ウィンターキラー

第1話

心地よい布と綿に包まれ、陽の光で目覚める。有り得ない。

私は眠り過ぎないように雑誌の束を敷布団の下敷きにして寝心地が悪いように寝室を保っていて、部屋のシャッターも窓もカーテンもすべて閉め切って眠りにつく。私が部屋にいる間家族も手出ししない筈。

光に刺され視界の解像度が覚束無い今でもわかる、ここは私の部屋ではないし、私が知るどの部屋でもないようだ。


私は学生で、友達の家に遊びに行ったわけでもそうした予定があった訳でも、身分を越えたり唆されて飲酒したわけでもない。

そもそも私には友達も悪友もいない。誘拐された。そのようだ。

血の気が引いて静かで小綺麗な部屋が視界に押し入ってくる。

ベッドから見える位置、正面にある巨大な窓ガラスは図々しく居揃う建築物の頭の数々を見下ろせるであろう高い位置にこの身があることを教えてくれた。

素晴らしいベッドの横の小さな机には便箋にしたためられた小さいが読むには困らない字が、置き手紙のようなものがある。

はああ、こわい。



まどかさんへ。けんたです。この度は突然の誘い失礼しました。ここに連れてきたのはまどかさんが姉に似てたためです。まどかさんに少しでもそばにいてもらえるようがんばります。



はあ、はああ、何事だろうか、私は、犯人の姉に似ているとかで攫われ、ただどうやら手厚く扱われそうな様子だ。何を思えばいいのか。

頭が止まると体が動く。冬の寒々しさを殺した程よい室温は私を制止することもなく、あっさりと部屋に唯一ある扉に導いた。

開ける。敷居を跨ぐ。

絶対に見覚えのない整然としながらも余裕のある廊下には、私に自分の行為や感情について無駄な自覚を求めるようで痰を吐いてやりたくなるが、有難い睡眠環境のお陰で痰を出せるような体調では無い。けんたとかの手中にあるという感じ。


優しげな照明に目を眩ませる間もなく、数歩で大部屋に繋がっていそうな扉の前に立っている。どうなる?開けた。開けてしまった。

何も起こらなかった。誰もいない。

いや、物音がした?わからない。よくわからない。誘拐なんて初めてなものだから。


「おはようございます」

「おふよぉ」


いた、いたいた背後にいた。通り過ぎた別の部屋だったか、間抜けな声で応戦するが勝てるわけないだろうもう嫌だ。


「よく眠れましたか」

「それはもう!!」

「それはよかったです。お腹の調子がよければごはんを作ります。まどかさんの好物かもしれないものの材料は揃えてあるので、希望を聞かせて下さい」

けいたは言葉に合わせて腹とか頬とかを触ってくる。

何よりも先に私はけいたらしき人間の敵対的ではなさそうな実物を見て安心してしまっている。


「茶漬け」

「わかりました。檸檬と山葵はほしいですか?」

「ウん」

私の本能は順応しようとしてる、してきている?ああ、どうしよう。

私は百四十だ。けいたは百八十くらいあるんじゃないだろうか。

「おしっこは大丈夫ですか?お湯を沸かしている間によければあそこのトイレを使ってください」

とうとう私の股間を触ってきた。だがまさぐる様な感じではなく、身振り手振りの手振りといった具合で、寝巻きの布の感触と合わさって不快感に感じないのが却って気持ち悪い。

そういえば私は着替えさせられていた。この柔らかく毛並みのいい寝巻きに。

「私が着てたのときゃどこ?」

「洗濯して干してますよ」

「そっか」

「端末は充電してこの部屋に」

大部屋が指される。


「寝たまま触りたかったかもしれないのにごめんなさい。会う前に通報されるのは嫌だったので」

「そっか」

この状況下での然るべき語彙、いやなにもかもが毛頭見当たらず、私の体はトイレに向かっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ウィンターキラー @ootori5

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る