第44話 【第3章 2-8】

 銃声が響いた。

 震える知乃の指が、遂に引き金を引き切ったのだ。

(!)

 藤華は無事だ。思わず閉じた目を、開いた。

(うっ)

 一時の間を置いて、藤華の左がよろめいた。

 空気の動きに気付いた藤華が、咄嗟とっさに振り向いた。

 同時に、千戸世が、岸の際の地面に仰向けに倒れた。

 千戸世は、腹部から血を流している。大量に。

 藤華は絶叫した。

 直後、藤華は固まった自分の体を力だけで無理矢理動かし、千戸世の側に駆け寄った。

「千戸世! ……千戸世、千戸世、千戸世!」

 大声で呼びかけながら、藤華は千戸世の体を抱えた。

 千戸世は反応しない。目を閉じていて、顔の血の気が全く無い。体にも力が一切入っていない。

 周りは――。

 細銃を撃ってしまった知乃は、頬がまだ赤いが、生気を失くしたようにつっ立っている。細銃を落とし、腕をだらりと下げて硬直した。

 夕作は、目を見開いたまま、細銃を後ろに投げ、知乃と同じ状態になった。

 茨野は、腕を下げ、無表情で千戸世と藤華を見ている。

 黒路は、腕を下げない。やや緊張した顔で、どこにも目を向けていない。

 共香は、引きつった顔で立ちつくしている。

 共香が細銃を落として、千戸世に近付こうとした。

「――寄るな!」

 藤華が怒鳴った。

 大音量の声に、ピアール隊の5人は一瞬、体を震わせた。

 藤華がぐいと顔を上げた。

 その顔は、何にもたとえられない。細い目は涙をこぼしながらも鋭く睨みをかせ、口元はわなわなと震え、歯を食いしばっていた。

「お前達なんか……お前達なんか、最低だ!」

 大声は、体を絞り切って出したかのように、加沼くわえぬま全体に響き渡った。

 立っている5人は誰も一言も発さない。

 突然、湖面が激しく波打ち、何かが網を突き破って飛び出してきた。

 アズマだ。

 岸にいる全員が水飛沫を浴びた。

「アズマオウだ」

 湖を見た黒路が素早く反応し、細銃を構え直して撃とうとした。

 それよりも速く、アズマが岸に近付き、尾をぎ払った。

 黒路、茨野、共香、夕作、知乃はアズマの尾で吹っ飛ばされた。高く浮いた後、地面に落下し、全員が気を失った。

 アズマは、藤華と意識の無い千戸世の側に寄った。

 湖から、サフィーヌとレグリーも遅れて現れた。

「ああっ! 千戸世!」サフィーヌ。

「千戸世!」レグリー。

 二人もアズマと藤華と千戸世の側に来た。

「そんな! そんな、そんな、そんな、そんな……」

 サフィーヌが両手で顔を覆った。がたがたと震えながら泣く。

「嘘だろ、千戸世、おい、どうして……」

 レグリーも小刻みに震えている。

 アズマは、どうとも取れない顔で、千戸世と藤華を見つめていた。

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