第19話
『クソ雑魚トカゲの分際でッ! この俺様に勝てると思ってんのかよッ! その程度の攻撃でよッ!』
この頭の中に響く声は―――もう一人の僕こと“闇ユーリ”の悪役セリフ……!
どうしてこんな時に……!
しかし“闇ユーリ”の悪役セリフは続いた。
『ホント死ねよッ! マジで死ねッ!………』
あれ? まだ途中だよね? セリフが終わっちゃったよ?
『ま、マジでゴミッ! ゴミ箱に行けよあのクソ雑魚トカゲッ! さっさと……死にさらしやがれッ!』
言葉が詰まっていたのはセリフが思いつかなかったからだね!
それで、少し間が生まれちゃったのか! わかる……わかるよ、その気持ち!
でも…ありがとう“闇ユーリ"。
このセリフは―――僕を助けるためなんだよね。
前回もそうだった…ユーリの悪役セリフによって愛のプロポーズをしたことで、僕はエルザによる死亡フラグを回避できた。
だからきっと……この悪役セリフも僕とエルザを救うため切り札となる。
「これで終わ―――」
「おい! くそざこトカゲ!」
僕がそう言うと、緑色の竜の口の中から光が徐々に消え、≪ドラゴンブレス≫を放つのを止めた。
「……貴様、この我に向かって何と言った? クソ雑魚トカゲだと?」
「うん! 君はくそざこトカゲで! ごみみたいな威力の攻撃しかできない! ごみ箱行き確定なごみかすトカ―――」
「ふざけるなぁああああああッ!!」
緑色の竜の咆哮により生じた強風が、僕とエルザに向かってくる。
「き、貴様の方がクソ雑魚だ! ざ~こざ~こ! アホドジ間抜けのクソ馬鹿野郎! 貴様みたいな弱者が我にそんなことを言う資格は無い!―――とっとと死ねッ!!」
その言葉を聞いた瞬間―――
「うぅ……」
「へっ?」
僕の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。突然、僕が泣き出したことで緑色の竜は目を見開いて素っ頓狂な声を上げた。
「うぅ……ひどいよ……『死ね』だなんて言うなんて……ひどいよ……うわ~んっ!」
僕は地面に膝をつき顔を天井に向けて、ついには大声で泣き始めた。
だって僕、『ざこ』とか『ごみ』って言っただけなのに―――あの竜は『死ね』だなんて言うんだもの……そんな酷いこと言われたら子どもの僕が泣くに決まっているもん。
すると、トン…トン…とゆっくりとした足音がこの空間に響いた。
「ユーリ様……」
「ぐすんっ……えるざ」
涙を腕で拭き顔を上げると、女神のような微笑みをしたエルザがいた。
「ユーリ様は弱者ではありません。心優しく相手を思うことのできる―――強いお方です」
エルザが膝をついて、僕を抱き締めながらそう告げた。その言葉と体温が僕の心に染み渡り、少しだけ元気を取り戻した。
「ありがとうえるざ……だいすき」
「んっ…はぁ……私もユーリ様のことを……愛しております」
僕たちは強く身体を抱き締め合った。エルザの温かい息遣いが耳元に当たってくすぐったいけど、とても嬉しかった。
「おい貴様らッ! 何を我の前でイチャついているのだッ! さっさと離れ―――」
「お黙りなさいッ!!」
「ヒィイッ!」
突如として放たれたエルザの怒号に、今まで聞いたことのない怯えた声が緑色の竜から発せられた。
「ユーリ様……」
エルザが抱き締めるのを止め立ち上がり、微笑みながら僕を見下ろした。
「えるざ……?」
「後は私にお任せください。あのクソ雑魚トカゲに私が―――天誅を下して参ります。ですので、安心して見守っていてください、ね?」
「………」
僕は俯き考えた。
本当だったら女の子に……ましてや婚約者であるエルザに戦いに向かわせる、何てことはあってはならない。
だけど、エルザのあの顔は―――覚悟を決めた人の顔つきだ。僕はその覚悟を放棄しろと言う資格があるか?
否、あるはずがない。
それはエルザに対しての不信と侮辱をした証明だ。そんな自分勝手な感情を押しつけることはエルザにしたくない。
今の僕にできることは―――エルザを信じてこの行く末を見届けることだけだ。
僕は顔を上げ笑顔をエルザに見せる。
「僕、エルザのこと信じてる! だから―――いってらっしゃい!」
「はい! 行って参ります!」
そう言ってエルザは、緑色の竜に向かって跳躍し、レイピアで刺突攻撃を放とうとした。
「フンッ! そんなヨワヨワな攻撃でこの我を倒せると―――」
「はぁッ!!」
「ギャァアアアアアアアッ!!」
ドーンと緑色の竜はダンジョンの岩壁にぶつかり倒れた。
「う、嘘でしょ?」
僕は目の前の光景に目を疑った。
僕の斬撃と魔法でも傷一つ負わなかった緑色の竜が―――たった一撃のエルザの刺突によって血を吹き出し苦痛の叫び声を上げているのだから。
しかし、戦闘不能となりあおむけで倒れている緑色の竜の胴体の上にエルザは乗った。
エルザ……? 何をするつもりなの?
まさか……!
エルザは勝敗が明白になったのにもかかわらず―――攻撃を続けた。
「エルザそれ以上はやり―――」
「お前みたいな生きる価値の無い存在がッ!!」
「ギャァアッ!!」
狂気と化したエルザに向かって、必死に手を伸ばし止めるよう叫ぶが届かなかった。
それでも僕は諦めずに叫び続けた。
「それ以上はやり―――」
「私の愛して愛して愛してやまないユーリ様をッ!!」
「ギャァアッ!!」
「やりすぎ―――」
「侮辱し……」
「ギャァアッ!!」
「やりすぎ……」
「殺そうとし……」
「ギャァアッ!!」
「やりすぎ……だよ?」
「あまつさえ泣かせたッ!」
「ギャァアッ!!」
僕が段々と諦めようとした瞬間―――
「私の愛する人を泣かせるお前なんか―――死んでしまえぇえええええッ!!」
「ウギャァアアアアアアアッ!!」
「ストップストップ~~~~っ!!」
緑色の竜を本当に絶命させようと、両手でレイピアを持ち突き立てようとするエルザ。
それを見て僕は、諦めかけていた心に再び火が灯り、腹の底から大声を上げた。
「ユーリ……様」
エルザは当たる寸前に攻撃を止め僕に振り返ると―――その顔は酷く悲しそうなだった。
「あの…私……ここまでするつもりは無くて……!」
「うん、わかっているよ」
「ぐふ……!」
僕がエルザの元へ駆け寄り緑色の竜のお腹に向かってジャンプすると、なぜかわからないけど緑色の竜がダメージを喰らったような声を上げた。
「僕のために怒ってくれたんだよね……ありがとう」
「………! ユーリ様っ!」
両手を広げるとエルザが僕の胸に飛び込みそのまま泣きじゃくった。
僕はそんなエルザを優しく、優しく頭を撫でた。―――『ありがとう』の気持ちを込めて。
「えぇい! いい加減にしろ、貴様ら!」
ポフッという効果音と共に煙が現れた。
「おわぁ!」
「きゃっ!」
するとなぜか、僕とエルザは緑色の竜のお腹に立っていたのに地面に落ちた。
「いてて……。エルザ……大丈夫?」
「は、はい……」
尻餅をついた僕たちは互いに手を掴み一緒に立ち上がる。
「フンっ、情けないのー貴様ら」
僕とエルザが声のする方へ振り向くと煙幕の中に人影が映っていた。
そして、その煙が徐々に消えていくと翡翠色の髪と瞳をした美女がいた。
―――素っ裸の。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます