うたたね

「うわぁ」

 何気なく歩いていると、ふとカメラを向けたくなる被写体に出会うことがある。今日もそのひとつ。僕は肩にかけたカバンを芝生に下ろして、カメラを構えた。

 ファインダー越しの風景が好きだ。一切の邪魔者をとっぱらって、対象だけを見つめることができる視界。たとえば旅行に行ったとき。風景をファインダー越しに眺めると、ただ「すごい」とか「きれい」という風景がまた違った顔を見せる。木々にゆらりと差し込む光とか、緩やかに木立を揺する風までもが見えるような気がしてくるのだ。

「そのままじっとしてなよ」

 シャッターを半押しすると、小さなモーター音と共に少しぼやけていた視界が徐々にクリアになる。そこで一度、シャッターを切った。

 軽い電子音を響かせて、まばたきのような一瞬の暗転。

 今度は立ち位置を少し変えて、方ひざを地べたにつけて構える。ゆっくりと押し込んだシャッターから、快い感触が返ってきた。

 高校にあがった祝いにと父親にせがんで買ってもらった最初のカメラを持って町を歩いたとき、うれしくて何度も何度もシャッターを切った。電柱とか、空とか、車とか、花とか。どれも平凡な写真で、今では見るのも恥ずかしいけど、感触だけは覚えている。あの頃はフィルムでどのような構図にしようかを必死で考えて切り取るようにシャッターを切ったものだ。

 デジタルカメラに変わった今でもシャッターを切るときの気持ちはあまり変わってない。後でパソコンに取り込んで編集をするといっても、やはりシャッターを切った時のイメージを強く持つことに変わりはないのだ。

 そしてまた、何度目かのシャッターの音が心地よく響く。

「しかしなあ……」

 子猫は日溜りの中で少し身じろぎをしたが、一向に目を覚ます気配が無い。気持ちよさそうにうたたねを続けている。

「なんでこいつは起きないんだ?」

 これだけ間近でシャッターの音を何度も聞かせているというのに。

 じっと見てると憎らしくなってくる。そばに落ちている小枝でつついて起こしてやろうか。

 そんな悪戯心がむくむくと湧きあがってくるのだった。


 了

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