第4話 【第1章 3-1】

 午後6時過ぎ。くわえ中学校から3キロメートル離れた加沼くわえぬまに藤華がやってきた。

 辺りの様子を、細かくうかがっている。

 すると、竹林の中の道を千戸世が走って、湖畔に来た。

「あれ? なんで藤華、ここにいるの」

 と千戸世。

「千戸世こそ。どうしてそんなに息切れてるの」

 藤華が振り向いた。

 互いに、相手がこの場にいることに驚く。

 藤華は、目を一旦閉じ、何かを決意した顔になって、目を開けた。

「あのね、千戸世、びっくりしないで聞いてね」

 落ちついた声で藤華が言う。

「……私、『アズマオウ』と呼ばれている竜と繋がりがあるんだ」

 千戸世は、「えっ!」と小さく言い、藤華を見つめた。

「ごめん! ……やっぱり、こんな変な事、言うべきじゃないんだよね」

 藤華は体を右へ向け、俯いた。

「違うの。そういう事ではなくて、あの、えーっと」

 千戸世が慌てたように言い、藤華の方へ1歩近づいた。

「私も、その竜と関わりがあるの」

 今度は藤華が「えっ!」となって、千戸世に向き直った。

「どうして? 人間は、私だけしか竜の味方ではないと、思ってた」と藤華。

「私こそ、自分以外に竜の味方はいない、と」千戸世が言う。

 同じ秘密を持っている事を知って、さらに驚く千戸世と藤華。

 いきなり、紫色の光が2人の頭上に現れた。

「あら、千戸世に、藤華。一緒に加沼に来るなんて」

 光がしゃべった。

「サフィーヌ!」

 千戸世と藤華は上を見て、同時に言った。それに気付いて、二人は顔を見合わせた。

「あなたも知ってるの」と千戸世。

「あんたこそ」藤華も言う。

「あれれ、もしかして、お互いの大事な事、知らないでいた?」

 光、ではなく、紫色に光っている、10センチメートルの大きさの人の姿の妖精・サフィーヌが再びしゃべった。キラキラとした高い声だ。

「ええ。今、知ったところなの」

 千戸世がサフィーヌに話しかける。

「へえー。もったいない。二人が力を合わせたら、アズマ様にとって強力な救いになるんだけど」とサフィーヌ。

「……二人が、力を合わせる?」藤華が呟いた。

 加沼の岸に、ざあっと水が寄せた。三人が湖を見ると、水面に真っ黒なサメが姿を見せたところだった。

「レグリー!」

 また、千戸世と藤華の声が揃った。そして、また顔を見合わせた。

「やっぱり、知ってるんだ」

 と藤華。笑い顔になる。

「私達、同じね」

 千戸世もようやく笑顔になった。

「ん、藤華と千戸世じゃん。おそろいで」

 レグリーというサメが三人の方へ泳いできた。

「レグリー、この2人、アズマ様との関係を、お互いに初めて知ったんだって」

 水面にサフィーヌは近付き、レグリーに言った。

「えーっ! そうなの?」

 低音の声を上擦らせて、レグリーは驚いた。

 ついでの話だが、サフィーヌとレグリーの姿は千戸世と藤華以外の人間には見えない。声も、この2人のみ聞く事ができる。

「そんなら、それも含めて、アズマに報告しようぜ。人は、ほかに無しだな」

 そう言って、レグリーは潜った。

 待っていると、すぐにレグリーが戻ってきた。

「アズマ、大丈夫だぜ」後方に声をかける。

 すうっと湖面が波立ち湖の中から細長い物が現れた。

 白い肌に青い毛、黒い瞳。体長20メートル程の、細いが大きな竜が、そこにいる。竜の体から、ユーカリの精油のような、爽やかな香りがしている。

「アズマ!」

 千戸世と藤華が声を小さくして、その竜を呼んだ。

 竜――アズマは、穏やかな表情をしている。

「ごめんなさい、2ヵ月も会いに来られなくて」

 千戸世が、声が響かないように気をつけながら言った。

「中学校って、予想以上に忙しいんだ」

 藤華も千戸世と同様にして言った。

 アズマの目が、この場にいるただ2人の人間に向けられた。

「アズマ様、この2人、知り合いだそうです」

 サフィーヌがアズマの側へ飛んでいきながら報告した。

「そうか、そなた達は友の間柄であったか」

 地の底から響いてくるかのような、とても低い声がアズマの口から出た。

 千戸世も藤華も、瞳を煌めかせてアズマを見る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る