第14話 ドキュメント・イイナ

 儂とクドレイナの子ができた。


 儂はクドレイナの母モンシロ・イイナが38歳のときに2番目の夫としてやってきた。

 モンシロと前夫はこの世界にはめずらしく、魔法学校で大恋愛のうえ結婚したらしい。

 前夫はダンタリア帝国との紛争に王国軍筆頭魔道士として参加したが部下の裏切りによって惨殺ざんさつされた。

 どうもダンタリア帝国の臭いがする。


 モンシロには今年21歳になる娘(クドレイナ・イイナ)がいたが彼女も数日前に夫を亡くしていた。


 モンシロはその後前王の命により儂と結婚したが、儂と床を共にすることはなかった。

儂は前々王の第三婦人との間に生まれたので前国王とは30歳ほど年の差があった。儂は少数派であった国王を支えるため独身を貫き通した。もてなかったわけではないぞ。


 イイナ伯爵家は隔世遺伝で特別な素質の子が発生する家系であった。モンシロも傑出した王国軍筆頭魔道士であったが、戦が嫌いでさっさと辞めてしまい、その地位を夫に譲っていた。


 前国王はイイナ伯爵家の魔法使いとしての素質を惜しみ弟の儂をモンシロの夫とさせたのだが、モンシロとは子をなすことはできなかった。

 そうこうしている間に前国王は逝去してしまった。


 クドレイナは離れに引っ込んでいたため、今まで会ったことがなかった。

 離れといってもこの屋敷から数キロメートル離れている。

 儂は離れの近くにある小川で釣りをしていた。

 大漁の魚を抱えて離れを横切ると彼女は花壇の花々に水をやっていた。


 振り向いた彼女を…… 一目見て恋に落ちてしまった。

 クドレイナも儂を想ってくれた。

 二人が恋仲になるのに時間はいらなかった。

 そしてクドレイナは懐妊した。


 クドレイナにはモンシロの素質は遺伝しなかったようで釜の火種を出すとか1日コップ一杯の水を出すとか生活できる程度の魔法しか扱えなかった。

 本人が言うにはこのイイナ伯爵家200年の歴史で最もショボイ魔力なのだそうだ。


 子が生まれた。マリアンナと名付けた。

 モンモモンモとしか言わない子だった。

 いつも遠くをみてる。

 まるでこの子には魂がないような。

 それでも儂には目の中に入れてもいいほどかわいい子だ。


 魔法の才能は隔世遺伝しなかった。

 黒髪はクドレイナに似て、黒瞳はモンシロにそっくりだ。

 儂に似てない。ちょっと寂しいがこの子は宝だ。


 メイドたちが騒いでいた。マリアンナが桃の木から落ちたらしい。

 あーーー儂がそばにいなかったのがいけなかった。

 後悔しても遅かった。


 意識がない。

 切り傷と擦り傷が痛ましい。

 特に背中のあざひどい。

 儂の初めての子なのだ。なんとか助けることができないか。


 アーメリア王国創世記の国王と一緒に戦った魔法使いは超人害級の魔道士だったらしい。生きてさえいればどんな怪我や病気も治させたという。この魔法使いの家系がイイナ伯爵家だ。だが、それから200年優秀な魔法使いは出たが、超人害級の魔法使が出ることはなかった。まあ、いまそのような魔法使いが出てしまうとダンタリア帝国だけでなく北部三カ国も敵にする可能性がある。

 出なくてよかったのかもしれん。


 マリアンナが喋った。桃の木事件で意識を取り戻してから急に喋るようになった。

 まるでき物が落ちたように。


 マリアンナの傷が急に消えた。金色のシャワーが降り注いで。

 クドレイナにマーメイダやメイドたちまでキツソウ神が奇跡を起こしたと騒いでいた。


 儂は聴いた。

 マリアンナがそれこそ小さな声で「いちゃいのいちゃいのちょんじぇけー!」と。


 治癒魔法を使える者は希少だ。魔法は本来ならば「妖艶なる天地の神々よ……」と詠唱しなければならない。

 普通の治癒魔法であっても魔力の少ない治癒士であれば一度使うと翌日は足腰が立たないくらい魔力を消費する。だがこの子は平気な顔をしている。

 まあ、何にしても無事なのが一番だ。


 マリアンナは低い場所にあった桃が無くなっていたので木に登っていたとメイドが報告してきたから桃の木を調べてみた。

 確かに低い位置にあった桃がなくなっている。枝にオリーブ油を塗布したあとがある。

 どうやら何者かがマリアンナを狙ったとしか思えない。

 どうも最近シラユリの動きが気になる。


 儂はマーメイダをマリアンナ専属メイドに替えた。

 クドレイナは儂が守るからいい。


 マリアンナが魔法を教えてくれと頼むので、喜んで教えてやった。

 まだ言葉が幼稚なので詠唱がうまく話せない。

 それがまたかわいい。

 爺バカぶりにクドレイナはあきれていたが、毎晩儂の背中に爪痕を残すのは誰じゃい。

 今夜もマムシ酒を飲まんと体が持たん。


 マリアンナは儂のことをジイジイという。お父さんと言って欲しい。確かに戸籍上は爺だが。


 マリアンナの魔法は桁違いだった。

 治癒魔法は桁外れだが、火炎魔法も桁外れだ。

 もうどんな魔法が出てくるのかわからない。

 これは完全に秘匿しなければならない。


 桃の木事件以後マリアンナの魔法の進歩はめざましく、儂は教えることがないので義姉にお願いした。


 王国建国以来この200年の間にマリアンナ並の転移魔法が使える者は1名しか輩出していない。それもアーメリア王国創世紀イイナ伯爵だけだ。初代イイナ伯爵は黒髪・黒瞳だったらしい。肖像画の顔もマリアンナによく似ている。


 マリアンナは伝聞による領域にはまだ達していないようだ。膨大な魔力を消費する転移魔法では魔力の少ない転移魔法使いは遠くへ行けない。せいぜい移動距離が1メートル程だ。国内屈指の特級魔道士クシカツ・チョビットでさえ数百メートルという。だがマリアンナの転移距離は国内であれば一瞬で行くことができる。治癒魔法も桁違いだ。悲惨な状態であっても死んでいなければ一瞬で治癒してしまう。

 通常治癒魔法では病気は治らないが光魔法も回復魔法も使えるようで同時に使って病気も治してしまう。


 影からシラユリがマリアンナの毒殺をたくらんだと報告があった。証拠を手に入れることができず、シラユリを廃除できなかった。暗殺が心配だったから、マリアンナには瞬間移動で毎日儂の部屋で寝るように言いつけた。


 嫌だというので、小遣いをなしにすると告げると”まいにちいきまちゅ・ぐしゅん”と項垂うなだれていたが、決して儂がお前の頬をスリスリしたいからではないからな。


 何度かマリアンナの枕に剣を刺した痕があった。儂は影を増やした。

 暗殺者はすべてドンマイ川の魚の餌としてやった。ついでに”かげろう”と名乗る組織も潰しておいた。


 くれぐれも目立たないようにとマリアンナには命じている。


 シラユリが軍に入った。

 マリアンナが卒業するまでに中将に昇進してしまいよった。

 そろそろどうにかしないとまずいことになりそうだ。


 マリアンナが卒業した。

 帰ってこいと言ったのじゃが、冒険者になるという。

 反王族軍と対立する冒険者ギルドだから帰ってくるより冒険者の方が安全かもしれない。ここに帰ろうすれば一瞬で戻ることができるので、それはそれでよしとしよう。頼もしい仲間もいることだしな。

 儂は毎日励んでいる。

 マムシ酒もう一本。

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