第12話 決死
ゴキブリが、文字通り波となって俺を襲う。
「ミナト様!」
ロイが叫ぶ。
同時にロイの言葉を思い出す。
『有象無象の
この地獄を脱するにはそれしかない。
王様が姿を見せずにゴキブリたちだけが襲って来てたら、まず勝ち目はなかったが、小さな小さな勝ち筋を俺に与えてくれた。
「やるしかねえ!」
俺はムカデフォルムになると、柄にもないことを口走り、ゴキブリの王様に向かって突進する。
その距離、10メートル。俺にしてみれば一瞬だが、その一瞬で死ぬ可能性もある。いや、死ぬ可能性の方が高い、と言うべきかもしれない。
さらに、先ほどまでは地面に徹してくれていたゴキブリたちは、俺を殺そうと向かって来ている。どうにも足元が安定しない。が、それでも足掻いて足掻いて進む他ない。
思えば、ダメージを受けるのは初めてだ。圧倒的な不快感が俺の全身を襲う。
〈スキル:疾走を取得しました〉
情報処理に頭が追いつかないが、取得と同時に〈疾走〉を使う。
スピードがさらに上がる。
「〈
ゴキブリに埋もれかけながら、ロイは必死に唱える。
付与した魔法は、虫属性が脆弱性を持つ炎。
走る、走る。
一瞬にも満たない時間が、俺にはとんでもなく長く感じられた。
届く……!
〈斬撃〉
全身全霊を込めた一撃は——
——キン!
その羽に弾き返される。
無傷。もはやなすすべなし。
——否
「まだだ!」
「威勢だけは良いようですね」
見下した口調。
「進化を実行しろ! 今すぐだ!」
リスクは承知だ。
強い口調で進化の実行を命じても、確認のプロセスがあるかもしれない。あれば終わりだ。そんな時間はない。
進化するのに時間がかかるかもしれない。それも当然、終わり。
というか、俺はそうだと思っている。
ここで言う時間がかかるというのは3秒とか5秒のことだが、それでも終わり。
一瞬にして進化が終了すること。
筋力が大幅に上昇すること。
これは最低条件だ。
〈進化を実行します〉
『かしこまりました』さえ言わなかった。
俺の身体は、一瞬にして変わる。具体的には、大きくなる。
「〈
ロイが再び叫ぶ。
俺もロイも、身体の半分以上がゴキブリの地面に飲まれている。
「〈斬撃〉!」
俺は
羽を狙っても、その硬度を考えれば、進化したとて弾かれるだろう。
「なにをっ!?」
ここで初めて、蜚蠊の王が慌てた雰囲気を見せる。後退りしようとするが、遅い。
——一閃
そして次の瞬間には、ポリゴンとなって消えた。
勝った! と叫ぼうとした。
出来なかった。地面が無くなった驚きによって。
消えたのは蜚蠊の王だけではなかった。そこにいたすべてのゴキブリが、消え去ったのだ。
それに伴って、地面が無くなったと言うわけだ。とはいえ、底が無い訳はない。
着地して見渡すと、そこには普通の土や岩からなる空洞が広がっていた。
2倍ほどの広さとなって。
どんだけいたんだ、ゴキブリどもは。
〈
ようやく進化完了のアナウンスが入る。
それは一瞬で全てが終わったということを物語っていた。
〈レベルが12に上がりました〉
レベルも11を飛ばして12になった。
「や、やりましたぁ」
ロイがぺたんとへたり込む。
「ありがとな、ロイ」
「お役に立てたようで、よかったですぅ」
気の抜けた声で返すロイ。
「ところで」
俺は視線を最奥に向ける。
そこにあるのは宝箱だ。ダンジョンクリアの報酬というところだろう。
「開けるぞ、ロイ」
「は、はい、どうぞぉ」
相変わらず気の抜けた口調のロイを他所目に俺は宝箱に手をかけた。
煌びやかな宝箱を開けると、そこにあったのは卵だった。
この洞窟に似合わない、純白の卵。卵として本来あるべき白さではない。どこか神聖さすら感じさせる。
「俺はテイマーじゃないんだけどな」
俺は卵をアイテムボックスに入れる。
まあ産まれてきたら可愛がってやることにしよう。……ゴキブリじゃないよね?
「帰ろうか、ロイ」
「はい」
「ダンジョン攻略後は、宝箱と共にある〈帰還の水晶〉に手を翳すことでその入口まで転移することができる、だったな」
俺がムカデの手を水晶に翳すと、洞窟ではなく、見慣れた森が広がっていた。
「おわったー!」
大きな声で叫ぶ。
残されたHPはたったの9。九死に一生というやつだな。
「ミナト様、僕もレベルが20になったので、新しい
レベル20。俺の倍くらいある。
「ほう。どんな職業にするつもりなんだ?」
「ミナト様と相談して決めるつもりだったのですが、今のところ〈
「良いじゃないか
「ありがとうございます。それでは
笑顔で言うロイ。
「帰ろうか、大岩へ」
俺は進化によって170センチほどになった身体を揺らし、ムカデフォルムになることなく、ゆっくりとした歩調で大岩へ向かった。
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