第10話 シラユリの卒業後


 王立魔法学校の教師や生徒はマリアンナのことを誤解していた。いやシラユリにより誤解させられていた。


 魔法もろくに使えないから初等科魔法学園の入学式で不正な手段を使ったが入学を拒否されたため暴れて校舎を破壊したことになっていた。


 有力貴族であることをいいことにショボイ治癒魔法しかつかえないのにごり押し入学したわがまま娘と吹聴されていたのだ。


 シラユリ在学中は妹のマリアンナに直接意地悪をすることは気が引けたが、シラユリが卒業してしまえば、止めるものはいない。シラユリに自由を奪われていた彼らにとっては今までの鬱憤うっぷんを晴らすことができる環境ができたのだ。やらないわけがない。


 マリアンナが二年生になったその日からいじめてきた。

 体育館で新学年での朝礼では上級生が足をひっかけようとしたり、椅子の上に押しピンを並べたり、マリアンナの給食にゴキブリを入れたり、情けないいじめであった。


 マリアンナはやっと8歳だ。今年9歳になるが、日本でいえば小学3年生だ。そんな子に同級生・3年生・教師・教頭・校長からのいじめである。普通ならば1日として耐えることはできない。


 真正面から攻撃しないのは豚組がいるから怖いのだ。

 豚組の男子は剣技では学校随一であったし、魔法についてはシラユリがいなくなったことでキレイナとカネヨの魔法にかなう者はいなった。


 だが、どんなに陰湿な攻撃も、事前にすべて防がれた。豚組の面々が守ってくれたのだ。


 足をひっかけようとした三年生の足はビリットとヒンセイが同時に蹴り上げその足はあさっての方向をむいていた。


 カネヨとキレイナが押しピンを置いた生徒5人を校門の前に並べてスカートとパンツを脱がして後ろを向かせカネヨがボス女に

「こら、あんたは何本置いたの?」

「私は置いてません」

「そう、嘘つくのね。50本だわ」

「違います。12本です」

「そう、だけどあんた汚い尻ね。1本、2本、尻に押しピンを刺していく……12本」

「痛い。痛い。もう止めてください」

「あんたがしようとしたことよ。あんたが最後ね。何本置いたの?」

「6本です。すみません。ボスに言われてやったのです。本当は嫌だったのです。勘弁してください」

「何言っているの。断ればいいでしょ。尻を突き出しなさい」

「あんたの尻も汚いね。腹黒いというけど、あんたら尻黒いよ」

「1本」

「痛―い。止めて-」

「止めるわけないわ」

「校長に言いつけるわよ!」

「そう。言っていいよ!6本目。いいわ。これで勘弁してあげる。あんたら全員こっちを向いていいよ」


 下半身スッポンポンの彼女たちの前には下校中の生徒が見物している。

 恥ずかしい恰好を見られ、しかも悪事を全て他の生徒に知られてしまったのだ。

 スカートとパンツを抱えて校舎に消えていった。

 尻には押しピンが食い込んでいる。


 ゴキブリを入れた生徒は10人もいた。

「お前らバカか。10匹も入れたらすぐにばれるだろうが」

 ゴキブリを入れた女生徒10人は体育館に正座している。

 ビリットがゴキブリの入った箱をもっている。

 キレイナがゴキブリを女生徒の口に入れていく。

 女生徒はそのまま失神する。

 キレイナが怒鳴る。

「あんたらね、やられて嫌なことをするんじゃねぇ」

 これらのことがあってから陰湿ないじめをしなくなった。


 校長は授業初日にマリアンナを汚くいじめた。


「マリアンナはこの問題もわからないのか。シラユリ様と大違いだな」

 へんな問題だと思ってミラージュ先生に聞いたら「これは問題が間違っているわね。いくらやっても答えは出ないよ」だとよ。


「マリアンナはこの初級魔法も使えなのか。」

「ごめんなちゃい」

 おいおい、宇宙魔法なんて聞いたことないぞ。

 お前だってできないじゃないか。

 絵で説明しないで自分で見本を見せろ。


「マリアンナこの魔法の詠唱をしなさい。」

「ようえんにゃるちぇんちのきゃみぎゃみにょ……」

「ははは、詠唱すらまともに言えないのか。姉に優秀な素質を全部もっていかれたのだな。はははは!」


「マリアンナには個人授業をするから放課後私の部屋に一人で来なさい」

 校長は嫌らしい目でマリアンナを見ている。

 マリアンナが震えてるじゃないか。


「校長!」

「なんですか。ビリット君」

「マリアンナは腹が痛いので早退します」

「許可できません」

「マリアンナ行くぞ」

「でも……ビリット……」

「マリアンナ行くよ」

「カネヨ、いいの?」

「いっしょに出るよ。ねえヒンセイ」

「もちろんだ。キレイナ」

「こんな授業必要ない。行くぞ」

 カネヨとヒンセイがわたしの手をとって教室を出た。

「お前たち、そんなことして、許されると思うなよ」

「すきなようにしな」

 ビリットがそう言うと、校長を一発殴って教室を出た。


 翌日から校長のいじめはなくなった。豚組になんのおとがめもない。

 授業中、校長の目がきょどっている。


 校長が教頭時代から昨日まで続けていた”いやらしい痴態”の写真が2日目の朝学のとき黒板にいっぱい貼ってあったのだ。


 生徒に紛れている影がビリットの机の中に写真を入れていたのだ。


「今日は授業が始まるまでアイマスクをしようね」

 とカネヨが言ってマリアンナにアイマスクをしたからグロイ写真は見えていない。


 豚組の面々はマリアンナがすごい魔法使いであることを知らないからとにかく頑張った。


 そんなある日のこと豚組に転校生がやってきた。

「転校生を紹介する。双子の姉妹だ。豚組にきたのだから優秀ではないということだろう。儂もよく聞いていない。今朝紹介を受けたばかりだし、あれ、誰に紹介されたかな?まあ適当にやってくれ。今日はおかしい。早く帰ろう」


「私はマリといいます」

「私はアンナといいます。こんにちは。よろしくお願いします。」

「おいマリアンナあの子たちお前と同じ黒髪・黒瞳だぞ。めずらしいな。それにお前に少し似てないか?」

「うんそうなのビリット、どこかで会ったような、違うような?」

「何言ってるんだ、お前これまで学校と伯爵邸かチビット辺境伯邸のどちらかの人としか会っていないだろう」

「そうなのよ。よくわからないけど、なかよくしましょう」


「お父さんは何してる人?」

「カネヨ、家族の職業とか聞いたらいけないんだよ」

「あ、そうだね、ヒンセイ。ごめんね。変なことを聞いて」

「あ、いいですよ。豆腐屋です」

「初めて聞いたぞ。トーフヤってどんなスイーツだ?」

「ビリット、とぼけているに決まってるでしょ。もう違う話題にしようよ」

「ねえ、今日魚釣りに行く日なのよ、いっしょに行かない?」

「行きます。行きます。」


 みんな授業は聞いてない。釣りの話で盛り上がっている。

 先生も豚組のことには無関心だ。

 気にせず黒板に期末テストの範囲を書いている。


「釣れたぞ。これは大きい2匹目ゲット(ビリット)」

「私も1匹ゲットだよ。今日の晩ご飯は魚の煮付けだね(キレイナ)」

「僕も2匹目が釣れたよ(ヒンセイ)」

「私はボウズよ(カネヨ)」

「あと2匹釣らないと全員に行き渡らないね(マリアンナ)」


「マリアンナ、何言ってるんだ。全部で5匹だから全員分あるじゃないか」

「え、でも、さっきもう2人いなかった?」

「おいおい、まだボケる年ではないだろ」

「ビリット、そうね。なんでそう思ったのかな。まあいいや。早く帰って焼こうね」


 そんなこんなでマリアンナの学校生活は平穏だった。


 姉は少将に昇進した。入隊後わずか1年でだ。もう神がかっている。


 マリアンナは三年生になった。

 王立魔法学校設立以来初めて9歳で三年生となった。


 イイナ伯爵領の魔法学園では新校舎が建築されたのはマリアンナが古い校舎に入ることを嫌がって爆破したからだ。というのがもっともらしく語られていた。


 マリアンナの初等科魔法学園での評判はすこぶる悪かったが、マリアンナと同級生になるはずだった生徒には評判がよかった。


 なにせボロボロの古い校舎の予定が新築の校舎に入れるのだ。

 しかも魔道エアコン付きなのだ。トイレも魔道水洗トイレだ。

 この国でも王族かイイナ伯爵しか使用していない。

 水洗トイレの構造はわりと簡単だが、汚物を分解処理する魔道具が金貨50枚かかるのだ。


 魔法学校での評判もよろしくなく、教師間ではマリアンナについて話すときは”カミカミちゃん”という隠語で話す。


 王暦209年7月7日、10歳の誕生日にチビット辺境伯城で誕生日会を開いてもらった。クシカツ姉様はモデルのように綺麗になっていた。

 でも胸はAのままだ。まあひいき目にみてもBかな。


 おいおい、チビットさん大きいのが好きなのはわかるがあからさまにメイドの胸に目が寄っているよ。

 クシカツ姉様に相手してもらえなくなっても知らないよ。


 翌日にはクシカツ姉様に久々に魔法を見てもらった。

 もういちいち詠唱はしない。かけ声はそのときの状況に応じて発している。

 ムッツリでいきなり魔法を出すなんて引くもんね。


 魔道カバンの材料が欲しいからついでに竜のいる山脈に出かけた。

 ここの竜は食用にならないけど、魔道カバンの材料には最高だと教えてもらった。


 とりあえず傷がつかないようにエアーカッターで首を落とす。

 ドキュメントが一体ほど剥製はくせいにしたいから無疵むきずで倒して欲しいというので氷魔法を使って脳天を突き刺す。氷のやりでは強度が足りないから槍の周囲を障壁で囲む。全部で3頭倒した。赤・緑・茶だ。


 クシカツ姉様は「ついでに私のも作ってくれない。この前あなたが持っていたデザインがいいわ。若々しいし。魔道バッグと言ったかしら。コンパクトだし、それにあなたの亜空間はデタラメだもんね。チビット辺境伯城くらいスッポリ入るからね。特大イリュージョンができるわ。超国宝級よ。あまり人に渡したらだめよ。そもそも竜の素材は普通手に入らないからね。でも私にはちょうだいよ。代わりに斬新なデザインを考えておくからね」


 2週間をかけて作りあげクシカツ姉様にプレゼントした。

 順番はお母さんが先だ。当然だ。


 そんなこんなで年を越した。そしてあっという間に卒業間近となった。


 卒業時の通知表は5段階評価でオール2だった。オール3と思っていた。

 点数的にはオール3のはずなのだが、なぜか1段階下げられている。

 同級生から卒業時にはアヒルさんと言われた。


 それでも卒業できた。卒業式は日本と同じ3月中旬から下旬だ。卒業式は3月16日と説明があった……らしい。でも俺たちは校長の話なんて聞いてない。


 当たり前だ”大富豪”に夢中なのだ。

「あ~、私また大貧民」

「マリアンナは弱いなあ」

「ビリット、だって私だけ4枚交換するなんて、ルール変更大反対!」

「お前に人生の苦労を味わってもらうためだ。将来領民を大切にしてもらいたからな」

「私はそんな酷いことしないよ~」


 姉は俺の卒業直前に中将に昇進した。たかだか15歳だ。

 姉は伯爵家を継ぐ気があるのだろうか?

 すでに婚約者もイエナイ辺境伯の七男に決まっているというのに。


 俺はアヒルの成績なので、王都の軍・官僚・出先機関はたまた民間からもお誘いはなかった。どのみち次女だから伯爵位を継ぐこともないが、どこにも就職できないのはまずい。なぜか内申書に問題児と記載されていて、履歴書すら受け取ってもらえなかった。


「ははは、もういいや。冒険者になる」

 なるのではなく、もう冒険者の道しか残されていなかったのだけど。

 伯爵家に戻って暮らすこともできるけど日々変化のない日常は耐えられない。

 ジジイの頬スリスリにも耐えられない。




 ◆マリアンナ視点◆


  あの顔を見ていると転生前がよみがえる。わたしがトイレで弁当を食べることになった原因を作ったやつのことを。校長はあの男にそっくりだ。

 身長こそ低いけど顔も仕草もそっくりだ。

 それだけで十分なのに嫌らしい目でみてくる。あの目に睨まれると声が出なくなる。

 2年生初日は校長が魔法実践の授業を担当した。

 今朝校長とすれ違ったときにお尻を触られてからずっと悪寒がしている。


 校長に魔法を詠唱するように言われた。

 怖い。

 あのときのことが脳裏をよぎる。

 声がでない。

 ふり絞って声を出したけどうまく言えなかった。

 校長が笑っている。

 個室に来いという。

 怖い。

 魔法が使えても脳裏に焼き付いたものは離れない。動けなくなってしまう。


 豚組のみんなが教室を一緒に出てくれた。

 ビリットが校長に顔にグーで殴った。

 校長がやり返そうとしたら、ヒンセイも殴った。

 カネヨが校長にキン蹴りをした。

 うなっている校長に頭からキレイナが魔法で水をかけた。

 ありがとう。

 震えが止まった。

 やっぱり豚組のみんなといっしょがいい。


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