我が家の手巻き寿司

 テーブルに並べられたのは色とりどりの魚介の切り身。マグロにハマチ、サーモン、あとはエビ、イカ、ホタテ。その脇には大きさを揃えて拍子木切りにしたキュウリとだし巻きたまご、カニカマにかいわれも。


 今日の夕食はすぐるくんの誕生日なのでリクエストに応えて手巻き寿司だった。卓くんや息子の和志かずしが好きなソーセージやツナなどのキッズ枠も用意してある。ソーセージはもちろん「ポールウィンナーソーセージ」だ。


 あとは少し大きめの丼によそったご飯が二つ。我が家の手巻き寿司では二種類のご飯を用意する。一つは酢飯。手巻きと言えば酢飯だよねと思っていたのだけど、卓くんの実家は普通のご飯に少し塩を振ったものを使うらしい。


 結婚して最初に二人で手巻きを作った時に驚いたのはいい思い出だ。最初は「手巻きはやっぱり酢飯じゃないと」と思ったいたけど、食べてみると普通のご飯も案外イケる。寿司というよりはおにぎりみたいな感じだけど。


 卓くんも「お、酢飯もいいな」とか言ったりして、じゃあどっちでも選べるようにしようと、以来両方を用意することにしているのだ。


「あれ、嘘。海苔がない?」


 もうすぐできるよということで卓くんと和志を呼んだのだけど、最後に出そうと思っていた海苔が戸棚になかった。ここに買い置きがあると思ってたのに。


 他の棚や引き出しを次々と開けてみるが案の定海苔は見当たらなかった。さっきまでわくわくしていた胸の奥がずしんと重く感じる。


「どうしたの?」とダイニングにやってきた卓くんが私を心配そうに見ていた。

「ごめん、海苔を切らしてたみたいで……」

「ありゃ、そりゃ困ったね」


 せっかくのリクエストで楽しみにしてくれていたのに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「え? 手巻きなのに海苔が無いの?」


 和志が残念そうに言う。


「ごめんね、ちょっと今からサッと行って買ってくるよ」


 私はエプロンを外して財布とスマホを掴んだ。自転車で走れば三十分くらいあれば──。


「ちょい待ち、佐代子」


 卓くんが今にも飛び出そうとしていた私を呼び止めた。


「いいよいいよ。あるもので何とかしようよ。──そうだなぁ、卵はあるんでしょ? なら佐代子は薄焼き卵を作ってよ」


 卓くんはそう言うと「海苔がなくても大丈夫」と和志の頭をぽんぽんと撫でて、キッチンの戸棚やら冷蔵庫を開けていく。


「あ、おぼろ昆布とか良くない? あとは……レタスとか、どうかな?」





「美味しい!」


 嬉しそうにレタスに巻いた手巻き寿司を和志が頬張った。ネタはツナとだし巻きのようで、溢れんばかりに巻いている。そりゃ間違いなく美味しいだろう。和志はレタスとか薄焼き卵で巻くのが気に入ったようで、いつもよりも夢中で食べてるように感じる。


「うん、おぼろ昆布も良いけど、鰹節もいいな」


 卓くんは小さく切ったラップに鰹節を敷いて巻いていた。私も真似してやってみる。これも美味しい。


「ほんと、海苔がなくてもなんとかなるもんだね」

「うん、こういうのも楽しいよね」


 卓くんは嬉しそうに薄焼き卵の上にご飯とサーモンを載せる。そして真剣な表情でネタをじっと眺めていた。もう一つくらいなにか載せようか考えているのかな?


「ありがとうね」


 私はその真剣な横顔をじっと見つめながらそっとつぶやいた。

 

 それ以来、我が家の手巻き寿司ではレタスと薄焼き卵は定番になった。

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