第4話 ボロボロと化したカレーコンペの帰り道

 カレーコンペの前日、会社から帰宅する俺の身体が明らかに重い。実に嫌な悪寒で熱を測ると38度を超えていた。


 ――ハッ? じょ、冗談じゃないっ! 明日ってでも必ず行くッ!


 勿論ちゃんとカレーだって用意する嘘つきにはなりたくない。俺の部屋のキッチンは、電熱器と猫びたいのような狭いスペースしかないというオマケみたいなもんだ。


 だけど20人分のカレーを此処で必ず作り上げる、今になって思えばウイルス性とかの病気とかだったらと思うとゾッとするが、そんな考慮なぞ微塵もなかった。


 カレーコンペ当日、一応熱は下がっていた。とにかく市販薬をしこたま飲んで最寄り駅へと愛車を走らせる。


 果たして雪香さんは……いた。向こうの笑顔に弾む心と緊張感が同時にやってくる。メールで聞いていた通りのショートカット、ジーパンにジージャン姿。


 ボーイッシュなその雰囲気、一度たりとも見ていないのに何故か初見の気がしなかった。ソバカスこそあるものの、二重パッチリでスタイルも抜群だ。

 妄想通りの女性が笑顔を此方に向けてくれる、風邪? 知らない、何処かへ吹き飛んだ。


 間もなく5月、陽が昇れば初夏の陽気になることだろう。そのジージャンの下に着ている何ともTシャツに、俺の男としての本能はどうにも逆らえない。


 ――これはメールで知らなかった破壊力だよ……うんっ。


 お約束通り来てくれたお友達にも初めましての挨拶を交わす。「可愛い友達……」俺の経験上、この枕詞で連れてくる友達は大抵の場合……。

 いや、これは流石に止めておこうか、どこで誰に読まれているのか分かったもんじゃない。


 本当に良い天気であり、そして楽しいドライブであった。あっという間に目的地に着き、俺はカレーを温める支度に取り掛かる。

 けれどこれまで女っはおろか、ニンニクの良い香りが漂っていた俺の車から女の子が二人も降りてきたのだから、必然的にそこんところを弄られ始める。


 雪香さんは率先して僕の手伝いをかって出てくれる、イベントに集まる輩は車がメインなので説明要らずで気の利いた手伝いをしてくれるのは心底助かる。


「そうか……左の髪が短い方が雅樹が狙っている例の子だな?」


 あの僕を煽った友人が影越しに告げた言葉だ、それほど俺の顔に出ているのか?

 カレーを食べて落ち着いたら、斜面に花咲く八重桜を見物しに二人で少しだけ散歩しながら談笑した。


 さてカレーコンペが終わり帰り道、都内某所から来ているという御友人を駅まで送り、いよいよ僕の愛車が二人っきりの緊張と嬉しさが入り混じった空気に包まれる。


「何処まで送ろうか? どうせ同じ千葉なんだから、もし良ければ家まで送るよ」

「……じゃ、じゃあお言葉に甘えて」


 此処までは最高のシチュエーションだが、そこからが壮絶に地獄だった。俺の風邪が猛威を奮い、鼻も喉もボロボロにしてゆくのだ。

 これではせっかくの助手席に座るが台無しである。


「大丈夫? ごめんなさい、やっぱり途中で降りれば良かった」

「いや、自分で言い出したことだし……」


 最早僕の鼻は蛇口を閉められない水道と化したのだが、雪香さんは嫌がることなくティッシュを差し出し懸命にフォローしてくれた。


 次は5月3日のドライブだ、風邪を治して次のデートは完璧にするぞっ!

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