第3話 チビット辺境伯夫人

 馬車は道路の悪さが直に伝わる。

 日本の昔の道路のようだ。


 砂利が敷いてあるのは王都ぐらいだ。


 デコボコな道路には水たまりもある。雨が降らなくて良かった。


 馬車が凸凹でこぼこに当たると俺の小さな体は宙に浮く。その度にドンと落ちて尻が痛い。


 アーメリア王国は貧乏な国のため道を整備する費用が捻出できない。地元民のボランティアでなんとかやりくりしているありさまだ。


 目の前ではなぜかジジイとクドレイナが綾取りをしている。よく酔わないものだ。


「お母さんまで付いてくるの。イイナ領のことはいいの?」


「マリアンナ、大丈夫よ。私はお飾りだからいてもいなくても執事長のビータンが徴税から軍事まで全部やってくれるからいいのよ!」


 自分からお飾りって言っていれば世話ない。


「ねえ、あそこでお昼にしない。あ・な・た」

「そうだな」


 ジジイ!お母さんは俺に言ったのだぞ、なんでお前が返事する。お前は”あなた”ではないだろ。

 お母さんからすれば”お義父とうさん”だろ。




 そうこうするうちに、チビット辺境伯のお城が見えてきた。門番が駆け足で飛んでくる。


「よくいらっしゃいました。ドキュメント様、奥様、お嬢様。すぐに連絡します」


 俺たちは門を抜け城の前に着いた。目前には執事とメイド達が出迎えていた。


「あれ!ビータンがいる!」


 俺はビータンがいたので馬車から降りて手を振りながら走った。


「あなた様がマリアンナ様ですか。初めまして。執事長をしておりますビートンと申します」


「ビートン?」


「ははは、ビータンは私の双子の兄です」


 そうなんだ。そっくり。話し方も仕草も。

 ねえあなた本当はビータンでしょ。だってあなた私と話すときだけ鼻がピクピク動くのよ。


 そんなに私の側にいたいのなら、一緒に馬車に乗ればいいのに!ドッキリ企画でもするのかしら。


 チビット辺境伯も出迎えていた。ジジイには似ていない。母親似ということだ。


 チビット辺境伯は前々国王ザックリ・ソンシタがチビット辺境伯領の国境警備を視察に来た際に前チビット辺境伯の第3子カタリーナ・チビットに生ませた子だ。


「兄上、無理なお願いをして申し訳ありません」

「お~!久しぶりだな。どれどれこの子は……以前会ったときとは雰囲気が違うな」


「あのー、初めてお会いしますが」


「そうか、あのときはまだ1歳だったからな。覚えていないか……それにしても……

利発になって。よしよし、儂と剣の稽古を明日からしようぞ。そうだ儂の嫁さんを紹介しよう。嫁さんのエマ・チビッタだ。モンシロの姉にあたる。この国に2人しかいない特級魔道士の1人だ」


「ごきげんよう。私があなたに魔法を教えることになったエマよ。それより疲れたでしょう先にお食事にしましょう。あなただけのために昨日からじっくり煮た自然野菜とベーコンのポトフをごちそうしますわ」


 エマお婆ちゃんは、串カツでも食べていたのか串を口に入れてもぐもぐしていたと思ったらそのままピュッと飛ばした。


「マリアンナちゃんはまだ魔力を普段まとうことができないのね。纏えるようになればそんな毒蜘蛛が近寄ることはないわ」


「どういう意味?え!」


 串が蜘蛛を貫き壁に刺さっているよーーー。


 おじいちゃんが昔木枯らし紋次郎という番組で長ようじをピュッと飛ばして蛾に刺していたと言ったことを思い出した。見たことがないから分からないけどきっとこんな風だったんだろうな。密かにクシカツおばあちゃんとあだ名をつけた。


 その日は田舎料理を堪能した。

 でも、俺だけこれ。みんなうさぎのローストを食べていた。

 俺もローストがいいな。


 翌朝、庭で魔法の確認をすることになりエマお婆さんが魔法を使ってみなさいと促す。


「どう?一晩寝て体の変化を感じた?ここから手前のあの木に向けて火炎を撃ってくれるかな?」


「はい。妖艶なる天地の神々よ我が手に炎の生成を発動させん。ファイヤー」


 俺は手前の木に向かって火炎を放った。

 指先にウォーターメロン程の大きさの火炎ができた。

 そのまま投げると手前にある小木の大きさまで成長した火炎玉が小木を吹っ飛ばしその先にある小高い丘の木々を丸焦げにした。


「まあ!!!聞いていたとおりすごいわね。私の火炎魔法より遥かに威力があるわ。あなたもビックリしたでしょ」


「昨日のポトフね、ドキュメントから魔力が安定していないと相談されて、原因ははっきりしているのよ。突然の魔力発現に魔力回路がついてきてないのよ。魔力回路が不安定なため火炎が大きくなったり小さくなったりするの。細い血管を太くしたら血液がドバーと流れるでしょ。魔力を含んだ球根にベーコンを入れて一晩中私の魔力を流しておいたのよ。あなたと私は血縁だから私の魔力が馴染んだようね」


「これでこれからどんな魔法を使うにしても魔力が安定して使えるわよ。ベーコンは別に意味ないわよ。ただ私が好きだから」


「でもちょっと威力がありすぎるわね。今でも超特級並ね。ちょと腕を見せてくれる。紋章は出ていないようね。そのうち出ると思うから、出ても慌てずにドキュメントに相談するのよ。軍部に知られたらちょっとややこしいことになるからね。今から森の深部に行きますよ」


「妖艶なる天地の……テレポーション」


 エマ婆ちゃんは5回繰り返した。


「ぜ~、は~」

「お婆ちゃん大丈夫?」

「平気よ、久々に5回も続けたからちょっと魔力を使いすぎたわ」


 あとで魔力を含んだ球根を採取してお昼に食べましょうか。


「マリちゃんは治癒魔法が使えると聞いたけど、ここでやってくれる。昨日キッチンナイフで指を切ったのよ。包帯を巻いてるけど、ズキズキするし、これを取るとまだ血が出るのよね。お願い」


「はい」


 俺は包帯をとってもらい血が滲み出てきた人差し指に向かって詠唱をする。エマ婆ちゃんはAサイズだけどかわいくしてみた。


「” いちゃいのいちゃいのちょんじぇけー!”」


 切った指の傷が塞がっていく。血が止まる。


「え!え!???ちょとマリちゃん。痛みもないわ。私は治癒魔法を使えないけど詠唱は知っているわ。“妖艶なる天地の神々よ我が手に治癒の力を生成し発動させん。ヒール”よ。あなたのは詠唱になっていないわ」


「あなた適当でも魔法が発動するの?」


「そうねー。何も言わないで空に向かって火炎魔法を撃ってくれる?」


「はい!」


「ドッカーーーーーン」


 特大の炎がちょうど頭上にいたワイバーンに当たり丸焦げで落ちた。


「あなた詠唱しなくても魔法を出すことができるのね。創始者様以来よ。すごいわ。でも、これは大変なことになったわね。」


 ばあちゃんはそれから”土・水・光”魔法の詠唱をするように言った。


「あらら。全部できるわね。では、詠唱をしないでやってみて」


「これも全部できるわね。これはもしかしたら使えるかも?これから転移魔法を教えるね。これは今までの魔法に比べると魔力を数十倍要するの。私も1日5回が限度なのよ。そのあとは魔力を含んだ球根かポーションから魔力を摂取しないと歩くこともできないの。だから魔力の少ない子には転移魔法はある意味危険な魔法なのよ。


転移途中で魔力切れをおこしたら何処に出るかわからないわ。こうして見る限りあなたの魔力は底なしみたいだから、よほど魔力袋の容量が大きいのでしょうね。


最初は詠唱してみようか。どこまで行くことができるかわからないけど、行きたい場所と回りの景色を想像してみて。目の前にある山桜の前でもいいわよ。転移先のイメージが終わったら詠唱しようか。では始めて」


「はい。妖艶なる天地の神々よ我が手に転移の力の生成を発動させん。テレポーション」


 瞬間移動は発動した。


「え~とマリちゃん、ここはどこでしょうか?」

「私の部屋でちゅよ」

「ちょっ待って馬車で1週間の距離を一瞬で移動したの?」

「そうみたいです」


 俺だって最初は目前の山桜をイメージしていた。桜を見ていて思い出したのだ。急いで出たから着替えた服と下着をベットの回りに脱いだままだった。自分の部屋に転移したらパンツを片付けないとまずい……考えてしまったら……自室に転移してしまったのだ。


 部屋は綺麗だった。メイドが全部片付けていた。

 お婆ちゃんは、窓から外を見る。メイドが洗濯物を干している。


「そうね、そうみたいね。これは皆に知れたらとてもまずいわ。マリちゃん、疲れてない?」

「はい、お腹すいてますが、平気です」

「それでは、森に戻ってくれる?」

「はい」


 さきほどの場所に瞬間移動した。


「今日はもうこれぐらいにしたほうがいいわね。明日から1つ1つ精度をあげていましょうね。それに帰って相談しないといけないわ。私の魔力はもう限界だから、お城の門前まで転移してもらえる」


「はい」




 木陰に転移して入口の門まで歩いた。


「奥様また転移されたのですか、できれば出るときは門を通っていただけると私たちも助かります。出門記録に無いものですから」


「ごめんなさいね。今日はこの子が一緒で、ついはしゃいでしまいました。以後気をつけます」


 お城の前では連絡を受けたであろうビータンあらためビートンとメイドたちが待っていた。


「奥様、早かったですね」


「そうね。ビートン、後でみんなを集めてくださいませんか。大切なお話があります」


「マリちゃんは、お風呂に入ってね。風呂上がりにはアイスを用意しておきますから」


 俺はそれから風呂に入って、アイスを食べながらメイドが昼食を準備している姿、いや揺れるものを眺めていた。




 会議室では緊急会議が開かれた。

 出席者は、チビット・チビッタ辺境伯、エマ・チビッタ辺境伯夫人、クドレイナ・イイナ伯爵、マーメイダ・イイナ(ドキュメント・イイナの養女 相続権なし)、ドキュメント・イイナ(ジジイ)、執事長ビートン・チョット(ビータン・チョット)の6名である。


「全員集まったところで、認識阻害の魔法をかけます。この部屋の会話は誰にも聞くことはできません。議題ですが、問題が発生しました。


マリアンナの魔力は現時点で超特級魔道士並の能力があります。紋章はまだ出ていません。しかも詠唱をしなくても発動します。これから訓練をしていくといずれ人害級魔道士になれるでしょう。


これから訓練することでどれくらいの魔力と適応力があるのかは判りませんが、私の予想ではすべての魔法を使えるのではないかと考えています。


 本日転移魔法の実践をしてみました。私の転移魔法はこの国随一です。その私でさえ1回の転移で300メートルが限界です。しかも1日5回が限度です。それがあの子は何処に転移したと思いますか、自分の部屋ですよ。


 ドキュメント様は子供が一緒なので馬車でゆっくり来られましたが1週間かかる土地を一瞬ですよ。しかも帰りは詠唱しないで平気な顔をして戻ってくるのです。


 みなさんも事の重大さが理解できたと思います。外国には決して漏らしてはいけません。反王族派にも同様です。たとえ王族派であってもこの事実を知るものは少数でなければなりません。成長する前にマリアンナが暗殺されてしまいます。


人害級とはいえ背中はガラ空きですし、魔法を発動する前を攻撃されれば命取りです。まずこの事実を知る者は私も含めて魔道誓約書に全員サインしていただきます。これは拷問など受けたときのためです。


 これからあの子の警護をする影にも全員サインしてもらいます。一番の懸念は本人にこの重要性が認識できていないことです。必ずいつも誰かが側にいて秘密を守らせるようにしなければいけません。


もしマリアンナが人害級魔法を使用して軍部に知れるような状況に至ったときは関係者全員の抹殺もやむを得ません。今、他国や反王族派に感づかれる訳にはいきません。なにか質問はありますか。」


「儂としてはこれからもマリアンナに教えてやってほしいがどうかな」


「かまわないけど、私の子にも内密にしたいわ。そうね、明日から1週間かけて全魔法の基礎と応用を教えるわ。それから伯爵領に馬車で戻ってもらいましょう。そうね、私は毎週水曜日を読書時間にしているのよ。使用人にも読書中は来ないように言ってあるわ。ヤミヤミの森に転移して上達具合を確認します。剣技については学校で習う程度でいいわ。これでいいかしらドキュメント」


「それでいこう」


「儂の剣を教えられんのは残念だが、しょうがない」

 チビット辺境伯は少ししょぼくれる。



 クドレイナが話す。


「あの~私の意見は……いらないわね。私これからお尻が痛くならないからラッキーだわ」


「お前は前向きだなあ」



 ビートンも応える。


「影としても王族派軍部としても警護人員を増やします。おやじにも伝えておきます。もちろん誓約書は書いてもらいます」


「あれは魔力の消費がとんでもないぞ」


「それは心配入りません。毎日マリアンナ様にノルマ100枚と10時のおやつ1品を交換に魔力を流して貰ってます。在庫もどんどん増えましたからこれからは総務部の連中も魔力切れで倒れることもありません。

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