第6話 母クドレイナの思い

 イイナ伯爵領の住人は、俺は魔力に恵まれずショボイ治癒魔法を使うが、一生懸命に治そうとしてくれるかわいい女の子と思っている。


 俺はそれで満足だ。

 他人の前では擦り傷程度しか治さない。ジジイとの約束だ。

 ジジイは、”いちゃいのいちゃいのちょんじぇけー” は新しい詠唱だと説明している。


「かわいいのに、すご~い!」

 と言って巨乳お姉さんたちが抱いてくれるから、わざとらしく詠唱していることは誰にも言わない。


 今日も俺のかわいい声が響く。

「いちゃいのいちゃいのちょんじぇけー」


 おいジジイお前は抱きつかなくてもいい。


「絶対に人前で使ったら駄目だよ。マリちゃんとジイジイの約束だよ。指切りげんまん嘘ついたらマリちゃんのほっぺに“ちゅ”」


 嫌だ、俺は絶対約束を守る。俺への“ちゅう”は巨乳お姉さんのものなのだ。

 まあ、お母さんは許す。


「あ~、このぷにゅぷにゅがいいのよね。たまらないわ。私もちょっと前まではぷにゅぷにゅだったのよ。この感触がたまらないのよね」


 毎日ほっぺにすりすり・ちゅうちゅうしてくるが。ちょっと前じゃないだろ。

 かなり前だぞ。


 俺の治癒魔法は死んでいなければ治すことができるレベルのものまでバージョンアップした。

 死人は魂が抜けているから治せない。


 俺は詠唱をしないと言っても、無言で魔法を出していることは少ない。

 火炎魔法などは爆弾をイメージして”ドーン”とか氷のやりなどは”ビューン”とか気持ちを声にしている。治癒魔法を使うときなど、特に重症の時などは自然に「”治って。死なないで。頑張って。お願い。”」

 と心の声が出ている。


 ジジイは新しい詠唱です、と済まして応えている。回りの人は信じてるんだよな。気持ちが出てるのだから毎回同じこと言えないのですけど、録音器を発明して!


 ジジイは軍に知れたらすぐにでも連れて行かれるからヒ・ミ・ツだよっ、と頬ずりをしてくる。いちいち頬ずりするな!


 剣の訓練は俺が治癒魔法を使えることを知っているから遠慮がない。今日もジジイが振り下ろした木剣で肩を骨折したが、長時間痛いのは嫌なので瞬時に治す。


「ごめんね。マリちゃん」


 ジジイも骨折してみろよ。瞬時に治るといっても痛いのだぞ。


 この国では治癒魔法を使える者は少なく、使えても一般の治癒魔道士は切り傷程度しか治せない。しかも病気は治癒魔法では治せない。


 俺は病気は光魔法と回復魔法で病巣を健康な状態に戻し、治癒魔法で体力を回復させる。今ではすべてを同時に発動させることができる。


 骨折を治せる治癒魔道士は軍か王都の王立治療院にしかいない。


 一般の治癒魔道士は1日に2~3人しか治療しない。上級治癒魔道士になると1日に10人位治療することができる。10人以上に治癒魔法を施さないのは魔力が枯渇して、翌日は足腰が立たないほど疲労するからだ。


 俺は何人でもカモンだ。俺の魔力は規格外のようだ。体は小さいが魔力オーラは体の数倍ある。ちなみに一般の治癒魔道士の魔力オーラは指先ちょっとだ。


 俺は後々の煩わしいことがいやだから人が見ているときはすり傷程度しか治さない。特別な理由でどうしても治さなければいけない状況になったときは魔道誓約書にサインしてもらう。


 魔道誓約書を書かせたくないし、自分の平和のためにも、ただの幼女として過ごすことに決めた。


 お母さんのためにイイナ伯爵城の近隣を掘ったがお湯は出なかった。さすがに今回は城の周りは掘削していない。

 試掘は地中掘削機をイメージして掘っている。以前のようにドカーンと一発ですることもできるのだが誓約書だらけになる。

 でもお湯は出なかった。


「お母さん、温泉はしばらくの間チベット辺境伯領に行こうね」

 お母さん、小学生じゃないのよ。口を膨らませないの。



 数十メートルで温泉が出なければさっさとあきらめるのが得策である。それに浅い場所からでる温泉は枯れることが少ない。深い温泉は湯だまりの水が枯れたらそれでおしまいだ。

 その点浅い場所では回りの地下水が流れ込むので温泉が枯れることが少ないのだ。


 だから子供みたいにプイプイしないの!




 ◆クドレイナ視点◆


 この子を見ているとあのころのことが嘘のようだわ。

 私は名門イイナ家に生まれながらまともな魔法が使えなかった。


 あれは魔法学園に入学した日だったからしら。


「今日は教育実習の先生が来ています。みなさん仲良くしてくださいね」

「はーい……」



 ~昼休み……教室の片隅で生徒に囲まれているクドレイナ~


「おい、みんなこいつ魔法が使えないんだぞ。」

「そうよね、イイナ家のお荷物だって有名だもんね。」


 いつも一緒にいる二人が私をさげすむ言葉を投げる。


「使えるわ。ただ、ちょっとしか使えないだけよ」

「それはもう使えないと言うんだぜ」

「あはは……」「あはは……」……


 名門に生まれたがゆえにひどくからかわれた。


「みんないけないよ。女の子にひどいことしたら。魔法が使えることが全てではないよ。それに魔法は比べるものではないんだ。幸せになるためのものなんだよ。それに仲良くしたほうが楽しいよ。

 みんな仲直りして。はい握手」


「ごめん」「ごめんね」

「ううん、これから仲良くしてね」


「いいぞ。これからお前は俺たちが守ってやるよ」


 あの教育実習生のおかげでいじめられなくなった。

 私をいじめようとする子が現れるとクラスメイトが守ってくれた。

 たった2週間だったけど実習生がみんなと私の仲をとりもってくれた。


 あれがあったから魔法学園のクラスメイトが魔法学園でも私を守ってくれた。

 あの二人は仲のいい夫婦となった。

 執事長とメイド長として今も私達を守ってくれている。


 教育実習だった先生との間にマリアンナが生まれた。

 生まれながらどこかこの世の者ではないような子だった。

 とても魔力が覚醒しそうな気がしない。

 でもいいの。

 生まれてくれただけでいいのよ。


 桃の木事件があってからマリアンナは生まれ変わったように喋るし、魔法はモンシロ母さんをすでに上回っている。


 私のために温泉を探してくれている。


 マリアンナ生まれてくれてありがとう。



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