第3話 猫の散歩道
私はどうしてか、道に迷っていた。
子供のころからそうだった。ちょっと何かに夢中になると、こうして道に迷ったり迷子になったりするのだ。
でも、それももう仕方がないかもなあ、とちょっとだけ思う。とりあえず、自販機のとなりにあるベンチに座って、それからどうしようか考えた。
鞄の中から、一通の封書を取り出す。この中には、私がポンコツである証拠が主治医の手によって書かれている。
お母さんが、私が中学生になっても、あまりにも子供っぽかったり忘れっぽかったり、あるいはふらふらと注意散漫だったりするから、心のお医者さんに連れていってくれたのだ。
もちろん、私だって不安に思っていた。こんなことで、社会に出たらどうなるんだろうとか、受験勉強に支障が出るんじゃないかとか、そんなことばっかり考えていた。
そして、出た結果がこれだ。
注意欠陥・多動性障害。
もう、文字面だけで私のことそのまんまである。まあ、そうだよなあ、と深く納得してしまった。
心のお医者さんも、ずば抜けて正確な人だ。まるでめちゃくちゃ当たる占い師みたいな、冗談じゃない精度で私のことを言い当ててくる。
「しかし、精神障害かぁ……」
やっぱり、どこか不安だ。私は病気だ、と言われてしまったのと同じなのだから。
いやまあ、考えようによっては、ただのハンディキャップだ。大事にとらえなくてもいい。義手や義足と同じように、心をサポートするお薬だってある。
「でも、そう言ってもさ」
それでも、うん。不安は、不安なのだ。
どうしたものかなあ、と思い、空を見上げる。私のことなんか一切考えていないような顔で、空は綺麗に晴れていて、あ、鳥だ。あっ飛行機も飛んでる。あの雲、なんだかあれに似てるな、何だっけ。じゃなくて病気が、あれ?
「あー。もう」
そうか。これって、病気なんだなあ。思考が整理できないのは、ただの癖だと思っていた。
「みゃあ」
どこかで、猫の声がした! わあ、私、猫好きなんだよね。どこにいるんだろう。あれかな? いた!
「みゃーあ」
憮然とした表情の黒猫が、私のことを見ている。撫でてみよう。そう思って立ち上がろうとしたときだった。
「んみゃあ!」
「うわっ。どしたのよ」
思いきり、猫が鳴いた。じっと私が座っていた方を見ている。そこには、さっき眺めていた封書だけが残されていた。危ない危ない、これを持っていないと、お母さんにどやされてしまう。
「ありがとね、にゃんちゃん……って、あっ」
お礼を言おうと振り返ったとき、もう猫はどこかへ向かって歩き去るところだった。なんだよ、ちぇっ。ちょっとくらい撫でさせてくれたっていいじゃない。
それより、今日のご飯何だろうなあ。カレーだといいなあ。そういえば、スマホって電池まだあったっけ。
思い立って、スマホの画面を確認する。そこに、ぽんっ、と、天気のアプリが位置情報を取得しているという通知が出た。
「なーんだ。これで帰れるじゃん」
私は天気アプリから地図のアプリを連想し、家までの道を表示させる。
ここは、さっきの黒猫の散歩道だったんだなあ。邪魔して悪かったかな?
さあ、家へ帰ろう。今度こそ迷わずに。
【了】
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