第26話

「チッ……醜い豚が……」


「ん? どうしたの、おじさんたち」


 横でエルメダが何か呟いたような気がするけど、今はおじさんたちのお話を聞く方が先決だ。


 なので、僕は小走りでおじさんたちに近づいた。


「おぉ~ちびっ子。お前さんの姉ちゃんをよ~俺たちにチィト……貸してくれねぇ~かい」


「な~に、一晩だけよ……ケケケ」


 薬をキメているような顔で、おじさんたちにそう言われた。


「何でおじさんたちに、お姉ちゃんを貸してあげなきゃダメなの?」


「リーユ、こんな汚物どもに関わるな。お主の魂が穢れてしまうぞ」


 背後からエルメダの声が聞こえ、エルメダが僕の横に立った。


「えっ? どういうこと?」


「そのままの意味だ」


 いや、だからどうして僕がおじさんたちとお話ししたら魂が穢れるのさ。


 ちゃんと答えを教えてくれないエルメダに、僕は不満感を持った。


「うひょ~! こりゃたまんないぜ~!」


「ケケケ……近くで見るとスゲーボリュームだな……これは!」


 おじさんたちがエルメダのおっぱいを食い入るように見ていると、エルメダはおじさんたちに侮蔑の視線を向けつつ殺気を放っていた。


 えっ? どうしてそんな強力な殺気を放っているのだい? エルメダさんや。


 回りを見てみると、エルメダの殺気に当てられ尻餅をつく人や、恐怖に染まった顔で体を震わせる人なんかもいた。


 でも、目の前のおじさんたちは全くそれに当たられていない……。


 ということは! このおじさんたちは数々の死線と修羅場を乗り越えた! 歴戦の戦士なのか! スゴイ! スゴイよ、おじさんたち!


 後で、僕に特訓をつけてもらえるようお願いしようかな……。


 そう思っていると。


「えっ?」


 ―――エルメダが、おじさんたちを殴ろうとしていた。


 だ、だだダメだよエルメダ!! 


 君が殴っちゃったら、おじさんたちの肉片があたりに散らばっちゃって!! 


 受付のお姉さんみたいなギルド職員さんが、掃除しなくちゃいけなくなるから迷惑になっちゃうって!!


 それに僕! おじさんたちに特訓をしてもらうんだよ! 


 ……まだお願いしてないけど。


 でもこの後、お願いしようとしているから止めて! 


 僕はもっと、強くなりたいんだぁあああああああッ!!


 そして、いよいよエルメダの拳がおじさんたちの顔面を振り抜こうした瞬間。


「―――あなたたち、そこで何をしているのですか!」


『冒険者ギルド』の入り口から、強い信念を感じさせるような女性の声が響いた。


 誰だろう?


 僕はその女性を見ようとするが、前にいるおじさんたちのせいで見えない。


 そのため、おじさんの足からひょっこりと顔を出した。


 あっ! あそこにいるのって―――エルフのお姉さんたちだ!


 視線の先には、金髪のエルフと肌が褐色で銀髪のダークエルフがいた。


 声を発したのは、金髪のエルフお姉さんの方かな? 


 顔が怒っているいるし、もっと決定的なのは、ダークエルフのお姉さんの方は静かに佇んでいるからね。


 僕の推理力をもってすれば、ちょちょいのちょいだ!


 エルフのお姉さんたちが、おじさんたちの方へ近づくと急に怯え始めた。


「ちょ! ちょっと待ってくれよ~お二人さ~ん! 別に俺たちは、なにもしていないぜ!」


「そうだぜ~! だから頼むよ~俺たちを見逃してくれよ~!」


 命乞いともとれるような懇願をするおじさんたちに、金髪のエルフお姉さんたちは更に険しい顔を浮かべた。


 歴戦の戦士であるおじさんたちが、あれほどにまでビビりまくっている!


 まさか、このエルフのお姉さんたち……それよりもっと強いってこと!


 稽古をつけてもらえるように、お願いしよ〜っと。


「エルフのお姉さん! 僕とお話ししよ!」


 僕はエルフのお姉さんたちの前に立った。


「か、カワイイ~~~っ!!」


 金髪のエルフお姉さんが顔を真っ赤にして僕を見ていると、おじさんたちが「い、今の内に!」と言って、出入り口に向かって駆けた。


 すると、金髪のエルフお姉さんがハッとする。


「ま、待ちなさい! あなたたち!」


 金髪のエルフお姉さんが振り向き、出入り口の扉へ手を伸ばした。


 しかし、おじさんたちはすでに逃げ去っていた。


「わ、私は悪に裁きの鉄槌を下すことができなかったのですね……」


 金髪のエルフお姉さんが、ガックリと肩を落として落ち込んでいた。


 別におじさんたちは悪いことしてないと思うんだけどな……。ただ、エルメダに用があっただけみたいだし。


 そう思った、次の瞬間―――。


『エルフのクソ性奴隷どもッ!! 俺のガキ孕ませまくらせてッ!! 成長したガキごと犯し殺してやるッ!!』


 そんな“闇ユーリ”の悪役セリフが頭の中に響いた。


 僕はその言葉にカチンときた。


 もう、ダメだよユーリ! 僕にはエルザっていう立派なセイドレイのお嫁さんがいるから浮気はめっ! なの!


 だから、そのお願いは却下! 無理っ!


 今回は、君のご要望には沿えません!


 そうは思ったものの、心のどこかでは“闇ユーリ”の要望に叶えてあげたいという気持ちがあったため、僕はもう一度悪役セリフを思い返し模索する。


 セリフの後半の部分に注目すると、光が差したような気がした。


 あっ、後半のお願いはある程度叶えられるね……。


『オカシ殺してやる』ってことは……つまり……。


 ―――お菓子をたくさん食べさせて、お腹を破裂させて殺すことでしょ?


 なら、お腹が破裂しないようにお菓子を上げれば、君のお願いに僕は応えられるね。


 うん、そうしよ。


 僕は「エルフのお姉さん、エルフのお姉さん」と言って、背伸びをして哀愁漂う金髪のエルフお姉さんの肩をポンポンと叩く。


「かわっ!……こほんっ、どうしたの~僕~」


 一瞬、金髪のエルフお姉さんから変な声が聞こえたが、咳払いをしてから僕と目線の高さを合わせ微笑みかける。


 そして、僕は“闇ユーリ”のお願いを叶えるべく、こう告げる。


「あのね、僕! エルフのお姉さんのことオカしたいの!……ダメ、かな?」


「「「えっ?」」」


 僕は小首を傾げて尋ねると、エルフのお姉さんたちに加えて、後ろにいるエルメダから素っ頓狂な声が聞こえた。


 その声に続いて、「えぇえええええええッ!!」という絶叫が、四方八方から同時に聞こえた。


 僕……エルフのお姉さんたちにお菓子を上げようとしているだけなのに……。


 どうしてみんなは、そんなに驚いているの?


 僕はみんなのリアクションが、よくわからなかった。


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