第38話
「う……」
「あっ、起きた? おはよう……ユキト」
重たい瞼を開けると、視界いっぱいにユキナお姉ちゃんの微笑む顔が見えた。
どうやら、今日もまた僕たちは姉弟仲良く一緒に寝ていたようだ。
「おはよう……ユキナお姉ちゃん」
「ふふ……そう。私はユキトのお姉ちゃん……」
「なに当たり前のこと言ってるの? ほら、さっさと起きよ」
そう思って体を起こそうとすると……身体が起き上がらない。
まるで何かに、押さえつけられているような……。
体に力が入らないわけではない。ただその力に僕が打ち勝てていないだけだ。
一方、ユキナお姉ちゃんは僕が必死に体を起こそうとする様子を、子を見守るように温かい目で僕を見つめていた。
「ユキト、無理しない方がいい。昨日ユキトは、お姉ちゃんの不手際で魔物の攻撃をもろに喰らったから起きられないよ」
確かに……そうだったような気がする……。
「ごめんね? お姉ちゃんのせいでユキトが傷ついて……」
そう言って、嬉しそうな笑みを浮かべて僕の首に腕を回し、抱きしめるユキナお姉ちゃん。
「ううん……ユキナお姉ちゃんのせいじゃないよ……。それに僕は、ユキナお姉ちゃんがいなかったら生きていなかったかもしれない……そうでしょ? だから……助けてくれてありがとう……」
「ユキト……! 好き!」
助けてくれた事に感謝を耳元で伝えると、ユキナお姉ちゃんは更に強く僕を抱きしめて、耳元で何度も『好き』と囁かれ続けた。
「ユキト……今日は一日中……お姉ちゃんと一緒に寝て体を休めよう?」
「いいの? 冒険者さんのお仕事は?」
「今はユキトのことが最優先。私はお姉ちゃんなんだから……」
ユキナお姉ちゃんは僕の頭をなでなでして、
「たった一人の……家族。だから……お姉ちゃんが傍にいないと……」
と、悲しい微笑みと共に呟いた。
「ユキナお姉ちゃん……うん、わかった。一緒に寝る」
「ふふ……いい子……。それじゃあ、お休みなさい……」
「お休み……」
僕たちは瞼を閉じて、眠りに落ち落ちるのだった……。
すると、夢の中で声が聞こえてきた。
『―――きろ』
「んー………」
『―――起きろ……起きろ! もう一人の俺!』
「ん?」
目を開けるとそこには、金髪紅眼で僕と顔がそっくりの少年がいた。
だけどその顔は、僕とは全く真逆で目が吊り上がっており、怖い印象を受ける顔立ちだ。
「もしかして……ガチモンユーリ?」
「はっ? 何わけわかんねェ事言ってんだァ? お前。ぶち殺すぞ」
ただ本物のユーリだと言っただけなのに、何故かそんな酷い言葉を投げつけてきた。
ふと、あたりを見回すと真っ黒な空間の中に、僕とユーリは宙に浮いていた。
「ここはどこ? そして何故、君は僕の前に現れたの? 今までこんなことなかったのに……」
いつもは声だけで僕にお願いことやら何やらを頼んでいたのに、今回は直接姿を現したのだろうか、そう思ってユーリに訊いた。
「そんなことはどうでもいい。お前……姉ちゃんの名前覚えってっかァ」
「えっ? う、うん……ユキナお姉ちゃん、だけど……」
そう答えると、ユーリは頭を抱えて溜息を吐いた。
「こりゃー重傷だな……。相当根深い≪洗脳魔法≫がこいつを侵食してやがるゥ……」
「一体、どういうこと? 僕、洗脳されてるの?」
目を見開き動揺する僕に、ユーリは「あぁ」と近づいて、僕の頭に手を乗せる。
「今からお前の本当の―――転生してから2年の記憶を思い出させる……さァ、思い出しやがれェ!!」
「うわぁああああああ!!―――……ってあれ? 全然痛くない」
てっきり、こういう場面って洗脳を解かれる側の人って叫んでるから、めっちゃ電撃がビリビリッ!ってするかと思ったけど、普通にスゥーって何か靄が晴れて頭の中がスッキリする……みたいな感覚があった。
そして同時に、本当の記憶を取り戻した。
「……どうだ、思い出したかァ」
「うん。ユキナお姉ちゃんは、ユキナさんだったね。そして僕と君の本当のお姉ちゃんは―――」
「「セリス(お姉ちゃん)、アリス(お姉ちゃん)、ミリス(お姉ちゃん)」」
僕がお姉ちゃんたちの名前を一人一人ちゃんと思い出せているか確認するように言うと、ユーリも一緒にお姉ちゃんたちの名前を言った。
それを見て、僕は確信を得た。
ははぁ~、やっぱりユーリってば……。
「本当はシスコンだね……このツンデレ少年っ」
「てんめェにだけは言われたくないわー!! 殺す!! マジで殺す!!」
僕は手で口元を隠して、むふっとしたニヤけた顔で真実を告げると、ユーリは僕を指差してそう言った後、息切れをしていた。
そしてユーリは、呼吸を整えてから真っ直ぐに僕を見る。
それに僕は、これから真剣な何かを言うのだと思い、僕もふざけるのを止めて真っ直ぐに見つめ返す。
「俺にできるのはここまでだ……後は、分かってるな?」
「うん……わかってる」
ユキナさんに、どうして僕を洗脳したのか、どうして急に僕のお姉ちゃんに成り代わりとしたのか、僕は聞かなければならない。
「そうか……わかってりゃあそれでいい……」
そう言って、ユーリは右手を前に出す。
すると、僕の身体から光の粒が現れる……つまりそれは、この空間から去ることの前触れだ。
「ちょっと待ってよ! ユーリ! 僕はまだ君と話したいことが―――」
「バーカ! 俺はねェんだよ。とっとと帰って……」
「………!!」
僕はユーリの顔を見て驚愕した。
なぜならユーリが、
「―――お前の大切な人たち……安心させてやれよ」
優しくも悲しい笑みで……涙を流していたからだ。
やっぱり君は……!!
「ユーリ!! ユーリぃいいいいい!!」
「……あばよ」
必死にユーリに向かって手を伸ばすが、僕のシュンッと元の世界へと戻った。
その狭間で、最後に見たのは……ユーリの苦しそうな顔だった。
「……ユーリ!!」
僕はベッドから体を起こし手を前に伸ばすと、そこには何もなかった。
「どうしたの? 突然飛び起きて……」
それによって、ユキナさんも上体を起こして、心配そうにユキナさんが僕を見つめる。
ユーリ……ううん、今はユキナさんと話すべきだ。ユーリの厚意を無下にするわけにはいかない……。
それが今の僕にできる、ユーリへの恩返しの一つだから……。
「ユキナさん……どうして僕に洗脳なんかを施したの……?」
「………!! どうしてそれを……」
あの何物にも動じないユキナさんが、目を見開いて激しく動揺していた。
そしてまた僕も、そんな初めて見るその姿に動揺を覚えながらも確信した。
あぁ……やっぱりユキナさんは、僕を洗脳をしてたんだ……。半信半疑だったけど……ユーリの言ってたことは本当だったんだ……。
「まだ聞きたいことがある……。ユキナさんはその……確か、イヤそうにしてたよね? 僕と仲良くなること……ましてや、姉弟のような関係になることを……なのに急に……教えて、ユキナさん! どうしてそんなこと―――」
「うるさい」
感情の無い声が聞こえた直後、がっ、と凄まじい速度でユキナさん僕の首を掴むと、今度は馬乗りになって僕の首を両手で強く力を込めて絞める。
「がぁっ……!! ゆきな……さんっ……!!」
呼吸ができず、言葉も途切れ途切れにしか紡げない。
そしてその圧迫により、顔に血が上って真っ赤になっているだろうと自分の顔を見なくても分かった。
またもう一つ理解したことがある……。
それは、
「お願い死んで? 大丈夫、すぐに私も追いかけるから、一人じゃないよ? だから、安心して死んで? そして一緒に死んで生まれ変わったら、本当の姉弟になろ? ……これ、お姉ちゃんとの約束」
本気で僕を殺そうとしていることだ。
ユキナさんは歪んだ笑みで一方的な願望を押しつけ、また僕は苦しさの余りくしゃくしゃな汚い顔で涙を流す。
ほんとうに……しぬ……!!
僕はユキナさんの腕を掴み、気道を確保しようとする。
しかし、ユキナさんの力が強く、全く気道が確保できなかった。
だけどその直後、少しだけユキナさんの力が緩み、気道が少しだけ確保された。
僕は瞬間的に息を吸い込み、腹の底から叫ぶ。
「―――たすけてぇええええええええ!!!」
その瞬間、この広い一室が光り輝いた。
「くっ……! 何この光……!」
ユキナさんは僕の首から手を離し、光を腕でガードする。
僕はがはっ……がはっ……、と咳をして体から苦しさを追い払っていると、光は徐々に消えやがて人影が見えてきた。
そして僕は、その人影に見覚えがあった。
あ、あれ? この並びとか背の高さ……見たことあるなぁ……。
ま、まさか……こんなことってある……?
「も、もしかして……みんな?」
「「「そ、その声は!! ユーリ(様)!」」」
「「リーユ君!!」」
僕が苦笑いしながらそう言うと、光の中から僕の想像していた人たちが現れるが……。
「「「「誰!? この人たち!?」」」」
と、お互いに指を指し合っていた。
するとしれっと、エルメダがお姉ちゃんたちとエルザに、アリシアお姉さんとリーシアお姉さんを紹介していた。
それに伴って、お姉ちゃんたちとエルザも、アリシアお姉さんとリーシアお姉さんに自己紹介をする。
あはは……まさか、お姉ちゃんたちとエルザとエルメダ、そしてアリシアお姉ちゃんとリーシアお姉ちゃんが来るとは……。何だこの、謎の邂逅は……。
ん……? いや、待ってよ……。
「どうして、お姉ちゃんたちとお姉さんたちがここのいるの?」
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