第13話 空を覆う者
「今日もやりますかー」
王様ゴキブリとの戦闘後、俺とロイは大岩に戻り、俺はそのままログアウトした。
身体が大きくなった影響で、大岩に入り込むのに一苦労だったが、なんとかなった。
今日の目標は森から出ること。新たなエリアを求めるつもりだ。
俺はヘッドギアをはめ、VRの世界へと旅立った。
*
昨日ログアウトした場所、すなわち大岩で目が覚める。
ただ、昨日までとは少し様子が違っていた。なんだかみんな忙しないし、何より大岩の中にいるムカデの数が多い。
無数のムカデたちの中に、俺はユーライの姿を認めた。
「ユーライ!」
呼ぶとすぐにこちらに向かってくる。
「ミナト様」
「何があったんだ? 随分忙しないようだが」
ユーライは少し目を伏せるようなそぶりを見せる。
「えぇ。実は『空を覆う者』が出たとの情報がありまして」
空を覆う者……
「来るのか、こちらに」
「はい。向かって来ているということです。危険ですから、ミナト様は中で……」
「いや、見に行こう。何か解決策が浮かぶかもしれない」
「で、ですが」
俺はユーライの反論を手で制すと、話の途中で発見していたロイの元に向かう。
「ロイ、行くぞ」
「はい」
ロイは何か反論するということもなく、素直に俺に従った。昨日の一件で少しくらい度胸がついたのかもしれない。
狭い出口をなんとか潜って外に出る。
「音がするな」
外に出てまず感じたのはそれだった。草木が揺れる音。何か巨大な生物がこちらに向かって来ているかと思えるような。
「あれが、空を覆う者」
それは姿を現した。有り得ないほど多いバッタの大群だ。
俺が想像する現実世界の蝗害とは少し違う。範囲は狭いが、密度は桁違いにこちらが多い。それこそ本当に、空が見えなくなりそうなほどに。
「2日連続で虫の大群が相手とは。ついてないねぇ」
昨日ゴキブリ、今日バッタ。
ただ、このバッタたちに攻撃の意思はないように見える。
それに、俺は昨日新たな知見を得たばかりだ。
「こういう場合は、こいつらを指揮する者がいる」
この光景は、昨日ゴキブリたちが穴を塞いだり、一斉に俺たちに襲いかかってくる様によく似ていた。
「リーダーを探そう。それが、解決の糸口だ」
俺とロイは、バッタの大群に向かって走りだす。指揮官は最後方にいる、という希望的観測のもと。ただ、強ち間違いでもないだろう。指揮系統が前に出ることなんて、基本的にはない。
バッタは『跳ぶ』ことは出来るが、『飛ぶ』ことはできない。
前に進むには逐一着地してもう一度跳ぶ、という手順が必要になってくる。
そのため、俺がどれだけ低い姿勢で走ったとて、着地しようとしているバッタや、跳びたったばかりのバッタとぶつかってしまうのは当然のことだ。
それも想定内ではあったのだが……
「ダメージがない?」
仮にも正面衝突が起こっている。バッタたちがどれだけ弱いとは言っても、これだけぶつかってダメージ0は違和感しかない。
ぶつかったという感覚も、少し変だ。明確に『ここに当たった』と断言することが出来ないような、不思議な感覚。
1分ほどたっただろうか。ようやく大群から抜けることが出来た。
俺の(ロイの)スピードをもってして1分。あまりにも多すぎる数だな。
「ふう。無事か、ロイ」
「ぶ、無事です。それどころか、ダメージすら……」
「あぁ。それがどうにも妙なん——」
言葉を最後まで紡ぐことが出来なかった。
視界の端に、あまりにも奇妙な生物が入り込んだからだ。
身長は1メートルと少々。バッタの顔と身体に、人間の四肢。そして、頭上には黒い文字で『レナ』。
「プレイヤーだと!?」
白い文字はNPC、黒い文字はプレイヤー。
そのバッタ人間の頭上には、確かに黒い文字で、レナとある。その下には、
「そ、そこのバッタさん!」
なんて呼べば良いのかわからず、バッタさんなどという変な呼び方をしてしまう。
こちらに背を向けていたバッタ人間はこちらに振り向く。
「……まじ?」
俺は絶句しかける。
ムカデの俺が言っても説得力がないとは思うのだが、このバッタ人間、本当に気持ち悪い。
バッタの頭部が想像以上に気味が悪く、四肢が人間のものなのもそれに拍車をかけている。
俺も一応百足人と、人間の要素があるが、せいぜい二足歩行することと、四肢に当たる特別に発達した4本の足があることくらい。
だがこいつは違う。明確に人間の皮膚や骨を、その四肢に有している。
振り返ったバッタ人間が目を輝かせた——気がした。
「あ、あなた、プレイヤーなの!?」
「そ、そうです。ムカデですけど」
「やっぱり私以外にもいたのね。虫になっちゃったプレイヤーは」
バッタ人間はその手を醜悪な顔に当て、何やら考え込む。
「……私の名前はレナ。よろしくね。えっと、ミナトって呼んで良いのかしら」
女の子らしい口調と仕草だが、それが素直に脳に届かない。外見が気持ち悪すぎて。
「あ、あぁ。よろしく、レナ。それで、こちらが百足族のロイ。俺のパーティメンバーだ」
「パーティメンバー! 良いわね、それ。私も入れてもらうことって……」
「もちろん……と言いたいところだけど、まずはあのバッタ大群をどうにかしてくれないか? レナがやったんだろう?」
「まあそうね。ごめんなさい。何か迷惑をかけてたかしら」
「まあちょっとな。止めてくれるなら良いんだ。……にしても、どうやってあの数のバッタを動員させたんだ? 配下にしたのか? にしてもあんな数をどうやって……」
配下にしたというなら納得できない事はない。俺も何故か百足たちからは崇拝されてたし、バッタの方でもそれと同じことがあったのかもしれない。
だがあの数はどう考えてもおかしい。
「まさか。あれは私のスキル〈
「幻術? あんな大規模な幻術を……」
しかもあのバッタたちにはしっかりと存在感があり、ぶつかったときも一切何も感じないというわけではなかった。
あのとき感じた違和感は、こういうことだったのか。
「
レナは得意げに顔を歪ませた。
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