想い出の曲

「懐かしい曲ね」

 聞き覚えのある曲がラジオから流れてきてふと耳を傾けていると、助手席の成美が独り言のように呟いた。ちらりと横目で表情を伺うが、彼女はフロントガラスの向こうをぼんやりと見つめているようで、よくわからなかった。返事を求めていたのかすらわからないが、僕は「そうだね」と応えると信号の替わった交差点に車を進めた。

 何度も通った交差点だ。ここから少し先のマンションに住む成美を送るのがデートのいつもの流れだった。

 ラジオからは五年ほど前に流行ったポップスが流れていた。確か成美が好きなドラマの主題歌だったか。

 曲を聴いているのか、成美はじっと黙っていた。僕は掛ける言葉も見つからずに、懐かしいメロディを聴くフリをして車を走らせる。

 確か付き合い出した頃のことだ。海にドライブに行った時に、成美はお気に入りの曲を集めてUSBに入れて持ってきた。高速を走りながら二人で笑いながら聴いた成美セレクトの中に、この曲もあったと思う。

 そう、笑いながら。あの時はどんな風に笑ってたんだっけ?

 確かに覚えているのに、その時の成美の声が、表情が、僕の気持ちが上手く頭の中で映像を結ばなかった。

 目的地の成美のマンションの前に到着し、僕は路肩に車を止めた。いつの間にか曲は終わっていて、ラジオのDJの声が二人の静寂の間に漂っていた。

 カチャリと小さな音をたてて、シートベルトを外すと、成美は僕の方を見た。僕も彼女を見つめる。

「じゃあ、……さよなら」

「うん、じゃあね」

 何を言うべきか悩んで、結局何も言うことができずに僕たちは視線を外した。

 車を降りてマンションのエントランスに消えていく成美を見送りながら、僕は大きく息を吐いた。 


 了


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