第3話

「ふふふ……ユーリ様お着換え終わりましたよ?」


「う、うん…ありがとう」


 僕は苦笑いをしながら鏡を見た。


 そこには貴族服を着た僕と、うっとりとした顔で口元から涎を垂れ流し僕の後姿を見つめているサーシャが鏡に映っていた。


 サーシャが僕の着替えを手伝っているとき、僕の体をじ~っと見てきたり触ってたりしてたけど……どういうことだろう?


 まぁいいか。サーシャが着替えさせてくれたことは確かだ。


 深く考える必要は無い。


 そうだ、サーシャは僕にスカートの中に入られるの好きだから着替えさせてくれたお礼に試してみようかな?


 いや、スカートの中に入るのは恥ずかしいし、イケないことのような気がする……。


 なら、その中間にしよう。


 僕は頬を緩ませているサーシャの方へ振り返り、腰に腕を回し抱き着いた。


「ぎゅ~」


「ゆ、ユーリしゃま!?」


「どうかな? サーシャ…嬉しい?」


 僕はサーシャの顔を見上げながら尋ねた。


 すると、サーシャは「ぶはーっ」と鼻から大量の血を吹き出して倒れた。


「サーシャ!……サーシャ!」


 僕は倒れたサーシャに近づき名前を呼ぶが反応しなかった。


 しかし―――


「ユーリしゃま…しゅき~」


 サーシャは気絶したまま変な顔でそう呟いた。


「はぁ…よかった」


 サーシャの命の危機は無かったということを確認した僕は安堵した。


 だが、ここからが問題だった。


「このまま放置はよくないよね。僕のベッドで寝かせてあげたいんだけど……」


 僕は自分の体を見た。


 この体…8歳の体で成人の女性を運べるかな?


 そんな不安が頭を過ったけどすぐに取っ払った。


「ううん、僕はあのユーリだ。主人公以外に負けたことのない、一応強い部類に入るあのユーリだ。きっとこの体でも十分サーシャを運べる力があるはずだ! よし!」


 僕はそう鼓舞をしてサーシャをお姫様抱っこしようとした。


「うぉおおおっ!!」


 僕は全身に力を入れると、何とサーシャをお姫様抱っこすることができた。


 しかも軽々と。


「あれ、苦戦するかと思ったけど意外とあっさり。

 ふむふむ、さすがユーリ…さすが異世界転生……」


 僕は頷きながらサーシャを運び僕のベッド上で寝かせた。


「さて、着替えもバッチリ! 他の使用人たちに謝りに行こう!」


 そうして僕は再び、謝罪の旅に出掛けた。


 ……屋敷内のね?



「ふ~、何とか使用人のみんなに謝ることができた」


 そう廊下を歩きながら呟いた。


 僕の想像では一人ぐらい僕に対して怒る人がいるかと思ったけど、セバスチャンやサーシャと同様にみんな笑顔で僕を許してくれた。


「みんな優しい人で良かった。だけど―――」


 次に謝りに行く姉3人は、果たして僕のことを許してくれるだろうか。


 三女の赤髪ツインテール元気っ子のミリスお姉ちゃんは、僕に勉強を教えようとしてくれたのに


「勉強しかできない雑魚! 騒音! つるぺた!」


と傷つけた。


 次女の青髪ショートボブで根暗なアリスお姉ちゃんは、僕に魔法を教えようとしてくれたのに


「運動神経ゴミ! じめじめ女! ムチケツ!」


と人格を否定した。


 特に長女の銀髪ポニーテールイケメン女子のセリスお姉ちゃんには最低なことを言った。


 過去のユーリは剣を教えようとしてくれたセリスお姉ちゃんにこう言ったのだ。


「脳筋女! 乳デカ! うざいんだよ!」


 ―――死ね!


 人に…家族である姉に『死ね』だなんて絶対にどんな理由があっても言ってはいけないことをユーリは言ってしまった。


 しかも、前のユーリはそのことに罪悪感を抱いていると僕は知っている。


 でもユーリは、謝りたいけど謝ることができなかった。


 持ち前のプライドの高さとツンデレな性格が原因で。


 しかし、だからといって謝らなくてもいい理由にはならない。


 尚更、一番最初に謝るべきはセリスお姉ちゃんだと僕は思った。


「よし!」


 僕はセリスお姉ちゃんの部屋へと駆けだした。



 そして、セリスお姉ちゃんの部屋の前に辿り着き深呼吸をした。


 うん、ちゃんと謝るぞ。


 僕は意を決して扉をノックした。


 すると、「はい」と女性にしては低くカッコイイ声が扉の奥から聞こえ、ガチャッと扉が開かれた。


 いよいよだ。


「おはよう…セリスお姉ちゃん」


「あ、あぁ…おはようユーリ。珍しいな、私に何か用があるのか?」


「うん…実は謝りたいことがあって……」


「私に謝りたいこと?……取り敢えず中で話を聞こう」


 そう言って、セリスお姉ちゃんが僕を抱っこしようとするが、ハッとした表情になりやめた。


「す、すまない。ユーリは嫌だったな…私に抱っこされるのは……」


 そうだった、小さい頃ユーリはセリスお姉ちゃんの抱っこが大好きだったけど、成長するにつれてユーリは嫌がるようになったことを思い出した。


 正確には、セリスお姉ちゃんが好きすぎて恥ずかしくなったからだけど。


 本当に不器用だな。


 好きなら好きって、して欲しいならして欲しいって言えばいいのに。


 こういう風に―――


「セリスお姉ちゃん! 抱っこして!」


 僕は落ち込むセリスお姉ちゃんの首に腕を回し抱き着いた。


「ゆ、ユーリ!……あぁ、分かった」


 セリスお姉ちゃんが驚くがすぐに微笑むのが顔を見なくても分かった。


「ふふふ……部屋に入ろうか」


「うん!」


 セリスお姉ちゃんが抱っこをして一緒に部屋に入った。


 セリスお姉ちゃんは僕を抱っこしたままベッドに腰掛け、僕はセリスお姉ちゃんのお膝の上に跨る形になった。


「それで、私に謝りたいことって何だ……?」


 セリスお姉ちゃんのそう尋ねた瞬間、僕の瞳から涙が零れ落ちた。


 罪悪感というのもあるが、その声と表情が余りに優しくて温かくて……思わず泣いてしまった。


「うぅ…セリスお姉ちゃん……ぐすっ……」


「大丈夫だ……ゆっくりでいい……」


「うん……ぐすっ」


 セリスお姉ちゃんが僕を胸元へ抱き寄せ、頭上から優しい言葉を掛ける。


 だけど…その言葉に…セリスお姉ちゃんに甘えてはダメだ。


 ちゃんと顔を上げて目を見て謝るんだ!


 例え今、涙で顔面がぐしゃぐしゃになっていたとしても!


 僕は顔を上げ、セリスお姉ちゃんの目を真っ直ぐに見た。


「―――『死ね』って酷いこと言って……! 

 ごめんなさい……!」


「! ……ユーリが謝りたかったのはあの時のことか。しかし…気に病む必要は無いと思うが、ユーリは本心で言ったのではないだろう?」


「当たり前だよ! 僕,、セリスお姉ちゃんこと大好きだもん!」


「そ、そうハッキリ言われると照れるな。でも……ユーリの気持ちは十分伝わった。だから、そう自分を責めるな。人は誰しも誤ることがある。

 その非を認め謝罪のできるユーリは立派だと私は思ったぞ。本当は優しい…自慢の弟だ」


 そう言って、セリスお姉ちゃんは僕の頭を優しく撫でた。


 そして僕は―――


「うわ~~~んっ!!」


セリスお姉ちゃんに抱き着き、大きくて温かい胸の中で……思いっきり泣き叫んだ。











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