第3話 椎名茜という女。

 椎名茜は、昔から不幸体質だった。

 家から一歩外に出れば、鳩のフンが降ってきたり。電柱にぶつかったり。時には坂道を猛スピードで降りてくる暴走自転車が突っ込んできたりもした。 

 ここまで危ない目に逢えば、普通なら外に出るのが怖いと思うだろう。だが、彼女は違った。


 「おかーさーん!お隣さんに回覧板回してくるね」

 「え、大丈夫?怪我しないようにね?」

 「なんならお父さんが行ってこようか?」

 「回覧板くらい大丈夫だよ、行ってきまーす」

 

 そう言って回覧板を片手に外に出た。

 お隣さんまで徒歩20秒。その間にも、何もないところで躓いて転んだり。犬のフンを踏んだり。挙げ句の果てにはお隣さんの飼っていた大型犬(サモエド)に盛大に飛び乗られ、地面に押し倒された。

 

 「茜ちゃん大丈夫!?」

 「はは、大丈夫です。相変わらずお前は元気だなあ、シロ」

 

 青い顔で叫ぶお隣のおばさんに、モフモフに包まれた彼女は親指を立てて応える。

 彼女はびっくりするほど楽観的だった。どんな目に遭っても「まあ、生きてたらこんなこともあるだろ」と自分の不幸体質を全く気にしていない。

 彼女が自身の不幸体質を悲観しないのは、彼女のその性格もあるが、ある人物の助けもあった。


 「お前はまた何やってんだ」

  

 呆れたようにため息をつく少年。

 彼の名前は緋山春喜。

 

 「あ、ハル。お前もモフモフに触る?」

 「触らない。とりあえずお前は早く帰れ、おばさんが心配するぞ」


 シロを軽々と彼女から引き剥がし、ハルはシッシと手を振る。

 ハルと彼女が出会ったのは、彼女が3歳の時。母親と買い物に行った帰り、野良猫を追いかけているうちに迷子になった。知らない場所、いくら呼んでも母親の姿が見えないことに、どんどん不安が膨らんでくる。


 「おかーさん…うええん…っ」


 不安が頂点に達し、ついに涙が溢れたその時。


 「椎名茜、ここにいたのか」 

 「え、」


 ガサっと、草むらから急に顔を出した少年。それが緋山春喜との出会いだった。

 びっくりしすぎて涙が引っ込んだ。

 彼は無言で彼女の手をとると、「行くぞ」と声をかけ、そのまま走り出した。

 連れられるまま一緒に走っているうちに、気づいたら家の近くの公園に辿り着いた。公園のところまでくると、少年は走るのをやめて、彼女の手を引きながら彼女の家の方に歩みを進める。


 「ねえ、あなただれ?」

 「緋山春喜」

 「ハルキ?じゃあ、ハルね!」

 「…勝手にしろ」

 「ハルはなんで私のこと知ってるの?」

 「今は内緒」

 「…私、ハルと会ったことあったけ?」

 「ない。でも、お前のことは知ってる」

 「???」


 不思議そうな顔をしてハルを見る彼女。そして、そんな彼女に目線を向けることなく、ズンズンと歩いて行くハル。いつの間にか彼女の家の前に到着。ハルは彼女の家のドアを開け、彼女が家の中に入ったのを見届けると


 「高校卒業するまではいつでも助けてやる。だから勝手に死ぬなよ」

 「それってどういう、」

 「じゃあな」

 「ハル!」


 閉められたドアをもう一度開けると、そこにはハルの姿はなかった。

 彼の「いつでも助けてやる」という言葉が何度も脳内再生される。 


 「…ハルが助けてくれるんだったら、もう外は怖くないかも」

 

 こうして彼女の楽観的な性格は形成されていったのだ。

 

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やり直すのはもう飽き飽きです。 あきなしあき @bia-kun

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