第8話 洞窟

「そうだユーライ。聞きたいことがあったんだ」


 というか本題も本題だ。


「何なりと」


「俺はこの森を出たいと思っている。最短で出られる方向、わかるか?」


「これより西に向かえば、20分とかからず草原に出ることが出来ます。人間の街もあるので、注意が必要ですがね」


 なんと! それは重畳。ゴールの目前でムカデたちに出会ったって感じなのか。


「ただ……」


 ユーライが何やら口籠る。


「ただ、なんだ?」


「このまま西に向かわれますと『森林の主』と鉢合わせる可能性がございます」


「森林の主?」


「えぇ。その正体は猛毒大蛇ジャイアント・ポイズン・スネーク。6メートルほどの全長を持ち、毒の魔法を操ります」


「それで、強いのかそいつは」


「は、はい。ですが、私であれば問題なく倒せると思いますので、お声かけをいただければ私も向かいます」


「いや、それには及ばない」


 ヘビの正体は多分『エリアボス』だろう。魔物を選んだプレイヤーには関係ない話だが、例えば最初の街『ライトワン』から2番目の街『トゥーレイト』へ向かうためには、エリアボス上位灰狼グレーター・ウルフを倒さなくてはならないといった具合で、次なる街に行くには絶対にエリアボスを倒さなくてはならない。街に入れる種族だけの話だがね。


 この森を出た先の街が何番目なのかは知らないが、恐らくその街に行くためのエリアボスなのだろう。

 森の出口に住み、その先には街があり、二つ名が『森林の主』。これは決まりだろう。


 ここでユーライに助けてもらっていては、ずっとユーライにおんぶに抱っこということになりかねない。

 ここは自分で切り抜けよう。


「ユーライ、この辺りで経験値稼ぎに向いているモンスターはいないか?」


 そのためにはとにもかくにもレベルが足りない。


「……でしたら、洞窟に行かれてはどうでしょう」


 面白そうだ。


「詳しく聞かせてくれ」


「えぇ。ここから少し走ったところにある小さな洞窟なのですが、そこにはとにかく多く蜚蠊コックローチ蝙蝠バットが出ます。1匹の経験値はごくごく少ないですが、大量に狩ることでレベルアップが望めます」


 今度はゴキブリかよ。とはいえ虫に対する耐性はめちゃくちゃついているので、意外と大丈夫かもしれない。


「だが、いいのか? ゴキブリも同じ虫の仲間ではないのか?」


 俺がそう言うと、ユーライは少し困ったような雰囲気を出した。


蜚蠊コックローチと一緒は少し困ります。奴らに知性はありませんし……そもそも、蜚蠊は我々の主食ですから」


 うげえ、そうだったのかよ。


「そうなると、俺らが狩りすぎて食糧がなくなる、って心配はないのか?」


 俺の問いに、ユーライは少し笑いながら答える。


「行けばわかりますよ。ミナト様」


「そ、そうか。それでは案内してくれ」


「かしこまりました」


「あぁそうそう、ユーライの後ろで俺は関係ないって顔してるロイくん。君も行くんだよ」


「え、えぇっ! ぼ、僕も行くんですか……?」


「当然。俺のパーティにいる以上、強くなってもらわないと」


「わ、わかりました……」


 ロイは『僕あそこ好きじゃないんだよなぁ』などとブツブツ言っている。


 ロイに戦闘能力は求めていないが、レベルは高ければ高いほど良い。

 武器を作ることでもレベルは上がるが、やはり魔物を倒す方が効率が良い。


「それでは、案内しましょう」


「ああ、頼む」





 それほど長くは走らなかった。体感では5分もかかっていない。


「ここでございます」


 そこにあったのは確かに洞窟と呼ぶに相応しい穴であった。

 大人の人間であれば屈まなければ入らないであろう高さ。推定1.5メートルといったところか。


「ありがとうユーライ。俺たちはこの洞窟を攻略するので、先に戻っていてくれ」


「かしこまりました。どうぞご無事で」


 俺は洞窟内に足を踏み入れる。


「ところでなんだが、この真っ暗な洞窟で、どうやってゴキブリやコウモリを見つけるんだ?」


 ロイに問いかけたつもりだったが、その声は帰ろうとしていたユーライにも届いたらしく、ユーライが振り返って答えた。


「ミナト様。足元をよく見てください」


「ん? どういう——」


 ことだ?

 

 と続けるつもりだったが、言葉は喉を通らなかった。

 

 なぜなら、足元でうじゃうじゃと黒い何かが蠢いていたから。

 洞窟の地面だと思っていたそれは、まさに蜚蠊コックローチであった。


「oh……」


 思わず頭を抱える。

 普通の人間だったら即ログアウトしてるぞ、これ。


「壁も天井も、ですよ」


 ユーライが軽い口調で言う。

 耳を澄ませば、確かに上下左右からカサカサと言う音が聞こえる。

 

「ここでレベリング? まじで?」


〈レベルが5に上がりました〉


「へ?」


 なぜいきなりレベルが上がったんだ? 何かを倒した覚えはないが……


「さすがはミナト様です。踏むだけで蜚蠊コックローチを倒されるとは」


 下を見れば、確かにゴキブリが死んでいる。足の裏でカサカサとするのがどうにも気持ち悪く、バタバタと足踏みをしていたが……それで死んだのか。


 この洞窟、めちゃくちゃ気持ち悪いけど、めちゃくちゃ経験値効率いいんじゃないか?


「ユーライなんかは踏むだけじゃ死なないのか?」


「ふむ。殺意を持って踏み抜けば殺すことも出来るでしょうが、ミナト様のように軽い足踏みで殺すことはできないでしょうな」


 レベル69のユーライができなくてレベル4だった俺が出来るということか。

 なるほど。ユーライは多くの足に体重を分散させて歩いているのに対して、俺は二足歩行。体重を2点のみにかけているから、踏まれたときの威力が高いのだろう。


 正直全然気は乗らないが、レベルを上げる絶好のチャンスであることは確か。


 俺はひとつ深呼吸をしてから歩を進めた。

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