第3話 再び現れる女
玉瀬は濡れた髪をドライヤーで乾かした後、洗面台の電気を消す。
薫子はベッドの横に玉瀬が用意した敷き布団の上でスマホをいじっている。
「電気、消していい?」
「うん、大丈夫」
薫子がスマホを充電器に挿すのを見届けて、玉瀬は言う。
「消しまーす」
天井の照明から垂れた電気の紐を2回引っ張る玉瀬。
部屋のなかでカチ、カチと時計の針が進む音が小さく響く。
部屋の外からは、時折車が通り過ぎる音が伝わってくる。
その静けさのなか、洗面台から『あの音』が聞こえる。
モゴモゴ。
薫子はゆっくりと目を開く。
モゴモゴ。
上半身だけを起こし、洗面所を見ると、音がピタっと止まる。
玉瀬の方を見ると、彼女は布団を頭まで被り、寝入っている。
薫子は玉瀬を起こさないように、そっと立ち上がり、裸足で洗面所に向かう。
恐るおそる洗面所の電気を点けるが、洗濯機とその横にバスタオルが積まれているだけで、もちろん誰もいない。
薫子は大きく息を吐き、音を立てないように布団へと戻り、頭を枕に落とす。
その瞬間、薫子は左隣に女が自分と同じ体勢で寝ているのを知る。
モゴモゴ。
天井に顔を向けている薫子は目の端で女を確認する。
女の顔は長い髪で覆われていて、顔がどちらを向いてるのか分からない。
身体は固まり、呼吸が乱れるが、首から上は何とか動かすことができる。
恐怖と闘いながらゆっくりと顔を女がいる左に回すと、女も同じように顔を回してくる。
髪で覆われていた部分から青白い肌が見えてきたことで、女が後頭部から顔の正面をこちらに向けようとしていることを知る。
「逃げて」
夕方に聞いた、その女の声が、覆われた髪の毛の奥から聞こえる。
女の顔がこちらを向くと、髪の毛が重力でハラリと落ちる。
女の鼻と口が見え、目だけが髪に覆われた状態で、女の口がゆっくりと動く。
「に・げ・て」
そのとき、薫子の頭の後ろから青白い両手が伸び、無造作に顔面を掴まれる。
薫子はテレビを消したように、プツっと目の前が真っ暗になった。
薫子は自分の部屋に立っている。
外は明るく、暖かな日差しが部屋に差し込む。
風呂場からカタッと音がする。
部屋から風呂場がある洗面所を見ると、再びカタッと音が聞こえる。
ゆっくりと洗面所を通り、風呂場の扉を開ける。
浴槽の上にある風呂蓋が中から誰かが押し上げているのか、数秒に1回宙に浮き、蓋と浴槽が当たる音が響く。
カタッ。
そして、風呂蓋の向こうからあの声が聞こえる。
モゴモゴ。
薫子は唾を飲み込み、ゆっくりと蓋を開ける。
「うわぁ。」
薫子は腰を抜かす。
浴槽の中には手足を縛られ口にはガムテープを貼られた薫子自身の姿があった。
モゴモゴ。
あの声はガムテープを貼られて声がこもっていたことによるものだった。
薫子は腰を抜かしたまま後退りして、風呂場を出て、キッチン台に。
その時、リビングから人の気配を感じる。
リビングを見ると、パーカーを深く被った男が手に包丁を持って立っている。
男は俯いていて顔を確認できない。
その時、男はこちらに向かって走ってくる。
ダダダダダダ。
「ひゃっ。」
ベッドから飛び起きた薫子の声に玉瀬が眠そうな目を擦りながら起き上がる。
「なに? どうしたん?」
茫然とする薫子の額から一滴の汗が流れ落ちる。
※作品を映像で見たい方はこちらから
https://youtu.be/UPLqnsSKeSY
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