ならばレベルのみ、といった具合だ。


 ここでミリナは、大蛇のHPとMPを見ることができた。


「攻撃は通ってるわ! 続けて大丈夫よ!」


「了解!」


 ここでレオンが知りたかったのはこの攻撃に意味はあるのかということだった。

 通っているのであれば、どれだけ時間が掛かろうと続けるつもりだ。


 誰の指示があったわけでもなく、次に動き出したのはイグバルだった。


「〈不死者召喚サモン・アンデット骨人スケルトン〉」


 イグバルの側の地面から4体の骨人スケルトンが這い上がってくる。


 召喚サモン系スキルは、多大な魔力を消費する代わりに一定時間眷属を召喚することができる。

 一定時間とはいっても、一つの戦闘で消えてしまうほど短い時間ではない。具体的には、ゲーム内で8時間。それまでに死ななければ、だが。


「大蛇を攻撃せよ」


 骨人は知能の低い魔物とされているため、単純な命令以外は遂行できない。


 大蛇を攻撃するという単純かつ明快な命令を下された4体の骨人は大蛇に向かって突進する。


 イグバルはそれを見つめながら、今度は魔法を使う。


「〈物理攻撃上昇ブースト・アタック〉」


 攻撃力を上昇させる魔法だ。

 これをイグバルは骨人にかけた。レオンにかけないのは、能力強化系魔法は眷属にかけたとき、より強力な効果となるという特性のためだ。


 魔法をかけたかと思えば、今度はアイテムボックスから青い液体の入った瓶を取り出した。

 ポーションだ。イグバルそれを一気に飲むと、空に近かったMPが半分程度に回復する。

 魔力回復のポーションは非常に高価だが、都市長の支援を受ける羅刹天からすればそれほど惜しむべきものではない。

 ちなみに、HP回復のポーションはさらに高価で、羅刹天とて乱用は出来ない。


 MPを回復したイグバルは再び魔法を行使する。


「〈物理防御上昇ブースト・プロテクション〉」


 今度は防御力を上昇させる魔法。同じように骨人にかける。


 イグバルの役割はひとまず終了だ。ここからは戦局を見つつ、攻撃魔法と支援魔法をかける手筈となっている。


 カエラは終始、大蛇の周りをちょこまかと走り回っては短剣を刺し、その攻撃を一身に受けるレオンをサポートしている。


「いいぞ! このまま押し切ろう」


 レオンが攻撃を受けつつ言う。

 レオンの感触としては、今までのボスと違わず、今回もある程度余裕を持もって討伐出来そうだった。


 その点ではイグバルとカエラもそうだ。自分たちの作戦が上手くいっているのを感じる。


 ただ、〈鑑定〉を常時発動させているミリナだけは違った。


(このボス、硬い! さっきからノーダメージではないけれど、ほとんどダメージが通ってない。あれだけの魔法と斬撃を撃ち込んだのに)


 実を言うと、このゲームは魔法がMPがある限り使えるのに対し、スキルには使用回数の制限がある。一回の戦闘に何回まで、といった具合に。

 ミリナはそれを危惧していた。手数が尽きて、じわじわとやられるのではないかと。


「このボス、今までとは違う! まだ1割も削れてないわ!」


 ミリナの言葉に、4人が顔を引き締めたのがわかる。



 4人全員が、目の前の大蛇に全力を尽くしていた。そうしなければ勝てる相手ではないと考えたからだ。そして実際、それは正しい。


 

 しかしだからこそ、4人は気が付かなかった。

 この戦闘を見守り、静かに機を待つ、3つの影を。





「そろそろいるはずなんだけど……」


 大岩を出てから10分と少々。確かに、そろそろ姿が見えても良い頃合いだろう。


「あれは?」


 最初にそれらを発見したのはレナだった。


「エリアボスだけじゃない。……誰か、いる」  


 そこでようやく俺も大蛇を視界に捉えた。

 大蛇は暴れ狂い、何かと交戦しているのがわかる。 


「人間……それに、プレイヤーね」


 俺たちは草木に影を潜め、戦闘を見守る。


「レオン……それにミリナって、まさか!」


 何かに気づいたのはレナだ。俺にはその名前に聞き覚えはなかった。


「誰なんだ、それは」


「それも知らないの!?」


 レナは本気で驚いたようだが、知らないものは知らない。


「彼らは『羅刹天』のメンバーね。まず間違いないわ」


「らせつてん……?」


「このゲームで最強のギルドよ。特にリーダーのレオンとサブリーダーのミリナはセカライ最強のコンビと名高いわ」


 言い終わると、レナは〈鑑定〉を発動させる。


「……やっぱり見えるのはレベルだけね。レオンは32、ミリナは30」


「32って、それは強すぎじゃないか?」


 俺はまだ12レベルだ。


「……猛毒大蛇に挑むのは時期尚早だったかもしれないわね。彼らでさえだいぶ苦戦してる」  


 確かにその通りだ。32レベルのレオンが苦戦しているのに、12レベルの俺と18レベルのレナで勝てるとは到底思えない。


「僕もそう思います。ここは一旦引き返した方が……」


 これまで黙っていたロイもそれに同調する。


 ただ、俺の考えは違った。


「確かに俺たち3人があのヘビを相手にするのは、少し無理があるかもしれん」


 ここで何かを言いかけたロイを手で制して、俺は続ける。


「ただ、少し面白い考えがある」


 俺は口角を上げつつ、2人にそう告げる。


「あら、奇遇ね。私もよ」


 レナはニヤリと悪い笑みを浮かべた。






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