第13話 空を覆う者

「今日もやりますかー」


 王様ゴキブリとの戦闘後、俺とロイは大岩に戻り、俺はそのままログアウトした。

 身体が大きくなった影響で、大岩に入り込むのに一苦労だったが、なんとかなった。


 今日の目標は森から出ること。新たなエリアを求めるつもりだ。


 俺はヘッドギアをはめ、VRの世界へと旅立った。





 昨日ログアウトした場所、すなわち大岩で目が覚める。


 ただ、昨日までとは少し様子が違っていた。なんだかみんな忙しないし、何より大岩の中にいるムカデの数が多い。


 無数のムカデたちの中に、俺はユーライの姿を認めた。


「ユーライ!」


 呼ぶとすぐにこちらに向かってくる。


「ミナト様」


「何があったんだ? 随分忙しないようだが」


 ユーライは少し目を伏せるようなそぶりを見せる。


「えぇ。実は『空を覆う者』が出たとの情報がありまして」


 空を覆う者……飛蝗ローカスト、つまりバッタの大群ってことだったな。


「来るのか、こちらに」


「はい。向かって来ているということです。危険ですから、ミナト様は中で……」


「いや、見に行こう。何か解決策が浮かぶかもしれない」


「で、ですが」


 俺はユーライの反論を手で制すと、話の途中で発見していたロイの元に向かう。


「ロイ、行くぞ」


「はい」


 ロイは何か反論するということもなく、素直に俺に従った。昨日の一件で少しくらい度胸がついたのかもしれない。


 狭い出口をなんとか潜って外に出る。


「音がするな」


 外に出てまず感じたのはそれだった。草木が揺れる音。何か巨大な生物がこちらに向かって来ているかと思えるような。


「あれが、空を覆う者」


 それは姿を現した。有り得ないほど多いバッタの大群だ。


 俺が想像する現実世界の蝗害とは少し違う。範囲は狭いが、密度は桁違いにこちらが多い。それこそ本当に、空が見えなくなりそうなほどに。


「2日連続で虫の大群が相手とは。ついてないねぇ」


 昨日ゴキブリ、今日バッタ。


 ただ、このバッタたちに攻撃の意思はないように見える。

 それに、俺は昨日新たな知見を得たばかりだ。


「こういう場合は、こいつらを指揮する者がいる」


 この光景は、昨日ゴキブリたちが穴を塞いだり、一斉に俺たちに襲いかかってくる様によく似ていた。


「リーダーを探そう。それが、解決の糸口だ」


 俺とロイは、バッタの大群に向かって走りだす。指揮官は最後方にいる、という希望的観測のもと。ただ、強ち間違いでもないだろう。指揮系統が前に出ることなんて、基本的にはない。


 バッタは『跳ぶ』ことは出来るが、『飛ぶ』ことはできない。

 前に進むには逐一着地してもう一度跳ぶ、という手順が必要になってくる。

 そのため、俺がどれだけ低い姿勢で走ったとて、着地しようとしているバッタや、跳びたったばかりのバッタとぶつかってしまうのは当然のことだ。

 それも想定内ではあったのだが……


「ダメージがない?」


 仮にも正面衝突が起こっている。バッタたちがどれだけ弱いとは言っても、これだけぶつかってダメージ0は違和感しかない。

 ぶつかったという感覚も、少し変だ。明確に『ここに当たった』と断言することが出来ないような、不思議な感覚。

 

 1分ほどたっただろうか。ようやく大群から抜けることが出来た。

 俺の(ロイの)スピードをもってして1分。あまりにも多すぎる数だな。


「ふう。無事か、ロイ」


「ぶ、無事です。それどころか、ダメージすら……」


「あぁ。それがどうにも妙なん——」


 言葉を最後まで紡ぐことが出来なかった。


 視界の端に、あまりにも奇妙な生物が入り込んだからだ。


 身長は1メートルと少々。バッタの顔と身体に、人間の四肢。そして、頭上には文字で『レナ』。


「プレイヤーだと!?」


 白い文字はNPC、黒い文字はプレイヤー。


 そのバッタ人間の頭上には、確かに黒い文字で、レナとある。その下には、飛蝗人ローカストマンとも。


「そ、そこのバッタさん!」


 なんて呼べば良いのかわからず、バッタさんなどという変な呼び方をしてしまう。

 こちらに背を向けていたバッタ人間はこちらに振り向く。


「……まじ?」


 俺は絶句しかける。


 ムカデの俺が言っても説得力がないとは思うのだが、このバッタ人間、本当に気持ち悪い。

 バッタの頭部が想像以上に気味が悪く、四肢が人間のものなのもそれに拍車をかけている。

 俺も一応百足人と、人間の要素があるが、せいぜい二足歩行することと、四肢に当たる特別に発達した4本の足があることくらい。

 だがこいつは違う。明確に人間の皮膚や骨を、その四肢に有している。


 振り返ったバッタ人間が目を輝かせた——気がした。


「あ、あなた、プレイヤーなの!?」


「そ、そうです。ムカデですけど」


「やっぱり私以外にもいたのね。虫になっちゃったプレイヤーは」


 バッタ人間はその手を醜悪な顔に当て、何やら考え込む。


「……私の名前はレナ。よろしくね。えっと、ミナトって呼んで良いのかしら」


 女の子らしい口調と仕草だが、それが素直に脳に届かない。外見が気持ち悪すぎて。


「あ、あぁ。よろしく、レナ。それで、こちらが百足族のロイ。俺のパーティメンバーだ」


「パーティメンバー! 良いわね、それ。私も入れてもらうことって……」


「もちろん……と言いたいところだけど、まずはあのバッタ大群をどうにかしてくれないか? レナがやったんだろう?」


「まあそうね。ごめんなさい。何か迷惑をかけてたかしら」


「まあちょっとな。止めてくれるなら良いんだ。……にしても、どうやってあの数のバッタを動員させたんだ? 配下にしたのか? にしてもあんな数をどうやって……」


 配下にしたというなら納得できない事はない。俺も何故か百足たちからは崇拝されてたし、バッタの方でもそれと同じことがあったのかもしれない。

 だがあの数はどう考えてもおかしい。


「まさか。あれは私のスキル〈蝗害アバロン〉で生み出した幻術よ」


「幻術? あんな大規模な幻術を……」


 しかもあのバッタたちにはしっかりと存在感があり、ぶつかったときも一切何も感じないというわけではなかった。

 あのとき感じた違和感は、こういうことだったのか。


固有ユニークスキルなのよ。すごいでしょ」


 レナは得意げに顔を歪ませた。

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