第48話 【終章】

 この建物が、この世のどこにるのか、それを知る者は限られた人だけだ。ここには、白い服の人ばかりがいる。

 その建物の中を、魔法使いアジェンは、つかつかと早足で歩く。

 彼女の顔を見た人々は、その形相ぎょうそうにぎょっとなった。

 鬼のような空気をまとい、アジェンは1つの部屋の戸を、手から放つ風で、激しい勢いで吹っ飛ばした。

 部屋の内に、同じような白い服の老人がいる。

「ヴァリハ!」

 アジェンが老人に向かって怒鳴り上げた。

 老人は彼女の姿を見止めると、顔から一気に血の気が引いて青くなった。

「あ、あ、アジェン! お前、なぜここに――」

 アジェンは腕を大きく動かした。すると老人は、突然出現した頑丈そうな金属製のおりの中に収まってしまっていた。

「何をする気だ」

 老人は腰が抜けている。

「お前は結局、死ぬべきではない人間を一人、殺したぞ」

 彼女の行動を止めようと駆け寄ってきた人々との間に壁を出して、老人と2人だけの状況を作ったアジェンが言い放った。

「殺人は罪、などと正論めいた事ばかりほざいておいて、私に罰を与えて良い気にでもなったか、魔法使いのリーダー・ヴァリハよ。そのつけはどうなったか、ここに見よ」

 アジェンが壁の大きな鏡に手をかざすと、そこに、鏡に映る物とは異なる、映像が映った。水色のカーディガンを着た少女が、茶色の服の少女の持つ銃から飛び出した弾に貫かれ、倒れる様子が鮮明に現れた。

「な、なんという事だ。子供が子供を殺すとは」

「私を竜になどしなければ、起こりさえしなかった惨事、この代償を、払ってもらう」

 再びアジェンが腕を動かした。照明が消える。

 その空間に、アジェンの姿はもう無かった。

「しまった! アジェンを逃がした」

 リーダー・ヴァリハは真っ暗な部屋に、しかも狭い檻に入れられた状態で、幽閉された。

「……この時代が生んだ、最も恐ろしく強い魔法使いであるアジェンには、私でさえかなわん。決して解けぬ封印をかけたはずなのに、一体どうやって元に戻ったのだ」

 老人は途方に暮れて、檻にもたれかかった。


★★★

 ピアール隊に、明らかな異変が起こり始めたのは、隊長の黒路染ら5人の隊員が〈殉職〉してから、間もなくの事であった。

「あれから、急に隊員が減少し出した。脱退だけでなく、失踪やら死去やら、物騒でならない」

 ぶつぶつと、幹部の隊員が本部の一室で呟く。手にする名簿に、黒や赤の線が引かれ、印の付いていない名前は半分も無い。

「失礼します」

 いきなり、隊員服の女性が部屋に入ってきた。

「こら! 今は誰も入れるなと命じて、……扉の前の隊員はどうした」

「そんな人、どこにもいませんけど」

 女性が机を回って、奥にいる男性に近付く。

 男性ははっと声を漏らし、慌てたように立ち上がって扉へ走った。

 扉を開ける――開かない。

「なぜだ。この部屋の鍵は無いはずだ。なぜ開かない」

 ふふふふふ、と女性が笑った。

 男性は青ざめ、かくかくと後ろを振り向く。

 女性は、茶色い服を、着ていない。真っ白な服で全身を包んでいた。

「くそっ」

 男性は女性に頭から突っ込んで来ようとした。

 しかし、男性は途中で動かなくなった。金縛かなしばりにでもあったかのように。

 女性が近付いて来る。左手に、拳銃が現れた。

 女性が口を開いた。

「お前が消えれば、ピアール隊は崩壊だ」

 直後、乾いた巨音が、部屋の中にこだました。


★★★

 3月。

 くわえ中学校の生徒、とりわけ1年生の反応に、大半の教師陣は著しく驚いた。

 この学校の生徒だった、八上千戸世と陰見知乃と中留夕作の訃報が、『事故死』として、全校生徒に知らされた時。

 取り乱した人は、1人もいなかった。一人も。

 

★★★

 その少し前、2月の内に。

 須勢理藤華は、父と共に、この町を去った。

 目印の、ポニーテールをほどいて。

 誰にも別れなどは告げなかった。

 その後、どこに行ったのか、何をしているのか、誰も知らない。


、、、、、、


 1年後の、3月。る町で。

 林の中に、真っ白な服の女性――アジェンはたたずんでいた。

 林の中を、かき分けるように進んでくる人影がある。アジェンは来る人が誰なのかを知っているようで、動こうとしない。

 アジェンの前に、1人の少女が来た。少女は下を向いて、何かを探しているような素振そぶりを見せていたが、立ち止まり、顔を上げた。

 少女は、長い黒髪を流している。目は切れ長だ。

「……藤華」

 アジェンが呼んだ。

 少女は答えない。

「私の事は、もう忘れきっているか」

 そうアジェンが言うと、少女は首を少しかたむけ、その後、言った。

「あなたの事は記憶に無い。私は、アカリ・シギだ」

 少女はくるりと反転して、林の木々に隠れていった。

 鬱蒼と茂る林の中を、魔法使いアジェンはただ、立っていた。


   (完)

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水血記 ~すいけつき~ アイバ・スイメイ @aiba-suimei

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