第3話 ネズミレベリング

「ふぅ」


 息を一つ吐く。

 下位劣小鼠レッサー・スモール・マウスであれば問題なく狩りをすることが出来そうだ。


 ひとまずは安心だな。実は百足人センチピートマンはめちゃくちゃ弱くて、あんなネズミすら狩れません、ってことにはならなかった。


「それにしても……速いな」


 初めて走ってみて思ったのだが、速い。めちゃくちゃ。

 ステータスにおける『素早さ』は、単にスピードがどれだけかということだけでなく、機敏さや小回りの効きやすさなんかも評価項目として入ると聞いていたから、てっきりそちらに特化しているものと思っていた。ムカデだし。

 それは間違いだったようだ。思った3倍くらい速い。人間よりも全然速いだろう。


 やはり素早さ500は大きな武器だな。


「やはりというか、ネズミ1匹じゃレベルは上がらなかったな」


 まずはレベルを上げだろう。森からも脱出したいし、一方向を決めてひたすら進みつつ、ネズミがいたら狩ることにしよう。


 手頃な木を見つけると、ポキッと枝を折る。


「天に任せましょう」


 枝を垂直に立て、手を離す。


「うむ、こっちに進むもう」


 枝が示した方向に進むことに決定。


 太陽の位置的に西だと思うのだが、この世界でもそれが通用するとは限らない。

 とはいえ日が沈む方と覚えておけば問題はないだろう。この森は日差しがほとんど地面を射さないが、さすがに太陽を見失うことはない。





 ゲーム内で1時間ほど進んだが、森の終わりは見えない。


 ちなみにゲーム内での1時間は、現実では30分。つまり現実の2倍の速さで時が進む。大抵のヘッドギアがこの設定だ。


 ということは置いておいて、その間に8匹のネズミを狩り、1匹の狼を見つけた。

 種族名はたしか下位狼レッサー・ウルフ

 戦ってもよかったのだが、ここで死んで初期地点に戻されたら堪らないのでやめておいた。ひとまずネズミだけに絞る。

 それと、ネズミの中でも劣小鼠スモール・マウスというのがいた。1匹だけ。

 恐らく下位劣小鼠レッサー・スモール・マウスのひとつ上位種なのだろうが、どうということはなかった。普通に倒した。感覚としては少し大きくなっただけという感じ。


 そして何より、レベルが上がった。

 確か6匹目を倒したときだったと思うのだが、脳内に〈レベルが2に上がりました〉というアナウンスが入った。

 とはいえ何かが大きく変わったかと言われればそんなことはなく、ステータスが少し上がっただけ。

 そのステータスも、レベルアップのタイミングじゃなくても上がり続けるので、実はレベルアップの恩恵というのはそんなにない。10レベル毎に新たな職業ジョブが加わることと、条件を満たした場合のみ起こる進化以外は、あまり気にしなくても良さそう。

 ひとまずは単に強さの指標だと思っておく。


「正直レベルアップよりも、スキルが欲しいんだよねぇ。それも攻撃系のやつが」


 ネズミだけならまだいいが、さっきのような狼と戦うとなると、ひとつ決め手が欲しい。

 ただ、どうやればスキルを取得出来るのかという説明もなかったし……

 人間ヒューマンであれば恐らくそれもチュートリアルで教えて貰えるのだろう。

 一旦ログアウトして検索すればいくらでも出てくるだろうが、それもなんだか興がない。それにめんどくさいしね。

 

「ま、試行錯誤を続けるしかないでしょう」


 しばらくソロプレイが続くだろうから、色々試しつつ学んでいこう。


 こんな風に色々考えながらごちながらではあるが、俺は西征を続けている。

 それも二足歩行ではなく、普通のムカデと同じようにして。これを俺は『ムカデフォルム』と呼んでいる。

 二足歩行とは比べ物にならないスピードで走れる。


「む?」


 急ブレーキをかける。


「ネズミだな」


 ネズミはこちらに気付いていないようだ。


〈隠密〉


 こういうときは奇襲が楽だ。

 スキルを発動しつつ徐々に近づく——その足が止まる。


 1匹じゃない。草木に隠れて見えなかったが……


「6」


 6匹いる。

 これは初めてだ。どうするべきか。

 1匹であればなんのリスクもなく倒せる、という具合には俺も成長している。


「やるか」


 やろう。この程度でビビってちゃダメだ。


 まずは奇襲で何匹もっていけるか。2匹いければ万々歳。


 俺に背を向けるネズミにゆっくりと忍び寄り——


「チュッ」


 短い断末魔。背から腹へ、剣で貫いた。


 もちろん喜ぶ暇などない。

 ネズミに刺さった剣は一旦捨て置き、圧倒的スピードでもう1匹のネズミを襲撃する。

 先のネズミの断末魔を聞いて振り返ったばかりのネズミは、腹を沿うように斬りつけただけで、なす術もなく絶命した。


「もう1匹いけるか?」


 思った以上にネズミどもの反応が遅い。

 ……俺が速くなったか?


 一対一の対決であれば負けることはまず無いので、その状況が作れるならばそうすべきだ。


 仲間が殺されたことにいち早く—といってもそれ程差はない—気づいたネズミが俺に向かって突進してくる。

 となれば俺もいつも通りに対応するまで。


 俺も同じように突進し、直前でずれる。すれ違いざまに腹を斬りつけ、ネズミはポリゴンとなる。


「あと3!」


 1匹目を殺した剣を拾い上げ、再び二刀流に。


 ここからは一対三。普段のようにはいかない。

 と思ったのだが……


「結局突進か」


 3匹で突進してくるかと思えば、なぜか2匹できた。残りの1匹は動かず、戦況を見守っている。


「ラッキー」

 

 2匹までならやることは変わらない。


 突進してくる2匹のネズミの間にずれ、すれ違いざまに両側で斬りつける。


 うまくいったようだ。


〈スキル:斬撃を獲得しました〉


「おっ! ついに来た。攻撃系スキルだ!」


 斬撃か。確かにネズミのほとんどは斬りつけて殺したから、まあ納得だな。


「チッ! チュー!」


 残った1匹が俺を威嚇する。


「ん?」


 こいつ、ただのネズミじゃない。


 ネズミの頭上には、劣小鼠の戦士スモール・マウス・ウォーリアの文字。

 

「新スキルを試すにはいい相手かもな」


 無闇に突進しないくらいには賢いが、ここで逃げられるほどは賢くなかったようだ。


 俺はいつもの走り方と違い、クネクネと蛇行するように戦士ネズミ(仮)に突撃する。


 ネズミはその前歯を剥き出しにして迎え撃つ準備を整える。


 十分に近づいたところで、戦士ネズミは前歯を、俺は刃先を向け——


〈斬撃〉


 スキルを発動させる。


 口を大きく開ける戦士ネズミ。その下に潜り込むようにして、喉元を斬りつける。


 断末魔もない。


 戦士ネズミは死んだ。


〈レベルが3に上がりました〉


 心地よい声のアナウンスを聞き、今日はここまでにすることとした。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る