第2話 友人のマンション
大学からの帰り道。
日はすでに夕暮れに差し掛かる。
薫子は友人の玉瀬と公園の並木道を通っていく。
木々は芽がつき始めていて、もうすぐ春がやってくるのを感じる。
「恐っ。夢なん、それ?」
玉瀬は驚きつつも目を輝かせている。
「た、たぶん。夢にしてはリアルやったけど」
「薫子、それ、正夢やったりして」
「たまちゃん、やめてよ」
薫子は玉瀬の肩を小突く。
「私は単位ヤバくて、それこそ悪夢なんやけどなぁ」
2人は笑いながら公園横の車道へと通り抜ける。
「あっ、そうや。今日うちに泊まりに来たら?」
いきなりの提案に薫子は目を丸くする。
「へっ?」
「それがいい。はい、決定」
言葉を返せない薫子に玉瀬は早口で捲し立てる。
「そうだな、4時間後。20時になったら、私の家に来てね。じゃ」
走り去っていく玉瀬の後ろ姿を薫子は微笑んで見送る。
家に帰った薫子は掃除機をかけ始める。
最近全く掃除をしてなかったのでテレビの前の座卓には不要なチラシが山積みになっている。
薫子は大きめのゴミ袋にチラシを直接放り込んでいく。
ある程度部屋が綺麗になったところで、あたりを見渡す。
「あっ、そうだ」
薫子は昨晩、化粧棚の上に置いた鈴を思い出す。
「あれ?」
棚の上に置いたはずの鈴がない。
薫子は化粧棚の周りをくまなく探すが、鈴は見つからず、頭をポリポリと掻くしかなかった。
玉瀬のマンションまでの坂道で薫子は少し息を整える。
なだらかに見える坂道だが、マンションまでは長く続くため、少しばかりの覚悟が必要になる。
モゴモゴ。
背後から聞き覚えのある音がして立ち止まる。
モゴモゴ。
昨日の夜に聞いた音だと薫子は確信する。
モゴモゴ。
音が徐々に大きくなり背中に近付いてくるのを感じるが、薫子は恐怖で振り返ることができない。
その時、女の声が薫子の耳元で囁く。
「逃げて」
声のする方を振り向くと、目の前に玉瀬が立っている。
「うわぁぁぁ」
「そんなに驚かんでええやん」
あたりを見回しても玉瀬以外に誰もいない。
ただ、あの声は玉瀬ではなく別の声であることに間違いない。
「いや、ごめん。どうしたん?」
玉瀬は両手に持つ今にもはち切れそうなビニール袋を見せる。
「買い出し行っててん。薫子、ナイスタイミング! 」
玉瀬は左手に持つビニール袋を薫子に渡し、先に坂道を上り始める。
薫子はゲンナリしながら後を追う。
玉瀬は坂の上にある6階建てのマンションに住んでいる。
5分ほど坂道を上るとマンションの6階の一部が家々の間から見えてくるが、そこからさらに3分ほどかかる。
ようやくマンション前に着いた時には、ビニール袋を持つ手にくっきりと痕がついていた。
夜になり、机には缶ビールとおつまみが並ぶ。
「それでさぁ、店長が燃えたんよ。厨房で」
玉瀬が身振り手振りで話を盛り上げる。
「燃えたって、それ本当なん?」
薫子がビールを喉に流し込む。
「本当やって。ボォォォと頭が」
玉瀬は自分の頭の上で手を広げる。
薫子はその大袈裟な表現に吹き出しそうになってむせる。
「やばいやん、それ」
「でしょ? ボォォォよ。ボォォォ」
2人は手を叩きながら笑い合う。
※作品を映像で見たい方はこちらから
https://youtu.be/UPLqnsSKeSY
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