第9話 草むしり? これも治療の一環!(園芸療法)



 前の章で、散歩(運動療法)の話をしたときがあったが、ときどきこういった電話がスタッフ宛にかかってくる。


『今日、草刈りやるんで出られる人お願いします』というようなやつだ。


 もちろん、これの参加も自分で決められるのだけど、病院内の除草?ということに疑問を持たれる方もいるかもしれない。


 しかし、これは「園芸療法」といって、れっきとした治療・リハビリ手法だ。

 いろいろな検索エンジンでこの単語を入力してみていただくと、実施している病院の多さに驚くのではないだろうか。


 この「作業療法」「園芸療法」の手法をほぼ今のスタイルで確立させたのが、都内にある「松沢病院」という精神科で知らない者はいないというほどの有名な病院である。


 このスタイルが確立されたのが明治34年というのだから、れっきとした治療法なのだ。


 それ以前の精神科というものは、患者を病室に隔離し、時には拘束具などを用いていわゆる外部との遮断というものが中心であった(現在も、急性期で自傷行為の危険性が高い患者に対しては緊急策として行われることもある)。


 「精神病患者を表に出すなんてもってのほか!」という時代に、「施設を安全に整えて、きちんと指導者の下で作業をさせる」ということを実践したのがこの松沢病院である。


 うつ病、パニック症状などの精神科の患者は、その症状が出なければ一般人と同じである。ただ、スイッチが入ってしまったときにきちんと対処ができればよい。(そのための服薬であったり、必ず指導者(看護師など)をつけるという条件は付く)


 スイッチが入っていないときに、病室でなにもしていないと、逆に「自分の存在価値」というものを考え込んでしまうことも多い。

 こういう患者に、「草むしり」という「仕事」を与えるとどうなるか。


 人間ももちろん自然の生き物である。手で草を抜くという作業。これが思いのほかストレス発散に効果的なのだ。(疑うならやってみてほしい。ただし、必ず時間を決めることが大切)


 無心で草むしりをしながらの共同作業。時間が来て終了すれば、「きれいになる」「一緒の作業者といつの間にか会話もできてくる」「きれいになったと感謝される」→「自分の存在価値が認められる」というものにつながってくる。


 これが発展してくると、草むしりだけでなく農作業に進展してくる。土を耕し、作物を植え、それを収穫してみんなで食す。荒れ地を整備して花畑を作るでもいい。池を掘ってその土で山を作り庭を整備するのもよし。


 外の世界では「病人」とレッテルを貼られていた人が、病院のコミュニティの中では立派な「労働者」になれる。この経験というものが非常に大切で、「自分は誰かの役に立てる」という自信が精神病の寛解には一番の特効薬になるのだから。



 さて、先も話したように、私の通った病院の院長は、この松沢病院の関係者とも代々つながっており、この手法をほぼオリジナルの形で取り入れている。

 そのため、病院の敷地内に畑もあり、私が社会復帰するころには苗も植えられていた。



 特にリワークに参加しているメンバーは、以前も紹介したとおり、もともとは何らかのプロフェッショナルだ。プロという人たちは、課題を与えられるとそれをいかに効率よく、よりよい完成度で仕上げるかというものを自然に考える癖がついている。


 手だけでは効率が悪い、鎌はないか? 根っこが深いから鍬はないか? もはや草むしりではなく開墾しているような気分だ。(私も太い根っこを掘り起こそうとしていた時に、鍬の柄を折ってしまったほどみんな熱中する)


 時間が来て片付けるころになると、みんな作業が早いから明らかに成果が目に見えるし、そこに達成感とメンバー間での気持ちの共有、笑いなどが自然に表れる。「次はあそこをやっつけるか」などという会話も自然に出てくる。


 たかが草むしり、されど草むしり。


 仕事というものにはいろいろな種類がある。その一番基礎というのが自然と一体化できる農作業だと思う。


 リワークの説明の時に「草むしりもありますよ?」と言われ、まさかこんな即効性の結果が出るのかと驚いたのは、やってみて初めて分かったことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る