第3章

第33話 【第3章 1ー1】

 新しい年を迎えた。

 1月の半ば。

 藤華ふじかは近所の郵便ポストまで行くため、久々に外に出た。

(自由のありがたみを今更ながら感じるよ。もう2ヵ月もあいつらに見張られて、外出も満足に出来ない)

 現在、藤華の家の周りには、昼夜を問わず、ピアール隊と思われる人間が常にいる。

(お父さんにまで迷惑をかけてしまっている。でも、アズマの命を守る為なら、仕方がない。……仕方がない? 違うだろ。私達は、自ら恐怖を作って怯えるピアール隊なんかに負けない。いつか必ず、この見張り役も取っ払ってみせる)

 十字路に来た。角を右へ曲がろうとする。

 聞き覚えのある人の声に気付き、藤華は道を少し戻って、誰かの家の門がある窪みに身を潜めた。

(今、あの2人と顔を合わせるのは、まずい)

 話し声がだんだん大きくなる。別の道をこちらに近付く形で歩いているのだ。

「――後悔しかないわ。あんな事が起こると知れたのなら、もっと早く、……もっと早く!」

 知乃とものの険しい声が響く。

「アズマオウが蘇生すると知っていたなら、ずっと前の段階で、あの二人に監視役を付けるようにと、父さんか他の隊員に提言していたのに」

 怒りが先に来て言葉も途切れる知乃を代弁するように、夕作ゆうさくが言った。

「ああ、私の不覚よ。見抜けたはずなのに。迷信をあなどりすぎたわ。皆の用心深さを、少量とはいえ小馬鹿にした私の方こそ愚者ぐしゃだった」

「あれから、俺達の生活は最悪だ。隊員達に、何かにつけ、非難の目で見られる」

(悪い暮らしになったという点ではあっちも同じという訳か)

「何度言っても言い足りないくらいね。言えばくやみが解消するのではないのに」

「悪いのはあいつらだ。俺達が竜を生き返らせたんじゃない」

「あなたの言う通りよ。私達は悪くない。それに、こっちにはまだ切り札があるわ」

「そうだ。ピアール隊には、大事に保管しているあの青い宝玉があるんだ」

 知乃と夕作は藤華のいる道には来ず、左から右へ通り過ぎていった。

(何なの、『あの青い宝玉』って)

 藤華は急いで家に帰った。

(ポストには別の時でも行ける。まず、さっきの事を千戸世に伝えなきゃ)

千戸世ちとせ、私、大事な話を聞いたかも」

 部屋に入るなり、そこにいた千戸世に言った。

「誰から? 何を?」

 驚いて千戸世が聞く。

「偶然、近くを通った陰見かげみ中留なかとめの話を聞いたんだ。愚痴のほかに、『あの青い宝玉』とか呼ぶ物をピアール隊が大事に持っている、と言ってた」

「『青い宝玉』? 聞いた事も無いよ」

「私も知らない。陰見は、それが『切り札』だとも言った」

「ピアール隊が大切にしている物なら、きっとアズマに関する物なんだ」

「そうかもしれない。でも、それがアズマにとって悪い物なのか、良い物なのか、さっぱり分からない」

「聞きに行こう、アズマに」

 千戸世の言葉に藤華は耳を疑った。

「……無理だ。私達は見張られている。加沼くわえぬまに行ったら、アズマの居場所があいつらに知れてしまう。こんな危険はおかせないよ」

「ピアール隊は、私達の動きの全てを見続けているのではない事を、藤華が気付いたでしょ。図書館に行くのが分かれば、その時点で戻っていく。この事を使って、あの人達から逃げればいいと思うんだ」

「……私みたいな考え方だね」

「ええ、藤華を真似したの」

 千戸世が笑った。

 つられて藤華も笑う。

「やってみよう。もし、あいつらがつけてくるのなら、また別の日にしよう」

「うん」千戸世が頷いた。

「図書館に勉強しに行くふりをして、ね」

 二人は、学用品を入れた鞄を持って家の外に出た。

 歩く二人の後を、私服のピアール隊員が、尾行してくる。

「どうしよう。まだついて来るよ」

 小声で千戸世が言った。

「中に入っちゃおう」

 藤華が囁き返す。

 図書館に着き、二人は中に入った。

 ピアール隊員は、図書館の中には入らなかった。

「20分経ったら、遠回りして、行こう」

 千戸世と藤華は、20分間をここで過ごした。その後、図書館を出て、南西に歩いた。

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