第2話 魔法

 俺のおでこにはタンコブができていた。まだ少し痛い。

 魔法というものがある世界ならば、”我の魔法によりたんこぶ治せ”、などと言えば治るのだろうか。

 いくら魔法がある世界といっても、そううまくいくわけないか。


 まあ、ものは試しだ。一応やってみるか。

 いやだめだ、俺は魔法の詠唱を知らない。


 子供のとき”かあさん”は俺が転んだらいつも魔法の言葉をかけてくれた。

 本当に魔法の言葉だった。かあさんは俺を抱きかかえて言ってくれた。

 痛みがなくなった気がした。

 そこにはかあさんの笑顔があった。。


 俺は幼児だ。かわいくしなければならない。

 恥ずかしいので、聞こえないように小声で発する。


「いちゃいのいちゃいのちょんじぇけー!」


 ……痛みがなくなった。

「?!!!!」

 手のひらにはり傷があったが、なくなっていた。


「あら、マリちゃん、どこも怪我けがしてませんわ」


「おお、よかった。何事もなくて」


 誰も俺のタンコブと擦り傷に気がついていなかったのか?

 のんびり屋さんたちなのか?


 それからというものジジイはキモイが俺をかわいがってくれた。

 姉が家にいないせいだろうか。やたらスキンシップをとってくる。

 この爺さん、悪いやつではないんだが、とにかく頬ずりしてくるからキモイ。

 せめてひげ剃れよ。


 俺は爺さんの前では、かわいく話す。


「ねえねえ、ジイジイ、魔法をおちえて」


 魔法の授業が終わると

「ジイジイが世界でいちばんちゅき」


 さすがに『ちゅき』は俺でさえ気色悪い。

 まあこれで明日も気をよくして教えてくれるはずだ。


 我慢、我慢、まずこの世界のことを知らなければならない。


 それからジジイは夏の間毎日俺を馬に乗せて近くの森まで散歩に行くと魔法と剣を教えてくれた。


「ここならば誰も来ないだろう」


 俺の魔力は人のいるところでは危ないのだ。


 ジジイの使える魔法は火炎魔法だけだ。治癒魔法については全く使えないので教えられない。


 まあいい自分の怪我だけは治すことができる。


 魔法は天と地から魔力を借りて自身の魔力回路から魔力袋に取り込むことで発動するようだ。


 魔力袋といっても体内に袋があるわけではない。魔力を貯めることできる体内亜空間の大きさのことだ。

 この魔力袋は生まれたときに総量が決まっていて、努力ではどうにもならない。


 現在発見されている四大陸は魔力でれているから魔法が使える。

 魔力は空気から酸素のみを抽出する作業のようなものだ。

 魔力回路から魔力を吸収し魔力袋の中で圧縮するのだ。

 魔力袋が大きければ圧縮率か高くなる。同じ魔法であっても魔力袋の大きさで威力が変ってくる。

 魔力回路が多いと魔力の吸収速度が速くなる。


 俺の魔力袋は計測できないほど大きいようだ。体が魔力を生み出す訳ではないので魔力のない土地に行けば魔法は使えない。


 この大陸に魔力があってよかった。


 魔力が溢れているため囚人には魔法で脱獄することを防ぐのに、魔力吸収を阻害する手枷てかせめる。

 魔力吸収阻害枷は大地の魔力が魔力袋に吸収される前に枷が魔力を横取りするのだ。


 ジジイによれば普通の囚人用の枷は俺には無効だと言っていた。

 魔力で枷がすぐに満杯になって割れてしまうらしい。


「お前の火炎魔法は大人の背丈ほども大きいが急に小さくなったり安定しとらん。しかも何処に飛ぶかもわからん」


 どうも俺の体と魔力がなじんでいないらしい。


「やはりエマに頼むか。その前にこれだけはよく覚えておくようにな。マリちゃんは火炎魔法だけでも3歳にしてたぶん特級レベルだ。


 このことは誰にも話してはいけない。

 儂とクドレイナ、マーメイダ、執事長のビータンの4人以外には魔法を見せてはいけない。必ず守るようにな」



~~~~~~~



 ~ジジイの決断~


 9月も終わろうかという頃ジジイは


「儂が教えてやれることはなくなった。魔法学園に入学するまでの4年間は兄様のところで魔法を習うことにしよう」


 俺たちは翌日から1週間かけてジジイの義兄であるチビット辺境伯の領地へ行くことになった。


 馬車に揺られながらこの世界のことを聞いた。


「ジイジイこの国のれきちをちりたいの。おちえて?」


 ジジイは目を細めて嬉しそうに話してくれた。


「この世界で発見されている大陸はイドリ大陸、マタワレ大陸、オボナガ大陸、メンドウ大陸の四大陸だ。四大陸には魔力が溢れている。

 伝記によればもう一つ大陸があるらしいのだが、魔力のない荒涼とした大陸で誰も住んでいないという。少なくとも四大陸の者は五大陸目のことを誰も信じていない」


「すべてのものが程度の差はあれ魔力の影響を受けている。植物・魚・動物・魔物・建築物そのすべてだ」


「魔力がなくなれば建物は強度をなくして崩れるが、魔力が無くなるなど聞いたことがない。そして魔力の濃さは地域によって違う。ダンジョンや魔物の多い場所は濃いので危険だ」


「各大陸で一番大きな山脈の山頂には大陸竜が住んでいて、その大陸を見守っている。人は誰もその竜に近づくことさえかなわず魔物さえ近づくことができない障壁で守られていてて、たとえ障壁の中に入ることができても大陸竜の話す言葉は人には高度すぎて全く理解できない。数十万年生きる大陸竜は神のごとき存在だ」


 この国はメンドウ大陸にある12か国の中の一つで、約200年前に建国されたアーメリア王国という。


 今日はアーメリア王国歴202年10月2日。


「現国王は11代目ゴッソリ・ソンシタで前王シラズニ・ソンシタの逝去に伴い昨年即位した。権力はとても弱く反王族派軍部が力を持っている。ちなみにクドレイナ・イイナ伯爵は数少ない王族派だ。誇っていい」


「アーメリア王国は大陸を横断しオタマジャクシのような形で頭部の口の部分と尻尾にあたる部分が海に面しているため西の海洋と東の海洋の海産物の両方が手に入るが、運搬費が高くつく」


 西と東の魚は種類が違うから刺身好きの俺にはグッジョブだ。


「他の国と比べてダンジョンが多数あり、そこから採れた鉱物や魔物の肉とか薬草や果実は豊富にある。これらを輸出することで外貨を稼いでいる。ダンジョン産の植物のすべてを食べることができるわけではない。毒きのこや毒果実もあるから気をつけるように」


 王都のダンジョンは何階層まであるのか未だ判明していない。誰も最終階層に到達していないからだ。


 アーメリア王国の北には3つの大国がある。それぞれの政権は落ち着いていて表面上は平和だ。我国はこれらの国と貿易も盛んだが搾取され続けている。


「アーメリア王国の南には小国が8つありそれぞれの国境は鎖国をしている国を除き年中紛争状態にある。難民も多数発生する。紛争が紛争を呼び、また紛争が起こるという繰り返しだ。北に大国、南に紛争国と国境を隣接している哀れな国だ」


 この国は比較的温暖で四季があり、山や河川もたくさんあるが火山活動もあるためときどき地震があるようだ。環境は日本によく似ているが国土は小さい。温泉があるかどうかはわからない。人口は約200万人。イイナ伯爵領は南部にあり紛争8カ国の1つ軍事国家ダンタリア帝国と国境を接している。


 ダンタリア帝国軍は秋になると毎年越境して近隣の村々の食物庫を襲撃し、その度に国境線にある駐屯地の兵士にケガ人や死人が出ている。


 北部は大国で、インキナ共和国、フタマタ商業国家、神聖キツソウ国の三カ国すべてと国境を接している。北部三国でメンドウ大陸の3分の2を占拠している。残り3分の1を9カ国で分割統治している。


 アーメリア王国が南部紛争8カ国に侵略されると北部三カ国と直通路ができてしまうため北部三カ国は困るのだ。北部三カ国としてはアーメリア王国が滅びると南部の国が直接脅威であるがアーメリア王国が存在することで南部の国に侵攻できないというジレンマを抱えていた。


 この国は北部三カ国とは表面上比較的良好な関係を築いている。

 北部三カ国と事を構える国力がないことも安心材料となっているようだ。


 お母さんは大口あけて鼻風船だった。国のことには無関心な人だった。


 俺が桃の木から転倒した翌日から執事とメイドが全員入れ替わった。といっても俺はそもそも全員初対面だ。


 執事長は元軍人のビータン・チョットという人物で伯爵家のすべてを切り盛りしている。


 メイド長はコサミ・カンケリといいマーメイダがいないときは俺をトイレに連れて行く係だ。


 今日もビータンがコサミとすれ違いざまにアイコンタクトをしている。コサミが首を横に振りアイコンタクトで小高い森の中を見つめる。ビータンがすぐに行く。と応えた。俺には分かるぜ“「怪しい者はいないか?」「いいえ、あの森の中にいるようです」”だろう。


(実際はこうだ)


【 「今夜はドキュメント様の護衛があるからできそうにない」

「なに言ってるの今夜しないと1月後になるのよ」

「それはそうだが時間がない」

「あなた子供が欲しくないの?」

「そんなことはない。欲しいに決まっているだろう」

「それなら昨日、今日が一番できる日だと言ったわよね」

「分かっているがあと1時間したら出かけなければならない」

「そう、あそこを見て、あの森の先に倉庫があるわ。待ってるわよ。すぐに来て!」

「わかった。すぐに行く」 】


 俺は2週間前に3歳になったばかりだ。華麗にマーメイダの前で“でんぐり返し”をしてみせる。


「わあ、お上手ですね」

 ふ・ふ・ふ、ご褒美に抱いてくれるのだ。”あ~あたる。ちあわて”


 マーメイダは何をやっても褒めてくれる。お嫁さんにするならマーメイダが一番だな。


 マーメイダが窓の外を気にしてる。


「どうしたの?」


「何かあったようです」


 副メイド長のユダン・キテイタが黒マントを纏った者3名を追いかけてイイナ城の屋根を走っている。


 ユダンが一人を捕まえた。


 うちのメイドは料理を作るのも上手だけどメイドの募集要件は趣味が忍者ではないかと思っている。

 みんな“くノ一”みたいに短剣を投げるしバク転もするんだ。


 黒マントの一人が俺の部屋に向かって走ってきた。


 マーメイダが叫んだ。


「マリアンナ様ベッドの下に隠れてください」


 黒マントが窓を突き破って部屋に侵入した。マーメイダが短剣を抜く。うちのメイドは全員帯剣している。武器が扱えて強いことが採用条件らしい。選抜戦もあるという。


 黒マントが俺をめがけて剣を振ったがマーメイダが短剣で受けて黒マントのみぞおちを蹴り上げると窓から外に放り出された。黒マントは下にいたメイドに捕まえられていた。


 ユダンがもう一人から斬りかかられて足を滑らせた。落ちながらも黒マントの眉間に短剣を投げ一突きしていた。


 ユダンが落ちていく。

 5階建ての高さがある屋根から落ちる。

 ユダンがこちらを見て笑った。


「無事でよかった」


 唇がそう言った。俺は窓からユダンが落ちるのを見ていた。


「落ちたらいやだー!!!」


 地面まであと少しとなったところでユダンの体がフワッと浮いた。

 俺はユダンにめがけて窓から手を差しのべた。

 魔法が出現した。


 ユダンは地面にへたり込んでいる。

 俺もほっとしてベッドにへたり込んでいる。

 マーメイダが抱いてくれて頭を撫でてくれた。

 胸が当たる。むふふ悪くない。


 ~~~~~~


 今日は庭を散歩している。


「ねえマーメイダ、昨日の黒マントは何だったの?」

「そうですね。なんだったんでしょうか。ユダンが水風呂に入ってもらう歓迎をしたので話す気になったのですが突然苦しみだして亡くなりました。2人ともです」


「そうなんだ。ところであそこで飛んでいる大きな鳥は何?こちらに向かって落ちてくるよ?」


「危ないです。すぐに避難します」

「間に合わないみたいだよ。火を噴いてきた」

「ワイバーンです。私が守ります」


 マーメイダは俺をかばって背中を火を噴くワイバーに向けた。

 もう目の前に炎の塊が迫った。

 とっさに手をワイバーンに向けて叫んだ。


「ダメ―!!!」


 手から大きな炎が出現し向かってくる火炎をかき消しワイバーンを直撃して消し炭にした。火炎魔法が発動した。ためしにもう一度手を空に掲げて「火でろー!」と叫んだがなにも出なかった。「風よ吹けー!」風は吹かなかった。まぐれのようだ。


「大丈夫ですよ。詠唱もせずにあれだけの魔法が使えたのですから、きちんと習ったら自由に使えるようになります。心配しなくていいですよ。でも屋敷の外では使ったら駄目ですよ」


「うん、マーメイダの言うとおりにするよ」




 ~ビータンとユダン~


 「ユダン、あの者たちの正体は未だにわからないのか」

「頭領それが、どうも我国の者ではないようです」

「どういうことだ」

「はい、全員の右腕に何かを焼いた痕がありました。あの位置に“∞”の入れ墨を入れる一団が神聖キツソウ国にいました」

「もしかして、国王親衛隊か?」

「はい、ただ、残念ながら完全に焼かれていましたので、断定はできません」

「そうか。やつらが動いていたか。引き続き魔法学園学園長身辺を監視しておけ」

「承知しました。部下の者を追加しておきます」




 ~ユダン~


 私は、今回コサミ様には圧倒的な差で敗れて副メイド長になったが、ライバルのウヨジ・クコゲには僅差で勝つことができた。あいつが風邪を引いてなかったら私の敗北だった。実力ではまだあいつに勝てない。そんなときに黒マントがマリアンナ様の暗殺にきた。すぐに気づいて対処し一人を捕縛したが、マリアンナ様の部屋に入られてしまった。


 そちらに気をとられてしまった。もう一人の剣が振り下ろされていた。屋根の下手にいたため受けきれずに落ちてしまった。短剣を投げて殺すことが精一杯だった。落ちながらマリアンナ様がこちらを心配している姿が見えた。よかった。無事だ。ドジッたがマリアンナ様が無事ならいい。私の役目も終わった。マリアンナ様の成人まで見届けたかったが、あとはウヨジが守ってくれるだろう……。


 あれ!体が浮いた。静かに下ろされる。これは、そうかマリアンナ様の体が光ってる。ありがとうございます。私は貴方に助けられました。私は一度死にました。マリアンナ様にもらった命です。貴方だけのためにこの命を使います」




 ~ドキュメントとタービン~


 「タービン・カイテン少将入ります」

「どうした。ビータン」

「いえ、本日はタービンとしてご報告します」

「そうか、大変なことになったのか」


「はい、どうも神聖キツソウ国の間者が入り込んで姫様の命を狙っているようです」

「そうか、目的がはっきりしないが、サラダのことが関係していそうだな。引き続き調査をしてくれ」


「学園長を締め上げますか?」

「あいつは泳がせておけ。あいつの母親は元々神聖キツソウ国の神官だったな。殺すな。こちらが気づいてないと思っているはずだ。泳がせておけ」


「承知しました。引き続き監視を継続します。マリアンナ様のことなのですが風魔法と火炎魔法を発動されました。とっさに発動され、その後は発動できなかったようですが、詠唱をされずに発動されてます。


 しかも治癒魔法と同じく威力は既に特級レベルに相当します。今のままでは何処で発動されるかわかりません。反王族派の軍部に知られるとまずいことになります。こちらに特級魔道士がいるとわかればマリアンナ様は暗殺の対象になります。しかも詠唱をされていません。創始者様以来200年ぶりです。わかればきっと血眼ちまなこになって暗殺しようとするでしょう。この際きちんと魔法について教えられたほうがいいと思われます」


「そうだな。王都のA級魔道士に依頼することもできるが、知られる訳にはいかないから、しばらくは儂が教えられるだけ教えてみよう。これでもそこそこ使えるからな」




 ~10日前、ドキュメントとビータン~


「ビータン、儂がマーメイダに魔法を教えて2月だがもう教えられることがなくなった。お前が先にチビット辺境伯領に行って兄上とエマ殿にこの書状を届けてくれ。それと儂らの受入れ準備も頼む」


「はい、マリアンナ様が過ごしやすいように準備しておきます。ついでにメイドを影の里から数名連れて行きます。ご安心ください。」

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