第5話 チビット辺境伯温泉

「転移魔法の卒業試験をします。ここに地図があります」


 クシカツ姉様が見るからに手書きの古めかしい地図を出した。


「これは私が軍にいたときに描いた付近の地形図と風景の描写よ」


 地図のあちらこちらに日付と名前が書いてある。

「クシカツ姉様、この日付と人の名前は何?」


「これは!!気にしなくていいわよ。その日に“した場所と相手の名前”よ」

「チビット辺境伯以外の人が100人はいるよ」


「若いときはそれぐらいしないとね。あの人ね、大きな声でいえないけど早いし小さいのよ。親が決めたから結婚まではいろいろ試したいじゃないの。あなたも一人だけで終わらせたらだめよ。大事なことなのよ。生まれた子が女の子でよかったわよ。男の子で遺伝してたら恨まれるところだったわ」


 女は恐ろしい。


「いいこと、あなたは私と違って目視できない場所にも転移できます。ですがこの地図が古いので地形が変っている可能性もあります。転移した場所が地中だったり魔獣が集まる場所だったりしたら大変でしょ。それを防ぐため、目視できない場所に初めて行くときは必ず一度目は弓が届かない空中に転移して浮遊したまま回りの状態をよく見てから目視で転移先を確認して2度目の瞬間移動をしなさい。あなたは詠唱を必要としないからもし万が一火炎が飛んできても瞬時に転移できるから大丈夫よね」


「はい。そうします」


「さあ行くわよ」

「はい、クシカツ姉様」(美人だがAサイズだから幼児語はではない)


 二人で空中に転移する。飛竜が沢山飛んでいる。赤・青・緑・黒・白・黄・茶・いろいろな種類がいる。下を見ながらクシカツ姉様がある場所を指さす。


 氷の山々が見える。


 転移したが着地した場所が斜めに傾いていた。

 水晶のような氷はきれいだったが普通の靴で来たから前のめりに滑った。

 これは綺麗だ。目前には小ぶりだが数十頭の恐竜が氷の中で飛んだままの状態で凍っている。


 これは壮観だ。そのまま眠っているようだ。せっかくだから溶かすことにした。氷はゆっくり溶かす。そして回復魔法と治癒魔法をかける。


「うわあ。飛んだよ。恐竜さんよかったね」


「ギャオー、グオー、ガブ」


「あ、飛竜に全部食われた」

「マリアンナ飛竜の餌にしただけだったわね。人生そんなものよ」

「餌となった竜を食った飛竜は私がバッグの素材として狩った」

「生きるのって厳しいなあ」


 ウインドカッターで大きな氷山を50センチ間隔でさいの目切りしてクシカツ姉様の魔道カバンに入れる。クシカツ姉様の作った魔道カバンの中は亜空間で時間が止まっているから氷が溶けない。


「これいいでしょう。これに馬車3頭分入るのよ。一応この国で最も量が入る最高品よ。これでこの夏はおいしいかき氷が食べられるわ」


 な~んだ自分が欲しかったのか。


「はい、合格よ。浮遊魔法もできるようになったから、次回は飛翔魔法の訓練よ。プリントを渡しておくわよ。予習をしてね」


「はいありがとうございます。がんばります。それと今度魔道カバンの作り方も教えてください。素材がたくさん取れたから母の日にプレゼントしたいです」


「まあ、そう、やさしい子ね。それで母の日って何?」


 土魔法も思い浮かべるだけで高さ10メートルの壁を作ることができるようになった。土を深く掘ることもできた。


 夏は汗をかくので風呂に入りたい。せっかく外にいるのだから温泉がいい。

 土魔法の訓練も兼ねて片っ端から森の至る箇所に穴を掘る。

 だけど森の中では湯が出なかった。


 しょぼくれて転移魔法で帰る。

 門番に挨拶してから二人で庭を歩きながら世間話をする。


「そういえば昔この城を建築したときに城の近くに硫黄いおうの泡が出ていたと記録があったわ。もしかしたら屋敷の庭を掘ったらお湯がでるかもね。チビットに相談……・」


「ドカーーーーーーーーーン!!!」


 お湯が出た。俺はクシカツ姉様がチビット辺境伯に相談してからと言う前に、一発かました。善は急げだ。城が揺れる。


 チビット辺境伯が・ビータンが、メイドが、クドレイナが、マーメイダが庭に飛んでくる。


「どこからの攻撃だ?!!」


 辺境伯が叫ぶ。


 庭に大きな穴が空いて熱水が噴き出す。俺がにっこりと熱水を見ている姿を見て誰もが理解した。

 クシカツ姉様がチビット辺境伯に告げた。


「屋敷の者全員に誓約してもらわないといけないわね」


 下働きから門番に至るまで全員が此処で死ぬか魔道誓約書にサインするかどちらか好きな方を選びなさい、と。


 そりゃみんなサインするよ。


 これまでメイドは木のたらいに水を入れて体を拭いていた。お湯に入れるのは貴族だけだ。


 俺はみんなで温泉に入りたい。さっそく土魔法で穴を広げて、幅10メートル奥行き20メートルに楕円形を整え、土のままでは汚いから魔力を流して石にする。表面がザラザラでは素肌が痛むから高温で表面を焼く。ガラスのようにツルツルになる。

 しかも下地は近隣の竜のいる山の鍾乳洞から大理石を取ってきて洗い場を埋める。

 背もたれは岩を並べて雰囲気を出す。見た目は岩風呂、足下と洗い場は大理石の豪華品だ。


 ついでに城から温泉までの道のりを大理石で埋める。

 俺は子供だから丸見えでもいいが、お姉さんたちは恥ずかしがるので温泉を土魔法で囲んでみたが景観が悪かった。森の木を四角にカットしてそのまま土に突っ込んだ。


 当然柱用の穴は木材が腐るのを防止するため魔力で石にしている。柱には大きな木を切っ突っ込んだ。屋根は木組技術を真似て敷き詰める。これだけの重量がある木材であれば釘がなくても落ちることはない。雨も漏れることはない。隙間には粘着剤として松ヤニを埋めている。水は側を通っている川から引いて掛け流しができるようにした。これらを1日で行ったのでみんな口をポカーンと開けて見ていた。


 俺は今2つ目の温泉を掘っている。

 チビット辺境伯ってのお願いだ。

 20代まで若返った湯上がりのクシカツ姉様を見るとムラムラするらしい。


「二人で入れる大きさでいいからもう一つ頼む。ついでにすぐ隣にも部屋を造ってくれ。屋敷まで待てん」


 子供にそんなこと言っていいのか。この爺さん。まあいい、俺は童貞だがお前の気持ちはわかる。造ってやろう。


 雰囲気を出して片方は全部岩で作り、もう一つは全部大理石だ。

 洗い場は総大理石。お部屋も大理石を敷いた。そのまま行けるように、大サービスだ。

 クシカツ姉様には薬草の知識も教えてもらったから、片方の湯船には薬草を入れている。薬草風呂だ。美容にいいと喜んでくれた。


 あれっ!お母さんは喜んでない。渋い顔をしている。これはまずいかも。お風呂でお母さんにたずねた。


「暗い顔してどうしたの?」

「気にしなくていいのよ。私は心が広いですから。伯爵領にも欲しいと思っても口に出すのは大人げないですからね。ほほほほ!」


 そうなのね。伯爵領にも欲しいのね。明日にでも温泉探すよ。

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