第2話 異世界探偵

 十年前、謎のトラックにひき殺された彼女は気がつくと、赤ん坊となって母親と思しき女性の胸に抱かれていたらしい。

 見るからに西洋人風な両親と、赤ん坊としかいいようのない自分の身体。

 言い聞かせられるのは聞いたことのない異国の言語。

 曲里はすぐにトラックにひき殺された自分が、前世の記憶を保持したまま転生したのだと理解したという。

 名門貴族ランダバート家の長女、マキナ・ランダバート。

 それが、彼女の新しい名前であり人生だった。

 その人並み外れた順応力で新たな人生を歩みはじめた彼女は、自らが転生した世界が自分の知るものとは大きくことなることに気づき、驚愕する。

 そう、彼女が転生したそこは「科学の代わりに魔術が発展した並行世界」とでも言える世界だったのだ。

 そして、彼女の生まれたランダバート家は、代々優秀な魔術師を輩出する名家だった。


「まぁ、私はいわゆるWEB小説というものも嗜んでいたからね。そんな世界への適応も早かったよ」


 小説の中で得た知識を元に赤子の頃より最大魔力量を増幅する特訓を行い、無詠唱で魔法を唱える術を身につけた彼女は、幼いながらも天才魔術師としてその頭角を表し始める。

 彼女の世界での魔術と呼ばれる技術が、使用者の強い精神力と高い集中力を必要とするものであることも、彼女にとっては幸いだった。


「要するに強く思えば思うほど、深く考えれば考えるほど、使用する魔術の威力が上がるっていう仕組みなんだけどね。これが前世で名探偵をやっていた私の灰色の脳細胞とかっちりかみ合ったってわけだ。五歳になったころにはもう既に、その世界でも十数人しかいないと言われるS級の魔術師として周囲から恐れられるようになっていたのさ」


 そんな彼女は、飛び級に飛び級を重ね、六歳になる前に王国随一の魔法大学へと入学。特待生として、様々な魔術の研究・開発に勤しむようになっていた。

 そこで彼女は、研究半ばで頓挫し封印されていた「とある秘術」の存在を知る。

 それは「異世界人を勇者としてこの世界に召喚する魔法」だった。

 この時、彼女はある可能性に思い当たる。

 この魔法を完成させ応用すれば、人間の異世界同士の移動が可能になるのではないか。つまり自分が元の世界に戻ることもできるのではないかと。

 気付いてしまったら、もう逸る気持ちを止められなかった。

 彼女は早速その秘術の研究をはじめ、山あり谷ありのすったもんだではや四年。

 研究中に出会った森の賢者やら魔族やらの協力を借りながらも、このたび、とうとうその術を改造してできた新たな秘術「異世界への扉を開く魔法」の完成にこぎ着けることができたというわけである。


「というわけで、栄えある第一回目の実験に成功し、私はこうして前世の私がいたこの世界に戻ってくることができたってわけさ! ただいまテクノロジー! ただいまコンビニエンスストア! ただいまマクドナルド! そして、ただいま! 令人君!!」


 芝居かかった口調でそう叫んだ金髪少女が、令人に抱きつこうと飛びこんでくる。

 それはまるで、少女漫画のワンシーンのような光景だった。

 キラキラと輝く光のエフェクトを背に、愛する者の胸に飛びつくヒロイン。

 そのまま二人は幸せなキスをして終了、というクライマックスにありがちな一連の流れ。

 だが、実際はそうならなかった。

 これまでの話を黙って聞いていた令人は、彼女の身体を空中でキャッチし、そのまま元々座っていた安楽椅子へと戻してあげる。

 そして、深いため息をついた後に問いかけた。


「おうちの電話番号分かるかい? お母さんかお父さんに迎えに来てもらおう」

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