第37話 眠りの大陸

 マリアンナはメンドウ大陸の大陸竜に乗せられて”眠りの大陸”に行くまでの短い時間を使って魔力反転について教えてもらう。


 大陸竜が話始めた。


「メンドウ大陸はあと2週間で魔力反転が起こる。儂はもう長くない。最後に眠りの大陸の“あれ”が会いたいという。

 儂も会いたい。

 魔力反転が起こるとメンドウ大陸ではお前ほどの魔力があっても魔法が使えなくなる。

 お前の魔力は無くすに惜しい。


 眠りの大陸は2週間後に魔力が1万年ぶりに復活する。

 あそこで暮らすこともできるぞ。


 いつもなら我らは1万年の時をかけて眠りにつき魔力回路を回復する。

 ときどきうっすら目を覚ますがの。


 太古の昔より眠りから覚醒すると4万年間大陸に魔力を注ぐという繰り返しをしてきた。じゃが儂の魔力回路は寿命じゃ。修復できないほど痛んでおる。

 眠りの大陸には人も魔物もいない。1万年の間に見捨てられた。

 ただ一頭の大陸竜がいるだけだ」


 公式の世界は四大陸であったが、眠りの大陸は魔力のない土地であるため大陸として認知されていなかった。

 人は魔力のない大陸では魔法と魔道具が使えない。

 おまけに魔物はやっかいではあったが狩猟の対象でもあった。そして極めつけが、魔力のない大地では野菜や果物の育ちが悪いのである。

 いずれ不毛の地となる。


 そして眠りの大陸になると海域から魚が離れていく。

 海はきれいだが魚のいない大陸となる。


 不毛の地となっても最初の10年くらいは住み慣れた土地を離れたくないとそのまま住み続ける者もいた。

 年を重ねるごとに状況が良くなれば人は希望を抱いて働く。

 だが1年1年どんどん状態が悪くなるのだ。

 りんごの実がピンポン球くらいになったぐらいでは人は諦めない。だがその翌年にはその半分ほどの実しかならないのだ。しかも毎年目に見えて結実が減るのである。


 麦畑も最初の5年でほぼ壊滅した。

 砂漠化こそしないが、雑草程度しか生えない。こ

 れが全土で起こるのである。


 漁師は網を上げても海星ひとですら入っていない。

 海藻はもう生えていない。

 ただ透き通った底まで見える海が広がるだけだ。

 住民は最初の5年で絶望した。10年目には大陸に数百人しか住まない。そして20年が経過したころには誰一人いなくなった。


 魔力のない大陸は不毛の地となった。

 魔力反転の順序をあえて言うならば、オボナガ大陸→マタワレ大陸→眠りの大陸→メンドウ大陸→イドリ大陸である。


 そう、魔力反転は1万年に1度必ず起こって五大陸は1万年ごとに順序正しく魔力を喪失する。


 魔力反転がいつどこから始まったのかは大陸竜すらわからない。


 次の魔力反転が起こる大陸はメンドウ大陸だ。


 魔力反転が起きると建物は魔力でできているからすべて崩れ始める。

 大陸は痩せ枯れて植物は育たなくなる。

 魔物は消え次の反転が起こる大陸に瞬間転移する。

 残念ながら人は不毛の地に残されることになる。

 魔力の復活する大陸に移動するか、他の大陸に移住するかだが、他の大陸もすでに人が国をつくっている。無理矢理移動すれば当然また人同士の争が始まる。


「人とは哀れな生き物よ。

 全員が生きていけるわけでもないが大陸竜の嶺まで来れば細々と生きていくこともできるのだがな。

 人の力ではそれもなかなか困難なことか。

 一度覚えた贅沢ぜいたくは忘れられんのかの~。

 人はこの繰り返す魔力反転を4万年の間に忘れてしまう。


 あやつの姿が見えるがもうそろそろ限界のようじゃ。行けそうにない」


「大陸竜さんがんばって。私の魔力を渡しますから」

「すまんな。お前だけでも行ってくれ」

「いえ、一緒にいきましょう。あそこまでなら瞬間移動できます」


 私は確実に転移したかった。

 いつのまにか自然に詠唱をしていた。


「妖艶なる天地の神々よ我が手に転移の力の生成を発動させん。テレポーション」


 眠りの大陸の大陸竜の側に転移できた。


「すまぬ」


「転移できてよかったわ」




 ◆眠りの大陸 大陸竜◆


「はじめまして大陸竜さん」

「そうか。200年ぶりだのう」

「?」

「思い出さぬか。まあいいそのうち思い出す。時代の節目にはお前と出会うのう」

こやつを連れてきてもらってすまぬのう。

メンドウ大陸の大陸竜は現在生きておる大陸竜の最高歳でもうすぐ100万歳じゃ。もう死期が間近い。本来死期が近づいた大陸竜は卵を産むのだがのう。



少し顔を赤くして大陸竜さんは語る。


「今回我が種付けするからと言ったのじゃが、こやつはかたくなに嫌がったのじゃ。

 儂らは雌雄同体で死期が近づいたときだけめすとなる。

 メンドウ大陸の大陸竜は雌になりきれんだった。

 たとえその気になってもさすがにあと2週間では間に合わんがのう。

 卵が羽化するのに1,000年かかる。とても間に合わん」


「ねえ、疑問があるので教えていただけますか?

 ここは魔力がないと聞いたけど私はまだ魔力が使えます。

 どうしてでしょうか」


「ここに来たときもじゃが、メンドウ大陸竜の背中に乗ってる間も魔力は喪失しなかっただろう。障壁に守られている範囲は大陸竜の魔力があふれているからじゃ。

 だから我の障壁内にいればメンドウ大陸に瞬間移動できるが、今のお前の能力ではまだ無理じゃな。

 メンドウ大陸には届かん。海にドボンじゃ」


「ねえ、あなたも死期が近いの?」


「我はまだ60万歳じゃ、まだまだ死なん」


「じゃあなぜあなたのそばに大きな卵があるの?……」

「それはなあ、なんというか……無理矢理にでもメンドウ大陸の大陸竜に卵を産ませたくて、他の大陸竜と相談して我はじゃんけんに負けたのじゃ。

1001年前にあれの寝起きを襲ったのじゃが、反対に、その~、されてのう。良かったのじゃ。

 我は目覚めてのう、それから体がのう。

 どうしても我慢できんでのう。

 1年間毎日せがんでしまったのじゃ、そしたら我にできてのう。かわりにこやつは魔力をどんどん失ってのう」


「こやつもこんなに弱ることもなかったのだがのう、我が毎日足腰たたんようになるまで求めてしまったのがいけなかったのかのう、こやつはこんなにせこけてのう。

 我はどうしても最後は看取みとってやりたいのじゃ」



大陸竜さんは私の方に首を向けて


「すまぬがお前に頼みがある。

卵があと2週間で“羽化”するから我の魔力が復活したら同時にメンドウ大陸に転移してくれぬか。メンドウ大陸の魔力喪失時間とこの大陸の魔力復活時間にはほんの少しだが誤差がある。その間にメンドウ大陸の大陸竜がいたメンドウ山脈の頂上の火山に投げ入れてくれぬか。羽化して魔力を大陸に注ぎ始めるはずじゃ」


「でも、5回の順序が狂ってしまわない。4万年ということは、次はマタワレ大陸と魔力喪失が重なるわよ」


「心配するな。毎日やったおかげで我と“こやつ”の魔力がたっぷり注がれている。その卵が羽化したら最初のみだが5万年分の魔力を生み出す能力を持つことできる。

娘よ。お前にもう一つ頼みがある。新しく生まれた大陸竜に名前を教えてやってくれ。『大陸竜メンドウ』と。

娘よ。お前の今の名を聞くのを忘れておった。教えてくれ」


「私の今の名前?私はマリアンナ・イイナよ」


「そうか、お前は200年前にここに来たあやつの子孫でもあるのか、確かアヤネ・イイナと言っとた。黒髪に黒い瞳そのままじゃのう。懐かしいの。ついでに話しておいてやろう。我の元に来ることができた人間は3人じゃ。

 200年前が2人目じゃ。


 大陸竜は生まれたときから障壁が張られるでの。じゃがあやつらはお前と同じように我の障壁がまるでないとばかりに来てから、眠りの大陸のことを聞いてきたのじゃ。我はまだ眠りが覚めてなかったが、あやつらもお前に似た暖かい魔力をもっておって、少し話してもよいかと思ったのじゃ。200年前のお前、いやあやつはつがいと日々戦っておってのう。疲れておったのじゃ。戦争で死んでゆく領民のことに心痛めておった。ここに来てあなたと一緒に眠りたい、とな。我とは生きる時間が違うでのう、それは無理じゃ、とな。


 それからあやつに子が生まれたと言ってまたやってきた。子に自分の魔力が全く遺伝していない。どうしたらよいかとな。ずいぶん期待さていたようでな。長い時を生きたわれならば知っていると思ったのだろうのう。我も知らなんだ。あやつは心を病んでおった。それからもう二度と来なかったがな。


 去り際に“私ね、本当の名前は”藤森綾音”というの。お母さんは藤森幸子、お父さんは藤森恭一、もう一度お父さんとお母さんと東京スカイツリーに行きたかった!”と言っておった。我には何のことかわからんだったがのう。それから我はまた眠りについたがな。


我の名を言ってなかったな。我の名は“大陸竜大和やまと”じゃ。


 この大陸の本来の名前は「大和やまと大陸」という。


 お前の大陸の“大和王国”の住人はこの大陸の出身じゃ。

 本人たちももう忘れてしもうとるがの。人の寿命は短いでの。

 そのうちまた人々が来て栄えるであろう。マリアンナお前は我ら大陸竜が常時発動している障壁をくぐることができる希有な才能をもっておる。

 たまには遊びに来い。我の話相手になってほしいでの。


 この世界の人間は我らの障壁に近づくことすらできぬのに、やはりお前はおもしろいのう。この世界の者ではないからかもしれんのう。それがこの魔力の暖かさの理由かもしれん。


 いや、お前の優しさだろうな。

 まあよい、これも何かの縁じゃ。

 われも大陸竜としか話さんから、話すといっても念話だがの。

 同じ話ばかりで飽きておった。これからもよろしく頼む。

 こうして声を出して話すのもいいものじゃ。


 それと、お前の母だがの。お前の一族の中では最も魔力が少ないようじゃ。あの家系だったら苦労したと思うぞ。なにせ魔力がほとんど無いのじゃからな。だが、お前の母がいたからお前がおるでの。それにお前には2人分の魔力が感じられる。


 そうそう、大和王国はメンドウ大陸で一番小さな国だが大和大陸の文化を継承している。あの国にはエルフの里があるから今度行ってみるがいい、お前の話相手となる者がいるはずじゃ。それにお前のほしい食べ物があるはずじゃ。また来い。また会えて嬉しかったぞ」


 と大陸竜は話した。


 私は初対面ですよ!!


 この世界の者には全く理解できない言語だが、日本語なのだから日本人には理解できる。いや大陸竜の言語を日本人が真似たのかも知れない。


「おっとそうじゃ。ここに来る方法がないの。アヤネ・イイナにも与えたが、お前にも我の加護をあたえよう。ここまで一瞬で来ることができるようになるでの」


障壁内が黄金色に包まれマリアンナの両腕に七色に輝く大陸竜大和の姿の紋章が浮き出た。超人害級の紋章だ。


「お前もやはりあやつらといっしょか。我の加護を受けることができるのは紋章が出ていない人害級の能力がある者のみじゃ。紋章が出るということはそこ止まりの証明でもあるからの」


 それから2週間後魔力反転が起こった。私はメンドウ大陸竜が死ぬのを大和大陸竜と一緒に看取った。メンドウ大陸竜の体は灰となって散っていった。

私はメンドウ大陸竜が死んだ瞬間に魔力反転が起こったからすぐメンドウ大陸に瞬間移動したが、大和大陸竜のむせび泣く雄叫びがメンドウ大陸に瞬間移動しても聞こえた。メンドウ大陸の人々にはただの大きな音にしか聞こえないだろうが私は心が痛かった。


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