第41話 幽霊ダンジョン

「元気~。おひさー。1週間ぶりね」


 突然目の前にシラユリ様が現れた。


「私の情報はよかったでしょ。あのダンジョン、私が発見したのよ。20階層まで攻略したけどね。最初に冒険者に探検させてよかったでしょう。普通の冒険者だったら皆殺しだもんね。軍が封鎖して探索しても誰も疑わないわ。それにあそこには色々と面白いことがあるのよ。ヒントをあげとくわ『100階層の転移門を使うこと、詠唱は門柱に書いてあるわ。冒険者の服装で行くこと、100階層から71階層までの魔物とは戦わないで逃げること』私もただ逃げるだけだったわ。転移魔法が無かったら今頃魔獣のくそよ」


「今日も抱いていただけますか?」

「あなた昔から男愛せないもものね」

「それはあなたのせいです……でもそれでいいです。今日は休暇日です。お食事はシラユリ様が好きな目玉焼きを作ります。昔のように」

「そうね、今日はそうしようかしら。でもあなた!私の指名手配書全然似てないわよ。しかも絵?」

「他の人にシラユリ様の顔を見せるの嫌だったのです。だから私が適当に描きました」


 ~~~~~~~~


 年が明けた。


 フタマタ商業国家軍は王都100階層に集結していた。


「今から我国で初めて女性大将となられたアーメリア王国侵攻軍筆頭フタマタ商業国家陸軍第一師団長イタレカダ・ニタナア大将から訓示がある。皆心して聞くように」


「オッホン。皆楽にしてよい。

 今回の作戦開始は女性でありながら初めて我国の統治者となられた国家最高機関最高指導者イレキ・シタワ様より直接指示がある。

 私はそれを伝えるのみだから、大した役割はもっていない。

 諸君は今回の事情をよくわかっていないと思う。これまで最高機密として秘匿ひとくしてきた。だが、我国の置かれている実情と今回の作戦を行うことになった事情をイレキ最高指導閣下から作戦開始の指示がくるまで話しておこう。


 少し長くなるが、この話を聞き終わった頃には諸君は作戦実行に燃えているだろう。それに喜べ、作戦が成功した暁には諸君の階級は全員1階級上がることになる。そうだ給金が増える。だが、決して2階級特進はしないように。家族が悲しむ。私も悲しい。いちいち慰問しなければならないからな。私を煩わせるな。


 特に武勲のあった者には金貨10枚を与える。

 なお、特に注意すべきはマリアンナ王女の側近だ。情報によれば転移魔法を使う。王女を逃がす可能性もある。転移魔法の最大の弱点は転移を完了した瞬間一時的に魔道士の意識が止まっていることだ。

 その瞬間首をねる。

 騎士であれば訳無いことだ。安心して戦え。


 王族の首を取った者には特に金貨100枚がイレキ様より下賜かしされる。

 ドキュメント王の首を取った者には特別に“私を食べてもらう”喜べ。

 では今回の作戦に至った経緯を伝える。」



 イタレカダ大将は滔々とうとうと語った。


 フタマタ商業国家は企業の利益団体である商団連の代表者と陸海空全軍の最高司令官と民衆の代表国会議員から選ばれた国家元首と3人の合議制で成り立っていた。


 何かをしたくてもいつも誰かが足を引っ張る。

 商団連は自分の利益のために経済と税金を実質的に支配し、外交に関しても政府に口を出していた。


 国家元首は選挙前のみ口当たりのよいことを発表し選挙が終われば商団連の代表を問会議と称して側に置き操るつもりが実際には金で操られていた。そのため民衆のための政治は行われていなかった。


 結局軍部と企業のシーソーゲームによる政治運営であった。

 あっちにほいほい、こっちにほいほい。

 国家元首は企業の方を向いたり、軍部の方を向いたり、いつのまにかこの国の外交は“二また外交”となっていた。


 フタマタ商業国家のフタマタは国家創建時に国家名を募集したときに、それを揶揄やゆした民衆が付けた名が1位となったためにつけられたものだった。

 そんな状況に軍部はいらついていた。





 ある日わずか20階層であったがダンジョンが新たに発見された。

 新ダンジョンは“幽霊ダンジョン”と名付けられた。

 小規模ダンジョンであったため冒険者はすぐに20階層に到達した。


 だが、ある噂が広がった。

 20階層には怪物が住んでいて冒険者が消える。そして二度と帰ってこない。

 幽霊ダンジョンは19階層までにしろ!!


 今思えば20階層程度しか潜ることができない冒険者程度では王都ダンジョン100階層の魔物には対処できない。


 王都ダンジョン100階層を単独で行くには少なくともA級でなければならない。それも魔物から逃げるための資格だ。だから低階層専門の冒険者は王都ダンジョン100階層に転移したとたん魔物に食い殺されていた。


 餌が魔物の目前に突然現れるから魔物にとっては出口で口を開けて待てばいいのだ。


 ある日軍幹部がイレキ・シタワ様がすき焼きが食べたいという理由で魔牛を探してこいと命令された。

 しかもわざわざ休日に新たに発見された幽霊ダンジョンに潜り牛の5倍ほどの大きさの魔牛が20階層にいるから行けと命令されたのだ。


 軍人はA級冒険者出身であったのでこの程度の魔牛はうさぎ狩り程度の労力しか要しない。剣を振るったとたん、魔牛は安全地帯に向かって逃げたが……消えた。


 軍人は追いかけたが、その先には巨大な魔獣に食われる魔牛の姿があった。

 軍人はとっさに巨大な魔獣にミスリル制の大剣をふるったが弾かれた。


 そこには見たこともない景色が広がっていた。どこか分からないが、ダンジョンであることは理解できた。

 ちょうどよかった、休日を取ったので軍服を着ていない。

 いやわざわざ着なかった。最高指導閣下に冒険者の服装で行くように命令されていた。


 軍人は王都ダンジョンを自分の国にあるダンジョンと勘違いした。

 新ダンジョン発見これは大発見だ。報償ももらえる。老後は安泰だ。

 このダンジョンの出口を探し上に上に登った。

 魔獣が出てきても決して戦わずに逃げた。とても怖かったのだ。


 メンドウ大陸のダンジョンは、理由は判明していないが必ず下に下に階層が続く。

 軍人は20階層分登ったが誰もいなかった。

 あとどれくらい登ればいいのか。期待と不安が募る。


 気力を振り絞って10階層分登ったときにある冒険者一行に出会った。

 やっと安心感が湧いた。

 そこには知った女の顔があった。

 女は他の者にわからないようにこちらに会釈してきた。

 やつは我国のスパイだ。

 そうかここはアーメリア王国か。


 軍人はリーダーらしき者と話した。

 「え~!最高到達階層の73階層から戻られるのですか。もったいないですね」


 彼女はここがアーメリア王国の王都ダンジョンでここは70階層で、すでに1週間潜っていること、「体が臭くなりますよね、早く風呂に入りたい」とか世間話をした。


 軍人は女に軍部だけに通用する暗号で尋ねた。

“いい天気ね。私煮物の作り方わからないの。今度おしえてね。”

(怒ってないわ。スパイ活動で得た軍部の情報を早く教えろ)


 だが、女は目がおびえていて、返事はなかった。


 知りたいことは判った。

 もう用はない。

 100階層に戻り周辺を探索した。


 門構えの鳥居をみつけた。

 門柱に見たことのない記号が刻まれていた。

『“ここで引き返すことを勧める。これから先は未知の世界が広がっている。300階層まで超大型魔物が住んでいる。力のない者は刃向かうな。300階層から先は私も行っていない。いや、301階層に行ったが、そこにはこの世の理不尽があった。あなたが人害級であるならば200階層までとせよ。超人害級であっても300階層までとせよ。それより先は理不尽だ。きっと精神を害することになる。私は見ただけで病んでしまった。ここより戻れ。” hajimaihajimari “と唱えよ。1階層でもう一度考え直す時間を与えよう。この転移門は一方通行だ』


 軍人にはこの碑文は読めなかった。

 読めたのは共通語で記してある” hajimaihajimari “だけであった。

「” hajimaihajimari “」と唱えると本当に1階層に出た。


 そのままダンジョンを出て王都の町並みに出た。

 賑やかだった。

 人々は王女のことを話していた。

 かわいい。キュート。治癒魔法が使える・しょぼいけど一生懸命に治してくれる。

 なによりもこの世界には二人としていない黒髪・黒瞳だと。


 軍人は元々ダンジョンに魔牛肉を取りに来たため金銭を持っていなかった。

 お腹が空いたが何も買えなかった。


 ひとまず興奮を抑えて戻ることにした。

 階層の途中では小さな魔物の肉を焼いて食べ飢えをしのぎながら2週間をかけて100階層に戻った。


 70階層以上では魔物とは決して戦わなかった。

 怖かったからだ。

 全容はわかったから軍人は本国に帰った。


 軍部に顔を出すと、皆驚いていた。

 2週間も行方不明だったのだ。

 だが軍人は軍部に報告せず、国家最高機関最高指導者イレキ・シタワに直接今回のことを話した。


 翌日軍人は中佐から大将に大抜擢された。


 名を”イタレカダ・ニタナア”という。



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