第2話 お花見………行ってる暇がないんですよね
チャットへの返答待ち、今か? 駄目か? と狭い部屋をウロウロする俺。
雪香(チャット)「はい、良いですよ」
「うっしゃあっ! よ、良し、次だ……。とにかく当たり障りないことから……」
俺はこの後、何を書いたか流石にハッキリとは覚えていない。互いの仕事か? 趣味の話か? 住みを聞くのはハードルが高過ぎるだろ。
それはもう押し寄せる緊張の連続、震える指でキーボードを叩く。送信ボタンを押す度に「やべぇ……いきなりこれを聞くのは駄目だろ……」とロフトへの階段を登ったりと、落ち着きのなさが半端ない。
今になって思い出すと苦笑を禁じ得ない格好だった。
賞味2時間位だったであろうか、何とかチャットを続ける
雅樹(チャット)「ところでメールアドレスが見えているんですが、これからは此方に連絡しても良いですか?」
俺の読み通りなら雪香さんはネット初心者。名前の欄に特に考えることもなく入力し、メルアド欄もあったから何の疑問符も持たずに入れた。
要はメールが欲しくてメルアドを設定したとは限らないという事だ。
けれどこのチャンスを逃す手はない、誰でも見られるチャットから、
――これが叶えば今夜の作戦はこれ以上ない大成功だ。
雪香(チャット)「あ、そういうことですね。メール、はい良いですよ。私も他の人じゃなくて雅樹さんとだけ、もっと話がしたいです」
「よっおしゃあぁ!」
この時、27年間の人生において最大級に力の入ったガッツポーズを取ったのは言うまでもないだろう。
それから雪香さんと俺はメル友になって、とにかくメールを送り続け、向こうもちゃんと返事を寄越してくれた。
春、桜が咲き始める。俺のアパートのすぐ近くにある桜並木。そこに屋根を開いた車を停めてシートを倒して桜を眺める。
もう華を終えようとしていた桜の花びらが、ユラユラとシートの上に舞い降りる。俺の頭の中にあるのは目の前の桜じゃなくて、見たこともない雪香さんのことだ。
38万画素、当時個人が所有するには相当スペックの高いデジタルカメラで桜を撮影してボーッとしながら家路につく。
雅樹(メール)「桜が咲きましたね、お花見には行けましたか?」
その返答にこう書かれていた。
雪香(メール)「介護の仕事が立て込んでて、お花見に行く余裕がないんですよね……」
これを読んだ俺の脳裏に浮かんだもの……。
――これはチャンスだ、携帯の写メなんかじゃ送れない桜を雪香さんに。
雅樹(メール)「そうですか、それは寂しいですね。家の近所でお花見した時に撮った桜を送りますね」
38万画素、640×480ピクセルの写真に想いを載せて俺はメールを送信した。
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